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魄、落つる  作者: 高原 景
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第二章

 自由都市リュウドウ――君主制を支配の柱とする国々の中で、リュウドウは唯一主を戴かぬ地である。身分の貴賤はなく、人々は皆平等とされる。過去において、君主制の支配基盤を揺るがしかねない危険な存在として、他国に攻められたことも少なからずあるが、その度に敵を退け、リュウドウは発展し続けて来た。現在は、一国に匹敵する程の富と力を有している。

 リュウドウの力の源は、古くから伝わり発達し続ける職人の技である。他国よりも高い技術力は、それだけで大きな武器だった。そしてリュウドウは商業の街でもある。他国にはない優れた商品を作り出すリュウドウには、自然と人が集まり、流通の拠点ともなっている。

 主を戴かぬとはいえ、無論、リュウドウにも街を動かす人々がいる。職人と商人、それぞれの中から選ばれた代表者が、公議会を開いて街の運営を進めていた。故に、代表者を公議会員と呼ぶ。現在の公議会員は八人、その中でも最も力を有しているのが、三十数歳という若さで商業主達の中から代表者の一人に選ばれたカガリである。


 そのカガリの屋敷に、クジョウは囚われていた。

 一夜馬を飛ばし、シンカゲ達とリュウドウに入ったクジョウは、真直ぐにカガリの屋敷に連れて来られた。すぐに一つの部屋に通され、そこから出ることもかなわぬまま既に三日が経っている。一度、試しに扉を開けようとしてみたが、外から鍵がかかっているのか、びくとも動かなかった。無論、意外でも何でもなかったが。

 部屋は屋敷の最上階にあるようだった。田舎ではまず目にすることのない玻璃を嵌め込んだ窓は、扉と同様開けることができない。内装は美しく、体を清める個室まであるが、クジョウには人を閉じ込めるのを目的に作った部屋なのではないかと思えた。もっとも、待遇は虜囚というにはあまりに贅沢なものである。

 日に三度、屋敷の召使いが食事を運んで来る。そして上質の布地で作られた衣服までもが用意された。それは袖を通さぬまま寝台脇の卓に置いてある。薄物の布地が頼りなく、着る気にはなれなかった。いつまでも蠱使いの衣服を纏っているクジョウに、召使いも特に何も言わなかった。おそらく、言葉を交わさぬよう命じられているのだろう。

 クジョウは、三日間の殆どをリュウドウの街を眺めて過ごしていた。何もすることがなかったせいもあるが、噂に名高いリュウドウは、ただ見ているだけでも飽きない。遠く、見たこともない形の煙突や、昼間道を埋め尽くす鮮やかな露店、そして尽きることのない人の流れ――どれも、クジョウには物珍しかった。

 その日も、クジョウは長すぎる時間を持て余して、ぼんやりと窓辺に座っていた。広がる街並みは、大地を埋め尽くしてどこまでも続いているように見えた。このまま何も起こらぬまま一日が過ぎるのか、そう思った時だった。扉が叩かれた。鍵を閉めておいて扉を叩くことに意味があるとは思えなかったが、それが召使い達の習慣なのだろう。

 朝の食事は一刻程前にすませた。昼まではまだ時間がある。訝しくクジョウは開かれる扉を見詰めた。扉の向こうにはいつも食事を運んでくる恰幅の良い召使いと、一人の娘の姿があった。召使いは、どこかおどおどとした様子で娘を窺っている。

 娘はまだ二十歳になっていないだろう。クジョウが今まで見たどの女性よりも、その姿は美しかった。薄紅の裾の長い衣は絹に違いない。結いあげた栗色の髪は柔らかな光沢を放ち、美貌を引きたてている。琥珀と緑が混ざったような色合いの瞳が、興味深げにクジョウに向けられていた。

