第十二話 雪が落ちて来た!
ここは、服部美月が住む近くの、榛名天神社。学問の神様をお祀りしている神社だ。さっそく、沙織、美月、梨音、桃花の四名は、榛名天神社で初詣中。最前から、粉雪が舞って来ている。今日は一月三日、お正月の三が日だ。これはうっすらと雪化粧をしそうな空模様だ。みんな、セーターやらコートで完全防備している。
「じゃーん」
「沙織、なにそれ?」
「これは、わたしが我慢がまがまで貯め込んだ、一円五円貯金箱の中身なのです! だから、お賽銭!」
「うわあ……軽く千円ぐらいありそう……チャリティには募金しなかったのか?」
「他人の幸せを願うなら、まず自分が幸せでなければなんないの。だから、お賽銭!」
「で、沙織、そんなにお賽銭奮発して、何をお願いするんだ?」
「霜田拓也さんと永遠に結ばれますように、だ、なんちって」
「はーあ、沙織はすぐこれだ……梨音、桃花は何を願うんだ?」
「わたしは、商売繁盛!」
「わたしは、受験に合格……とか」
「梨音!」
「はい!」
「緊張感ちゅーもんがないのか! 何が商売繁盛だ! 大学進学だろ普通!」
「いやー、わたしはコンピュータの専門学校行く気でいるから、その点心配ない」
「じゃあ、みんな、お賽銭投入!」
沙織のお賽銭の投入の仕方が、半端ではなかった。まるで、豆まきのように、右手で一円五円をつかんだか、と思うと、何度もお賽銭箱にぶちまけるのだった。後の三人は、ふつうに十円とか、五十円とかをお賽銭箱に投げ入れて、鈴を鳴らしていたが、沙織は、まだお賽銭がぶち込め切れていなくて、まだ投入を続けていた。袋を逆さまにして、一円残らずぶち込んだのを確認してから、祈った。
梨音が言った。
「なあ、あそこで絵馬書くところがあるぞー、行くぞ皆の者ー!」
「おーっ!」
「やれやれ……」
「元気だねえ、梨音ちゃんって、相変わらず……」
絵馬は一枚五〇〇円で、境内で巫女さんが売っていた。買い終わると、四人組は、設えられたテーブルの上で、油性のフエルトペンで願い事を書き始めた。
『第一志望 室山大学教育学部英文学科合格祈願! 高槻沙織』
『室山大学教育学部国文学科、合格必勝祈願! 服部美月』
『今年もお店の売り上げが上がりますように たちばなデンキ 立花梨音』
『お引っ越ししても、みんなとの友情が末永く続きますように 柏原桃花』
「どれどれー? ももっち、お引っ越しするの?」
「うん、お父さんが、東京の放送局へ転勤になるから、それで……」
「切ない、ああ、切ないよわたしはー」
「梨音、わざとらしい……」
「それで、引っ越しはいつなんだ?」
「来年の四月……だから、東京の方面の大学を受験することになるよ」
「旅立つ時は言ってくれ! 新幹線の乗り場まで迎えに行くからな!」
「みんなでお見送りしよう!」
「そうだな!」
皆が、また巫女さんのいる天神社のお守り売り場に並んだ……。
「お守り買ってくか……おみくじ引くと、凶が出たら嫌だしー」
「そうだね、恋愛成就っと!」
「言えてる、学業成就っと!」
「わたしは、商売繁盛かな……」
「わたしは、家内安全、かなー」
一通りお詣りを済ませた後で、美月がみんなに提案した。
「わたしん家で、和菓子と甘酒おごるから、来なよ!」
「まさか、あずきは入ってないでしょうねえ、美月」
「あ、ああ、まあ、沙織には特別食の羽二重餅の訳あり品てとこで」
「ねえねえ、美月ちゃん、わたしたちには?」
「ぎっしり詰まったきんつば! どうだ、グレイトだろう?」
「うんうん!」
新雪を踏みしめながら、紅電榛名天神駅前の「服部宝珠庵」で、お茶会ならぬ、甘酒会が開かれることになった。
◇ ◇ ◇
美月「ただいまー」
三人「お邪魔しまーす」
「あらあら、皆さんお揃いで! あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
「さあさ、雪を払って、上がって上がって!」
ここは服部宝珠庵の二階、すなわち、美月の部屋だ。みんな、震えながら、こたつに足を突っ込んでいた。
「なんつーか、いつも思うんだけど、女っ気の欠片もない部屋だよね……」
「つまんねー、めっちゃつまんねー」
「悪かったな、梨音!」
「ねえねえ美月ちゃん、今度クレーンゲームで釣ったお人形持って来るよー」
「いや、桃花、そういう乙女チックな趣味はわたしには無くてなあ……」
障子戸が開いて、甘酒とスイーツを、美月の母が持って来た。それから、美月の母は、思い出したかのように言った。
「あ、美月ー、お母さんね、おせちも用意したから、みんなで召し上がれ」
「うわー、本当ですか!」
「サービス満点、さすがは美月のお母さん」
「いただいちゃってもいいんですかー? 何だか高級そう」
「ええ、いいわよ、今年はお煮染めを特にたくさん炊いたから、残り物でごめんね」
一同「いただきます!」
「美月ー、これぞ、お袋の味ってーやつだ」
「梨音、何を訳のわからんことを……」
◇ ◇ ◇
