表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

第五話 総合高校がやって来る!

 ふと、服部美月は、昇降口近辺から、学校の掲示板を眺めていた。すると、さりげなく、このようにポスターが貼りだしてあった。そこに書いてある文面は、こうだった。


“室山県立敷島女子高等学校は、来年度より室山県立敷島総合高等学校になります”


「はあ? 総合高校になるって……もしかして!」


“なお、室山県立敷島総合高等学校は、完全単位制となり、男女共学となります”


「なんだ……と……ちょっと沙織! 沙織来ーい! カモン沙織ィー!」

「うあー、ほわああー、おはよう、はっとり。素っ頓狂な声を出してどうしたの、朝から」

「うちの学校、来年度から男女共学になるんだよー!」

「ああ、なんだ、そっかー、良かったね……って、えええええー!」

「眠気が覚めたか」


“室山県立敷島女子高等学校と、室山県立敷島商業高等学校は、来春合併予定です”


「そっかー、少子化の影響でかー。でもさあ。なんかこう、学校の文化っつーものが違くない? なんか、彼ら、そろばんとパソコンと簿記会計ばかりやってるイメージが」

「んじゃあ、私たち、最後の真っ当な、敷女生だねえ……」

「今後、女子制服は、敷島女子のものを踏襲するらしい。なお、男子制服は、敷島商業のものを踏襲するらしい」


 別の紙には、こう書いてあった。


“敷島女子高等学校英邁会(卒業生OG会)学校合併反対の署名をお願いしています”

「そりゃー、OGのお姉様方が黙ってないでしょ!」

「仮に敷島商業の生徒の半分が男子として、校内の四分の一が男子生徒になるわけで」

「ちょっと嫌ねえ」

「相当嫌だよ。何のために女子高選んだかわかんなくなる」


 そこへ、遅れてきた立花梨音と柏原桃花がやって来た。

「おっす諸君、おはようー」

「コラ、誰を捕まえて諸君だとー、えー、オイ!」

「いででででで! 顔をつねるのだけはやめー!」

「で、桃花、話なんだが……」

「これだよね、美月ちゃん。掲示板の、あれ」

「そうそう。男子と共学になるかも、というお知らせだ。まだ本決まりではなさそうなんだがな」

「なんとか防ぐ方法は……ないの?」

「あー、OG会がね、いま、あっちで署名集めていて、敷島商業と合併反対、という内容で、県議会や県教委に請願や陳情を行うらしい……」

「あ……室山工業高校もやってるらしいよ、反対署名」

「梨音、その情報、どこで?」

「知らなかったのか? わたしのお父さんや、霜田さんたち、みんな室山工業高校卒業だよ。ちなみに、わたしのお父さんは電気科、霜田さん兄弟は、機械科かな。ほら、夏の高校野球で、うちのチア部やブラスバンド部が友情応援している関係で……」

「なるほど」

「貴重な情報、どうもありがとう、さっきは済まなかった」

「じゃあ、沙織に美月も一緒に、署名しに行こうぜー」

「よっしゃー!」


 室山県立敷島女子高等学校の玄関前には、「合併反対!」のプラカードと共に、記帳台が設けられた。生徒たちが群がって、反対署名をしている。OGや教職員組合の人たちが、メガホンで呼びかけている。


