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第十三話 それから……

 高校卒業から十数年後……室山県立敷島女子高等学校、職員室で働く服部美月の姿があった。肩書きは、国語科教員兼、生徒指導部長補佐。そして、高槻沙織も、敷島女子高等学校で働いていた。肩書きは、英語科教員兼、家庭科部の顧問。


「服部教諭!」

「なんだ、沙織かあ……」

「高槻教諭とおっしゃって」

「失礼しました、教諭……」

「ささ、家庭科室でお茶しましょう!」

「まったく……少しだけですよ!」

 

 放課後、三階東側の家庭科室。教室の中ではきゃいきゃい、生徒がはしゃいでいる。時は流れても、雰囲気は、十数年前のあの頃のままだ。扉をがらりと開ける。騒いでいた生徒の挙動がぴたっと止まった。わらわらと着席して、皆、前方を見て、静かになった。


「みんな、やってるかーい?」

「あ、沙織先生……と、服部先生……」

「げっ、服部……」

「げっ、って何よ。心配しなくても、あたしはお説教しに来たんじゃありませんから」

「わたしたち、十数年前、敷女の同級生だったの」

「本当ですか、沙織先生! 初耳です!」

「そう、マイフレンド!」


 一同「え、ええーっ!」


「そうねえ、あたしは沙織の勉強見てやってたかな」

「大学も、同じ、室山大学の教育学部だったんだよねえ」


 一同「おおーっ」


「さあ、服部先生に、チームにつき一皿づつ、ケーキをプレゼントしてください。もしかすると、内申点が上がるかもよ」

「せ、先生、これ、お口汚しかも知れませんが、ど、どうぞ!」

「ああ、ありがと。ねえ、これ、何のケーキ?」

「れ、レアチーズケーキですっ」

「まあ、何ですって! あなた、何年何組の誰? よし、国語の内申点減点……」

「そ、そんなあ……」

「ぷっ、冗談に決まってるじゃない、あんた、あはははは」

「みんな、服部先生は、チーズがお嫌いですので、決して地雷を踏まないように」


 一同「はあーい」


「いちご大福が嫌いな奴に言われたくないわよっ!」


 周囲の生徒からは、ドッと笑いが起きた。そうして、二人の教諭からは、自然と笑みがこぼれていた。


     ◇ ◇ ◇


 一方、榛名天神の「菓匠 服部宝珠庵」では、霜田 翔……いや、婿養子に入ったので、服部 翔が、銘菓「香枚井餅」作成の修行中だった。


「違う! 水分が足りない! 水飴も混ぜろ! いいや、後から足すな! ああ、もうっ、だからそうじゃない。そうじゃないって!」

「じゃあ、どうするんですかぁ」

「己の魂に問え!」

「問え……って、何わかんないこと言ってるんですかぁ」

「まだまだ和菓子職人としての自覚が足りないようだなー」

「ちゃんと教えてくださいよー」

「まずは魂から!」

「魂、魂って……もう、意味不明っすよー。言語明瞭、意味不明瞭ですよー」

「がたがた言わない。うちの美月をめとったからには、和菓子職人としての自覚を持って、跡を継いでもらわねば困る!」

「勘弁してくださいよー」


 それから、香枚井三丁目の「高槻洋菓堂」では、霜田拓也……いや、これまた婿養子に入ったので、高槻拓也が、パティシエとしての修業を行っていた。


「メレンゲをもっとクリーミーに! 違う! 卵白をだなあ……」

「えっと、メレンゲがこうで……ああっ、覚えすぎることがたくさんあるー」

「馬鹿者! うちの沙織をめとったからには、跡継ぎの自覚を持ってもらわねば困る!」

「今度は小麦を練るところだが……」

「って、ノートに書ききれません。勘弁してください」

「はい、次! もたもたするな!」

「何この小麦の袋……って、重っ! 重たいっす! なんじゃこりゃ!」

「それしきで音を上げるようでは、一人前のパティシエとは呼べないな」

「ちょっとたんま、少し休ませてください……」

「駄目だ!」

「マジ、勘弁してくださいよー」

「俺も若い頃、同じ目に遭った……」

「って、あんたも婿養子かよ!」


 高槻信也は、黙ってうなづいた。


     ◇ ◇ ◇


 ふたたび、室山県立敷島女子高等学校、職員室……。少し目尻に小じわができた、あの相川杏子先生が座っている。そこへ、高槻沙織と、服部美月が入って来た。沙織先生の手には、生徒と一緒に作った洋菓子を携えていた。怪訝な表情をして、寝不足の眼をこすりながら、杏子先生が苦言を呈した。


「おそーい。あなたがた、いつまで残ってるの? 鍵の当番はあたしなの。さあ、早く帰り支度をしなさい……」

「すみません、お待たせしました」

「相川先生、はい、これ!」

「ああ? これって何よ……って、スイートポテト?」

「はい、生徒と一緒に作りました」


 相川先生は急に満面の笑みを浮かべ、眼の色を変え、早速頬張った。


「ふはは、美味しい、美味しい……あなたがた、昔とちっとも変わらないのね」

「成長してないってことですか?」

「なにをおっしゃいますか、高槻さん、あんたもすっかり教師らしくなったわね」

「てへへ……」

「服部さん、最近お説教の仕方が、あたしに似てきたようね」

「は、はい、すみません、以後気をつけます」

「いいえ、あたしの愛弟子、その調子でバリバリ生徒指導して頂戴ね? いいこと?」

「は、はい……」

「さすがに相川先生には、かなわないよねー」

「ま、まったくだー」


     ◇ ◇ ◇


 その後の、立花梨音は、たちばなデンキに併設した、携帯電話店の店員をやっていた。某携帯キャリアの、室山春名坂店だ。ボディコンシャスなスーツに身を固めて、見た目、イケてるお姉さんを演じていた。


「いらっしゃいませ、どうぞ!」

「あのー、ビジネス用に携帯電話を探してるんだけど……」

「あ、そうしましたら、ピッタリのがございます。こちらの、ICレコーダー、カメラ、ワンセグ、決済機能付き携帯をオススメします!」

「い、いや、そこまで高機能なものは……値が張るので……」

「今なら、三千円キャッシュバックがございます! ささ、こちらへどうぞ!」


 契約を結ばされた男性は、ごてごて重装備の携帯電話を手に店を出て、きつねに摘まれたような顔をしていた……。


「ありがとうございました!」

 梨音は心の中でほくそ笑んだ。

(……ふう、今日も商売繁盛!)


     ◇ ◇ ◇


 その後の、柏原桃花は、東京の某大学の教育学部を卒業した後、幼稚園の教諭免許を取って、都内某所の幼稚園で先生になっていた。チューリップなどのお花の切り絵にまみれた窓の中。無邪気な幼稚園の児童に向かって、オルガンを弾いていた。


「むすんで、ひらいて、手を打って、むすんでー♪ また、開いて、手を打って、その手をうえにー……はーい、よくできました、えらいえらい、上手上手ー♪」


 このように、女性の社会進出というのは、案外、そういうものなのかも知れない……。

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