「あなたがクジョウね」

 声も姿に違わぬ澄んだ響きだった。答えぬクジョウに娘は首を傾げ、躊躇いもなく部屋の中へと踏み込んで来た。お嬢様、と背後で召使いがおろおろと呼びかけるのに構わず、クジョウに近付く。まじまじとクジョウの顔を覗き込み、くすりと笑った。

「シンカゲがまだ子どもだと言っていたけど、本当ね」

 花びらのような唇で囀るように言う。ふわりと匂うのは、香り水だろうか。

「シンカゲがあそこまで必死になっているからどんな子かと思ったけれど、シンカゲはあなたの何がそんなに気に入ったのかしらね」

 クジョウは口を開きかけ、しかし言葉を発する前に廊下に響いた物音に顔を振り向けた。何かを言い争うらしい声。次いで足音が響き、戸口にシンカゲがあらわれた。三日ぶりに見るその姿に、クジョウは言いかけた言葉を忘れる。

「クジョウ」

 言いながら、シンカゲは娘の姿に気付いたらしい。顔を顰めた。

「アワユキ、ここで何をしているんだ」

「あなたが必死で守ろうとしているのがどんな子なのか、見に来たの」

「無理矢理鍵をあけさせたのか? ここには近付かないよう、カガリから言われていただろう」

「シンカゲが何も教えてくれないんだもの。私の性格を知っていながら教えようとしないシンカゲが悪いのよ」

「同じことをカガリに言えるか?」

「お兄様の名前を出してもだめよ。それに、シンカゲが来たということはお兄様との話がついたということ。それならこの子のことをこれ以上秘密にする必要はないでしょう? 私がここにいても、お兄様の言いつけを破ったことにはならないわ」

 クジョウは驚きを抑える。この娘、アワユキはカガリの妹なのだ。では、アワユキと気安く言葉を交わすシンカゲは、一体どのような立場なのだろうか。

 シンカゲは唇を曲げると、無言で近付いて来た。シンカゲの方がアワユキよりも年上に見えるが、どうやら言葉の遣り取りではアワユキの方が強いようだ。シンカゲはクジョウを見下ろすと言った。

「三日間、こんなところに閉じ込めておいてすまなかったな。もう出られるぞ」

「俺はもう自由なのか?」

 これに、シンカゲは僅かに気まずそうな表情を浮かべた。

「いや、まだそういうわけじゃない。クジョウは俺が面倒を見るということで、カガリとは話をつけた。リュウドウから出られては困るが、街の中ならば自由に動いてもいい」

「シンカゲ様、カガリ様はそのようなことは仰られていません」

 シンカゲに続いて部屋に踏み込んで来た男が苦々しく言った。どうやら廊下でシンカゲと言い争っていた人物らしい。

「カガリ様はその者を信じられるか否か、それを判断するための猶予を与えると仰られただけです。シンカゲ様にはその者が不審な行動を取らぬよう、責任を持って決して目を離すなと」

「ごちゃごちゃとうるさいな。要は俺がクジョウとともにいればそれでいいということだ」

「それは……少し意味が違うような……」

「決して目を離すなということは、常に目の届く範囲にクジョウがいればいいんだろう。つまり、俺と一緒にいればいい、ということだ。どう違うと言うんだ」

「どう、と言われましても……」

「とにかく、クジョウを何時までもこんな辛気臭いところに閉じ込めておけるか」

 言うや、シンカゲは焦れたようにクジョウの腕を掴み、引き寄せた。よろめくクジョウの肩を支え、シンカゲは男を睨みつける。

「話は終わりだ。お前はカガリの所に戻れ」

 言うや、シンカゲはクジョウの肩を抱いたまま部屋の外へ出る。呆気に取られた表情で遣り取りを聞いていた召使いが、慌てて道を開けた。クジョウは体を強張らせたまま、シンカゲに引きずられるようにして廊下を歩いていた。