「えー、皆さん、今回の合併騒動は、我が校存亡の危機です。何としてでも室山県議会で反対の議決が得られるよう、努力いたしましょう……」


 署名を終えた、高槻沙織、服部美月、立花梨音、柏原桃花の四名は、昇降口に向かって歩き始めた。


「なーんか、大変だね」

「朝から、メガホンって」

「つーか、敷島商業と一緒にされると、何かしゃくだなあ」

「テレビ局も来てたねー」

「室山県立敷島総合高校かあ……男子が入って来るのねー」

「ねえねえ美月ちゃん、商業は男子の人数少ないんですか?」

「まあ、若干名だけどな」

「ううう、気色悪い」

「水泳の授業を想像するだに気色悪い」

「や、やめろ。卑猥な想像もするな!」


    ◇ ◇ ◇


 帰りのHRの時間。なにやら、紙の束を抱えて、相川杏子先生がやってきた。どうやら、例の反対署名の用紙らしい。


「今日は、大事なお知らせがあります。一部のクラスメイトの皆さんには、今朝、校舎の外でもう既に反対署名を書かれた方もいるかと思いますが、敷島女子高等学校は、敷島商業高校と合併の上、男女共学の敷島総合高校になる予定です。九十年続いた敷島女子高等学校の伝統を守るために、父兄の皆さんや、友人、知人の皆さんに、是非署名に協力していただきたく、ここに用紙を持って来ました。


 これを集計して、県議会や、県教委に届けますので、用紙を紛失しないよう、気をつけて持って帰ってください。わたしも敷女のOGなので、何が何でも合併は反対です。前の席の人から順番に用紙を回しますので、一人五部ずつ持ち帰ってください。用紙のコピーは自由です。なお、提出期限は、三週間後の金曜日です」


――下校時、夕暮れ時の葱北本線、敷島駅前で。


 同じく香枚井に住む、チア部の先輩、長沢千秋が、高槻沙織の電話に連絡を入れた。なんでも、署名をする男子や近隣住民、それに室山工業の保護者とOBが後を絶たず、人手が足りないそうだ。すぐに来てくれとの話だった。


「今日は、チア部やブラスバンド部の様子を見に行こう。まだ署名活動しているみたいだから、どうする?」

「そうだな、室山工業高校は、葱州長坂ぎしゅうながさかだから、じゃあ、今日はこっちの敷島駅だね」

「さて、チア部はチア部として、わたしたちは、誰に署名を渡すかだが……梨音、決めた?」

「そうだなあ、電気工事士の組合とか。ナサパニックの関係者とか、電力会社とか」

「桃花は……室山放送局……かなあ……」

「公営放送、それは強力ね!」

「わたしはどうするかなー。室山県和菓子業同業組合とか……」

「それも組織力としてはすごいと思う……」

「沙織には、とっておきの人がいるじゃないか。九十歳の元祖パティシエ!」

「んー、全国洋菓子同業組合なら、何とかなるんじゃないかなあ」

「全国! でも、何だかあのペース見てると、男女共学に賛成しそうだしなー」

「それはお爺さんに限っては、ないない。男女、席を同じうせず! で育ったから」

「これまた、随分お堅い教育だなあー」

「あ、もうじき電車来るよー、乗ろう、乗ろう」


『三番線の電車は、快速、大牧行きが、六両で参ります。停車駅は、岩崎、室山、志賀原、葱州長坂、香枚井、椎瀬、新芝草、吾野、楠葉、麦野原以降の各駅に停まります』


    ◇ ◇ ◇


 一方、こちらは、県立敷島女子高等学校に応援してもらっている、葱州長坂駅近くの、室山県立室山工業高等学校。伝統的に、高校野球のチアガール、ブラスバンド部の応援をしてもらっている関係上、野球のライバル校、室山県立敷島商業高等学校との合併には、誰もが反対している様子だった。


 敷女の乙女たち数十名が記帳台に工業高校生を迎え、そして両校の先生方は、こちらもメガホンを持って、署名への協力を呼びかけているところだった。また、チア服に着替えた数名は、ポンポンを手に、いままさにチアリーディングのパフォーマンスを行っているところだった。署名担当の、長沢千秋先輩は、制服で、臨時の記帳所にいた。


「署名お願いしまーす……って、おお、沙織ちゃんたちか。来てくれてありがとう」

「いえいえ、いつもお世話になってますからー」

「いいえー、いつもお世話してますから~」


 バシッ!