話題は、むしろ柏原桃花の動向に関心が集まっていて、今後どうするのかが知りたい気持ちで一杯だった。
「で、東京のどこに引っ越すんだ?」
「えーっと、実家だから、新小岩ってところ。総武線と総武快速線が止まります。駅の南側からバスだから、東京都江戸川区……になるのかな」
「さぞかしハイソな街なんでしょうな、おそらく」
「いやいやいや、そんなことないよ、庶民的で、みんなチャキチャキしてるよー」
「ああ、また室山県から優秀な人材が流出してしまう……」
「美月、しょうがないでしょ、ももっちの故郷なんだし、東京は」
「寂しくなるなあ……」
「受験も、あっちなんだろう?」
「うん、おじいちゃん家で合宿です!」
「泊まりに行ってもいいかー? わたし、一度でいいからトーキョーブックマークしたかったんだー」
「うーん、無理をすれば泊められなくはないけど、おじいさんとおばあさんが住んでるから、たぶん落ち着かないと思うよー、狭くて」
「なあ、桃花、秋葉原まで近いのか?」
「うん、電車で十五分ぐらい……」
「うおおお、わたし、眼鏡ッ子メイドになれるかなあ!」
「梨音はご主人様に尽くすより、ご主人様から巻き上げそうだしな、現金を」
「なにをおっしゃいますか、皆の衆ー。わたしゃそんなに商売汚くないよ」
「あの……基本的に、梨音ちゃん見て、萌えるお客さんいるのかなー」
「うーん」
(他のみんなは、脳内で梨音のメイド姿を想像してみた……)
「ま、イマイチってとこで……」
「もう一つだよね……」
「あ、あんまりだー」
桃花がひざで立ち上がって、みんなに告げた。
「皆さんに重要なお知らせがあります。わたくし、柏原桃花は、松の内を明けた八日から、冬期講習に東京へ一旦行って来ます!」
「電車のダイヤを教えてくれ。みんなで一緒に見送りに行くから……のぞみ何号かな?」
「うーん、午前中なんだけど、まだ切符取ってない……」
「とにかく、がんばって来いよ、桃花!」
「うんっ!」
◇ ◇ ◇
葱北本線、香枚井駅では、指定券販売コーナーで、てきぱき働いている、霜田 翔の姿があった。
「次のお客様どうぞ……って、沙織ちゃんに、美月ちゃんに、梨音ちゃんに、桃花ちゃん! どうしたんだい? どこかみんなで、お出かけ?」
「いいえ、わたしだけです。大学は関東地方の大学に進学するので、冬期講習に東京へ行く事になって……なので、香枚井から新小岩までの切符をください。大人二人、指定席、禁煙で……」
「マジで? そっかー、桃花ちゃんは、もともと東京の子だもんな、で、時間は……」
「のぞみ十四号で……」
「うん、わかった。えーっと、香枚井から、東京都区内まで、えいっ!」
専用端末から、切符が吐き出されて来た。緑色の切符である。
「じゃあ、気をつけて行っておいで。美月ちゃんたちも、一緒に見送るんだぞー!」
「わかってるわよ、変態!」
「へ……変態……変態って一体……」
◇ ◇ ◇
ここは、葱北本線と、山陽新幹線の新室山駅。随分葱州神崎寄り……つまり、浜側にある駅だ。一月八日、午前九時代の新幹線のぞみ号のデッキに親子の姿があった。
「じゃあ、わたしたちはこれで一旦帰らせていただきます」
「みんなー、バイバーイ! また帰って来るからね!」
三人「桃花!」
『えー、二十三番線から、のぞみ十四号、東京行き、まもなく発車致します。お見送りの方は、車外へ出られまして、柵の外にてお見送り願います……乗車、完了……』
車外へ手を振る桃花と、お母さん。やがて、発車のベルが鳴り終わる。
「バイバイ……」
「元気でね……」
「達者で暮らせ……」
電車の窓越しに、涙を拭いたり、うんうんうなずいたり、まだまだ敷島女子の女生徒は、涙もろい年頃だった……。
やがて、かすかな余韻を残して、小さな窓は、東へ、東へと向かうのだった。電車を追いかけて走り出した三人組だったが、新幹線に追いつける訳もなく、途中で息を切らして、ホームの端で、電車の最後尾を見送るしか、手立てがなかった……。
「桃花……桃花……ももかああー」
「梨音ちゃん……」
「中学校からの大親友だったからなぁ」
「ももか、ももか……」
「はいはい、泣かない泣かない! 冬期講習終わったら帰って来るんだし……」
「さ、ひとまず帰るか!」
服部美月と高槻沙織に挟まれて、立花梨音は、鼻水をすすりながらまだ泣きじゃくっていたが、その後、新室山駅の甘味処で回復した梨音の涙はもう乾いていた……。
「えへ、このあんみつ、美味しい♪」
「現金な奴ー」
「てへへ、てへへ」
「さっき泣いたカラスが、もう笑った、って感じよねー」
「ところで沙織、おぜんざいは食わないのか?」
「まるっとあげます。あずきアレルギーなんです」
「知ってます」
「あら、やるわねー、後ほどご自宅に、チーズケーキを贈らせていただきますわ」
「沙織、わたしが悪かった。どうかそれだけは勘弁!」
「じゃあ、杏仁豆腐頼もうかなー」
「食欲旺盛だなあ、オイ」
在来線(葱北本線)に乗り換えて、新幹線よりは、ゆっくりとした快速電車に乗って、三人は香枚井駅まで帰るのだった。