第三話 臨時講師、マイク・ゴズウェル登場!
ここは、県内屈指の進学校、室山県立敷島女子高等学校。規律正しく、折り目正しき女学生が集う、他校の女子もうらやむ、お嬢様学校な、はず、だが……。今日の職員室は事情が違っていた。
なんと、はるばるイングランドのリバプールからやって来た、英語の臨時講師、その名も、マイク・ゴズウェル。身の丈、約二メートル。当然英国人だから、あやふやな日本語を操り、そして、何と言ってもむだ毛の多さ。Tシャツからは、あふれんばかりの胸毛が見えている。そして、腕にも体毛がわんさと生えていて、脚も例外ではなかった。とりあえず、いまのところ、セックスアピールだけは抜群だ。
「HAHAHAHAHAー、ミナサン、ゴキゲンオカラデスカー? ワタクシ、リバプールカラ、キチャイマシタ、マイク・ゴズウェルデース。ワーオ、コノ、ハイスクール、ピチピチガール、バカリデース! ドウゾ、ヨサク、オニガシマース」
英語科の、悩める女性教諭、相川杏子先生が、この巨漢を相手に生徒に生のイングリッシュをレクチャーさせないといけないのだ。
「わたし、頭が痛いんですけど……校長、早退させてもらってもいいですか? いきなり疲労がレッドゾーンなんですけど……」
「なんだ、英語科担当教諭なんだろう? 自分から志願したんだし、やりかけた事を途中で投げ出すのは、関心しないねえ……」
「でも、校長……この人発言が卑猥です……」
「じゃあ、早速、三時限目に、二年三組に連れて行きなさい……頼むよ」
「はああ……」
◇ ◇ ◇
三限目は、英語Ⅱの時間……。その前の休み時間に、廊下にゴズウェルを引き連れて、相川杏子先生が二年三組の教室に向かった。杏子先生の手提げ袋には、謎の物体が。そうして、二年三組の教室の前で、杏子先生はゴズウェルに向かってこう言った。
「ミスター・ゴズウェル、キープ、サイレント。ウェイティング、ヒアー。アンダスタンド?」
「オー、オーケー、オーケー、ハーッハッハッハー」
「シーッ、ビー、クワイエット!」
「ソ、ソーリー……」
先に、相川杏子先生が教室に入ってきた。お祭り騒ぎできゃいきゃい言っている教室が静まりかえった。
「起立、礼、着席!」
「えー、先般から皆さんにお知らせしていました、イングランドからお越しになった、マイク・ゴズウェル講師が参ります。もし、セクハラの表現の度が過ぎた場合、わたしが合図をしたら、今から配ります、豆まき用の豆を渡します。徹底的にぶつけてください。生徒同士怪我のないように。わかりましたね。わたしは後ろで見ていますから、安心してください」
「えー、豆えー?」
「そんなに酷いセクハラなのかしら」
「スケベなのかなあ……」
「えー、全員行き渡りました? 行き渡った。ああ、そう。じゃあ、武器は隠して下さい。では、今からゴズウェル講師をお招きします」
ガラリと扉を開いて、杏子先生がゴズウェル講師に呼びかける。
「ミスター・ゴズウェル、プリーズ、カムイン!」
「ウェル、オーケー、オーケー。ハーッハッハッハー! オー! ウァオ! ミナサン、ビューティフルデスネー! ハジメマステ、ワタクシ、イングランドのリバプールカラ、キチャイマシタ、マイク・ゴズウェル、デース。ドーゾ、ヨサク、オニガシマース!」
「はい、拍手ー」
パチパチパチパチ……。
「サンキュー、サンキュー、ジャパニーズガール、マルデ、カインドネスデ、ハートウォーミングデース」
「じゃあ、ミスター・ゴズウェル、ゴー、アヘッド」
「オーケー、ミス・キョーコ!! ハーッハッハッハー!」
「……では、わたしは後ろで見ていますから、授業を受けてください」
◇ ◇ ◇
「デハー、ジュギョーヲ、ハジケマース! アー、ユー、レディ?」
一同「イエー!」
「マズ、ノートヲ、シャカシャマにして、ウラガエシテ、ソウ、サッカサマニ、シマース」
「逆さまの裏返しだって……」
「どうする気かなあ……」
半信半疑に、英語のノートを裏返し、天地逆さまにしてみる、女生徒たち。
「ソコニ、コクバンドオリ、カキクダシテクダサーイ! ヘルス&フィジカルエデュケーションノ、テクストヲ、モロダシシテクダサーイ!」
「ゴズウェル先生、保健体育のことですか?」
「ハーイ、ホッケンタイックのコトデース! アイム、ソーリー」
「何ページを開くんですか?」
「ホワット、ドゥー、ユア、オープンナ、ページ? オーケー、オーケー」
相川杏子先生は、おやっ? と思い始めた。何の教育をするのだろう、そんな目で見ていた。ところが。
「ホッケンタイック、テクストノ、ヨンジュウハチ、ページ、デーズ!」
そして、おもむろに、それを黒板に板書し始めた。そして、黒板に描かれた睾丸のへんを、拳で叩きながら、こう言うのだった。
「ココ、イイデスカー、ココハ、ダイジデス! テスティクル! テスティクル!」
相川杏子先生が叫んだ!
「みんな、準備しましたかー? これは、セクシャルハラスメントです! 突撃ー!」
「イエッサー!」
「ホワット? ハラス……ノー! マイ、ガー!」
マイク・ゴズウェル講師にぶつけられる、豆の数々。廊下へ逃げようとするのを、みんなで追いかけて追い払う。
「ノー! ソイビーンズ! ダスケテ、タシケテクダサーイ! ニッポンノ、オンナノコ、キレルト、コワイデース!」
職員室まで追いかけて、校長先生にマイク・ゴズウェル講師を突き出した。そして、ノートを見せた。最後まで追いかけた女生徒は、十数名はいただろうか。
「おやおや、生徒の皆さんと、ゴズウェルくん。一体全体どうしたんだね」
「こ、校長先生、この人、英語教えるかと思ったら、こんなモノを教えるんですよー。もう、超最低ー!」
「あ、あそこを指さして、テスティクル! って言って、もうセクハラです! やだー、わたし、やだー!」
相川杏子先生が追いついた。
「校長、人選ミスです! 即刻この学校から叩き出して下さい! 最低です! 最低です!」
校長が巨漢のゴズウェル講師に詰め寄って、言葉汚く罵った。
「ユー、サック。ナウ、レイオフ! レイオフ! ゲット・アウト・オブ・ヒアー! ユー、アンダスタンド?」
「オー、ソーリー、ソーリー、モウ、トゥワイスハ、シマセンカラ、カンベンシテ、クダサーイ」
「ノーノーノー、レイオフ!」
相川杏子先生はため息をついた。
「校長、人選ミス……っていうか、廊下の大掃除が必要ね……はああ……」
教室では、日直の服部美月が、黙って例のあれを、黒板消しで消している。机には、立花梨音だけが残って板書を書き写していた。
「ねえ美月ー、まだ消さないでー、わたし、今日すごく勉強になった!」
「書き写すな、こんなもん!」
「えー、やーだ、消しちゃやーだ!」
「だが断る……」
その後、マイク・ゴズウェル氏がどうなったかは、読者のご想像にお任せする……。