「梨音、うるっさい!」

「いてーなー、沙織!」

「でも、梨音ちゃんは、署名をパパが運搬してくれるんだよね、ボランティアで」

「もちろんです!」

「助かるよ、心強いよ、梨音ちゃん」

「ありがとうございます、先輩!」


 そうして、敷島女子高等学校、家庭科部四名を加え、チアリーディング部、ブラスバンド部、そして室山工業高等学校の数少ない女子三名とともに、「室山工業高等学校の生徒の皆さん、署名お願いしまーす」というかけ声をかけていたのだった。現場は突然の女子襲来に色めき立った。


「おいおい、何の騒ぎだ」

「なんでも、来年から野球部のチアリーディングやブラバンが、なくなるかも知れないってーんで、反対署名集めてるらしいぞ」

「聞いたところによると、なんでも敷島商業と合併するらしい」

「これは反対しねえとな。おい、お前らも来ーい!」

「なに? 敷女の学校が総合高校になると、応援に来られない、だとー?」


 まるで、神社仏閣で、お守り売り場の巫女さんに集まる参拝者のような様子で、約一千名の男子が記帳を済ませ、謄写ファックス刷りの署名簿を受け取るのだった。


「はーい、順番に並んでくださいね! あと、追加の署名簿は、後ほど工業高校の先生が回収しますので、きちんと持って帰ってくださいね」


    ◇ ◇ ◇


――三週間後のある朝。


 一台のワンボックスカーが、室山県立敷島女子高等学校の正門に到着した。たちばなデンキのクルマだ。玄関前で待っていたのは、相川杏子先生ら、教職員と、高槻沙織、服部美月、柏原桃花だった。……なぜワンボックスカーなのか。それは、服部宝珠庵、たちばなデンキ、高槻洋菓堂、それに公共放送・室山放送局による、大量の反対署名を載せているからだ。段ボール箱にして、数個はあるだろうか。


 クルマからは、立花梨音と、その父、功武が降りて来た。


「どうも、梨音の父です。ご無沙汰しています」

「杏子先生、おはようございます! 高速道突っ走って、署名、持って来たよー!」

「立花さん、おはよう。まあ、こんなに!」

「美月い、段ボールが重くて、わたし、腰が痛くなったよー」

「お前はお婆さんか!」

「いいから手伝ってくれよん、重いんだから。ささ、みんなで荷物おろしてー」

「えー、か弱き女子に向かって!」

「念のため、わたしも、一応女子なんですが……沙織さん……」


 立花功武が、杏子先生に向き直って挨拶した。


「これが、私共の総意です。一箱に千五百枚は入っていますので、十名書いたとして、六箱で、約九万名分の署名が入っています。どうぞ、ご査収願います」

「まあ、そんなに……」

「はい、高槻さん家の洋菓子組合、服部さん家の和菓子組合、柏原さん家の室山放送局、霜田さん家の鉄道会社と室山県タクシー業同業組合、室山県立室山工業高等学校、それから、私どもの電気工事業関係の皆さん、それぞれ共学に反対してくださいました」

「校長、お聞きになられましたか? 九万名ですよ! この子たちの人脈ってなんて素晴らしいのかしら……」

「校長の松井です。この度は何と御礼申し上げて良いかわかりません。誠に恐縮で、ご尽力に感謝申し上げます」

「いえいえ、そんなにかしこまられても……」

「有効に活用させていただきます。学校長表彰をしたいぐらいですよ、ええ」

「今後とも末永く、この子たちをよろしくお願い申し上げます」

「わかりました、この度はありがとうございます」

「では、わたくしは電気工事の仕事がありますので、これで。こら梨音! ちゃんと勉強しろよ! もし、なまけてたら承知しねえからな! では、わたくしはこれで」

「親父ぃ……」


 かくして、全校生徒の尽力と、彼女たちの父兄の尽力によって、室山県立敷島総合高等学校の設立は見送られることになった。


     ◇ ◇ ◇


「あーあ、反対しなきゃ良かったかなあって」

「なんだよ、桃花、今更、残念そうに」

「ううん、共学だったら、また違った楽しみがあっただろうな、ってお話」

「なるほど。じゃあ、女子高は彼氏を他校の生徒の中から探さないといけないからねー」

「うん……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