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第十一話 冬がはじまるよ

 朝の葱北本線、香枚井駅ホームで掃除をする、霜田 翔は、なんだか憂いを漂わせていた。沙織たち四人は、そっと近づいて、翔の耳元で、わざとからかうように声をかけた。


「霜田さーん」「翔くーん」「おっぱい星人」「スケベ」「まぬけー」


 散々悪態をついたが、翔からは何の反応もない。返事がない。やおら、くるっと振り向くと、ギャグマンガのような涙を流して言った。


「彼女に……振られた……くうっ……」

「どうしたのよ、情けないわね」

「何か、思い当たる所があるとか……」

「一昨日、病院に美月ちゃんをバイクでタンデムして連れて行ったところを、咲花台の駅前で彼女に目撃されて……」

「うわあ……」

「ああね、不運っていうか、日頃の行いと言うか……」

「うぐっ、『もう知らない! あんたとは、もうおしまい!』って言われてさー、とほほー」


 一同「は~あ」


 美月は、腕組みをして考えた。

「だから電車でも行けたのに……なんか責任感じちゃうなー」

 翔は立ち上がって、美月の手をとり、おもむろに告げた。

「じゃあ、責任、感じていただけましたでしょうか! それなら、俺と交際を……」

 美月は、グーで翔の頬を殴っていた。

「敷女の校則なめんじゃないわよ! 軽々しい……」

「い、痛ってえ……」

「そんなこと言うなら、おととい来なさい!」

「罰当たり」

「まぬけー」

「さあ、行こう、行こう……」

「帰りは紅電に乗ろうねー」

「そうだな、変態おっぱい星人がいるこの駅は、危ない危ない」

「そうだねー」

「帰りに、服飾材料、シエスタ香枚井で買っていこうか」

「そうしましょう」

「賛成ー!」


 置き去りにされた格好の霜田 翔は、ホームで途方に暮れていた。

「ま、待ってくれー、誤解だー!」

 そこへ、通りがかった駅長が、翔の脳天に空手チョップを炸裂させた。

「霜田、仕事中にサボるな」

「は、はい、すみません……」


◇ ◇ ◇


 昼休み、人工芝が敷き詰められた校舎の屋上で、お弁当を広げていた美月は、携帯電話を取り出すと、メールを打ち始めた。


『翔さんへ わたしは、勉強が忙しいし、校則も厳しい。実家も旧家で厳しい。でも、あんたが改心してくれるなら、スケベ心を起こさないと誓うならば、高校卒業後に付き合ってあげなくはないんだからね。大学生になったら、わたしのリストの、サ行のうちの一人になら、加えてあげても良くってよ、じゃあね。 服部美月』


 お弁当に口をつけた後、今度はもう一人、気になる人物にメールを打ち始めた。


『拓也さんへ お身体大丈夫ですか? 病院で休職扱いとなっていることに、胸を痛めています。かばってくださって本当にありがとうございました。何度お礼を申し上げて良いか分かりません。で、大変、言い出しにくい話ではありますが、沙織を大事にしてあげてください。わたしからのお願いです。それでは、また。 服部美月』


 そこへ、いつものメンバーが勢揃いした。沙織、梨音、桃香、啓子だ。


「よっ、はっとり!」

「美月ったら、探したぞー。珍しいな、屋上で弁当なんて、寒いのにー」

「声をかけてくれたら、いつでもついて行くのに」

「そうですよ、水くさい」

「いやー、ちょっと野暮用があってな。携帯電話いじってた」

「誰とー?」

「うちのお父さん」

「つまんねー、めっちゃつまんねー」

「浮いた話の一つもないのかな、はっとりには」

「クリスマス前に、彼氏ゲットだぜ!」

「あー、わたしにはないね」

「本当かなあ」

「勉強と仕事の手伝いで忙しいっちゅーんじゃ、ボケぃ!」

「あんまりだー」

「ひどいよー」

「沙織、桃香、ここでマジ引きしない!」


 美月は、本当の事は秘密にしようと考えた。もしみんなに言ったら、それは利口ではないと考えたからだった。なので、彼女は心の中で、少しだけほくそ笑んでいた……。


     ◇ ◇ ◇


 あれから一ヶ月。霜田拓也が退院する日がやってきた。真新しい駅員の制服に着替えた拓也は、ナースステーションから祝福を受けている。傍らには、霜田の父、浩二郎と、高槻沙織と、服部美月。そして、拓也は、医師から差し出された、事故当日の夕刊を受け取って読んだ。新聞の見出しには、こうあった。


『紅電香枚井駅で転落事故未遂 女子高生を身を挺して助ける駅員』


「おおーっ! オレと美月ちゃんの写真が載っている……誰が撮ったんだろう……って、『写真提供・立花梨音さん』だってー?」

「梨音ちゃんは、スクープ記者にも向いているのかも知れないねえ……」

「梨音かあ……」

「まあまあ、完治して良かったじゃないですか」

「先生、お世話になりました」

 二人「ありがとうございました」

「これ、看護師一同からの花束です!」

「うわぁ、サプライズ! ありがとうございます!」

「じゃあ、みんな元気で!」

 看護師一同「元気でねー」

「さよならー、お世話になりました」

「ありがとうございました」

「お世話様でしたー」


 無事退院した霜田拓也は、父親の浩二郎が運転するタクシーの車両の前側に座る。そして、沙織と美月は、後部座席に座るのだった。


「命の恩人です、霜田さん、良かった……無事に退院できてよかった……」

「美月ちゃん、鉄道員として、当然のことをしたまでだよ」

「ワシの息子にしては、上出来だな、名誉の負傷だ」

「霜田さん、かっこよかったよ!」


 タクシーは一路、紅電香枚井駅、香枚井三丁目の沙織の自宅、高槻洋菓堂で下車させ、そして、榛名天神へ登る坂道を、美月の実家、服部宝珠庵へ向かって登っていった。


「なあ、服部さん」

「何でしょう」

「拓也は自慢の息子です。身体を張って、あなたを助けたのだから、たいした物だ」

「拓也さんのおかげで、助かりました」

「こうして、みんな一件落着したわけだ」

「はい、そう思います……」

「じゃあ、着いたよ、お店ここだっけ」

「はい! ありがとうございました!」

「うん、うん、こちらこそ!」


 やがて、霜田タクシーは、紅電榛名天神駅前のロータリーをぐるりと転回した後、春名坂を下って行った。


     ◇ ◇ ◇


――翌朝、紅電榛名天神駅前、バス乗り場にて。


(紅電香枚井駅……ど、どんな顔して霜田さんに会えばいいんだろう……)


『室山三四系統、榛名天神駅発、春名台団地、春名坂小学校経由、紅電香枚井駅行きです。料金は降車時にお支払い願います。発車までしばらくお待ち下さい。室山三四系統……発車します』


 バスは、なだらかな下り道を降りて行った。そして、春名台団地。柏原桃花の家の近くの停留所。


「おはよう、美月ちゃん!」

「やあ、おはよう、ももっち。今日は一人でお着替えできたか?」

「うん、多分大丈夫だよ……って、今朝は、霜田さんに会うんだよね」

「そこなんだが、どんな顔して会えばいいのか……うーん、悩ましい」

「あのさ、美月ちゃん、いつも通りでいいんじゃない」

「というと……」

「変に肩の力が入っていると、霜田さん、また心配しちゃうかも」

「言えてる……」

「自然体だよ、美月ちゃん!」

「そうだな!」


 バスは、春名坂小学校前で止まった。たちばなデンキがある、立花梨音の家の近くの停留所。


「おーっす! 諸君、おはよう!」

「おはよう、梨音ちゃん!」

「な、なあ、梨音?」

「なんだ美月ぃ。何か相談でもあんの?」

「実はさあ、紅電香枚井駅に、霜田拓也さん、いるだろ? ど、どんな顔して会えばいいのかって」

「なんだなんだー? らしくないぞ美月ぃ。恋の悩みかー?」

「違う! ただ、霜田さん、今日は、初出勤だろ? 一体、どんな顔して会えばいいのか……って」

「あん? 別に普段通りでいいんじゃない? つーか、美月も乙女だったんだなあ、そんなことで悩むとは」

「そんなこと……って。わたしには大問題なんだ!」

「大問題ねえ……」


 バスは坂を降り、交差点を右折すると、高槻洋菓堂がある、高槻沙織の家の近くの停留所に停まった。


「おはよう、みんな!」

「おっす、沙織!」

「沙織ちゃん、おはよう」

「おはよー、沙織ぃ」

「ちょっと何? 美月、顔色悪いわよ……もしかしてバス酔い?」

「それもあるんだけどさー、霜田拓也さんに、どんな顔して会えばいいのかって、私にとっては大問題なのだ」

「そんなの簡単じゃない。女は笑顔と度胸って、いっつも私に言ってるじゃないの。それでいいと思うよ」

「いやー、普段ならそれでいいと思うんだが……今日は、霜田さん、初出勤日だろ?」

「笑って、笑って、こちょこちょこちょ!」

「ぶっ、く、くすぐったい、こら、やめろ沙織……あはははは!」

「これで良し。笑える準備はできたかな?」

「はー、沙織には敵わないよー、いきなり脇の下くすぐるんだもん……ひー」


『次は、終点、紅電香枚井駅前、紅電香枚井駅前です。どなた様も、お忘れ物無きよう、お支度下さい』


「じゃあ、お二人さん、いつもの笑顔で!」

「沙織ちゃん、美月ちゃん、頑張ってー」

「うん、そうするね!」

「あ、ああ、愛嬌、愛嬌か……って、大丈夫かなあ……」


 バスのドアが開く。一斉に、元気よく、女生徒たちは降りる。そして、紅電香枚井駅の改札目指して駆け込む。「今日の霜田はプラットホームだよ」と聞かされて、若干嫌な思い出がよみがえるが、そんなことはお構いなし。霜田拓也のアナウンスが聞こえる。


『えー、今度の二番線、急行・海浜神崎行きです。停車駅は、咲花台、室山、岩崎、敷島、牡鹿沢、神崎、終点、海浜神崎に止まります。到着までしばらくお待ちください』


「霜田さーん」

「や、やあ! おはよう!」

「はいっ!」

「朝っぱらから、女子高生に囲まれて、オレ、照れちゃうなあ……」

「きゃはははは!」

「それを言うなら、幸せだなあ……でしょ?」


 こうして、霜田拓也は、駅員としての日常を回復した。

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