「ちょっと、シンカゲ! あなた四六時中その子と一緒にいるつもりなの?」

 軽やかな足音を響かせて、アワユキが隣りに並んだ。

「お兄様が許さないわよ。あなたにとっても足手纏いになるだけじゃないの」

「足手纏いになどならない。自由兵士団には使いが不足しているし、クジョウはきっと役に立つ」

「そういうことを言っているんじゃないの。あなたがそこまでする必要はない、と言っているのよ! 一介の蠱使いに、何故そこまでするのよ!」

 その言葉に、シンカゲがぴたりと足を止めた。氷を思わせる瞳が、今は怒りの熱を帯びている。

「アワユキ、いくらお前でもそれ以上は許さない」

 アワユキが何かを言いかけ、しかし悔し気に唇を噛み締めた。シンカゲは「行こう」と一言、再び歩を進める。アワユキの視線を背中に感じながら、クジョウはシンカゲの顔を見上げた。シンカゲが、前を見詰めたまま囁くように言った。

「今は黙ってついて来てくれ」

 クジョウの肩を掴むシンカゲの手に力が籠っていた。その後、広い屋敷を通り抜ける間、シンカゲは無言だった。廊下ですれ違う者は皆好奇の視線を向けてきたが、それを一顧だにしない。クジョウには、扉までの距離が果てしないものに思えた。外に出て門扉を潜り抜けると、シンカゲは漸く歩調を緩めた。

「どうなっているんだ?」

 クジョウは問う。

「カガリを説得するのに手間取った。あいつはこうと決めたら梃子でも動かないからな。カガリはまだクジョウのことを信じてはいないが、俺とともにいればもう閉じ込めるような真似はしない」

「つまり、シンカゲが俺の監視役になったということか」

 シンカゲが足を止める。「ああ、そうだ」呟くように言うと、クジョウの両肩を掴んで正面から顔を覗き込んだ。

「俺とともにいるなど嫌だろうが、我慢してくれ。あの部屋から出すにはこの方法しかなかったんだ。俺の傍にいれば、少なくともカガリも下手な手出しはしない」

「あの部屋から出れても、結局俺はリュウドウから出ることが出来ない。どこにいようと、虜囚であることに変わりはないだろう」

 沈黙が落ちる。やがて響いたシンカゲの声は、包み込むように穏やかだった。

「確かに俺達はクジョウの自由を奪っている。俺のことはいくら嫌ってくれても構わない。だが、リュウドウはいい街だ。クジョウもここで過ごせばきっとリュウドウを好きになる。俺は、クジョウにリュウドウを見せたいんだ」

「強引だな」

 クジョウの言葉を責めと取ったのか、シンカゲが再び黙り込んだ。肩を掴む手の大きさに、クジョウは森で抱きしめられた時の感触を思い出す。鼓動が聞こえる程の近さ、全身で己を守ったシンカゲを、クジョウは厭うことが出来ずにいた。今も、理不尽な理由でリュウドウに連れて来られたとはいえ、シンカゲはクジョウを守ろうとしている。

 ――だからどうしたというのだ。人との交わりなど、所詮は一時のもの。いつかは流れて忘れ去るだけだ。

 小さく胸の奥で何かが疼いた。クジョウはシンカゲの眼差しから逃げるように顔を逸らした。

「肩が痛いんだけど」

「悪い」シンカゲは慌てたように手を離した。その手を僅かに彷徨わせ、困ったように頭をかいた。次に出た言葉は、どこかからりとした響きだった。

「とりあえず、自由兵士団にクジョウを紹介しよう。俺は大概そこに入り浸っているからな。いっそのこと、クジョウも鍛練をするか」

「そんな必要ない」

 慌てて言ったクジョウに、シンカゲは何やら納得したように一つ頷いた。

「この前も思ったが、クジョウは年の割に少し細すぎる。この際体を鍛えたらどうだ。それに、蠱使いも武器が扱えた方がいいだろう」

 クジョウが答えるのも待たずに、シンカゲは歩き出す。やはり強引だ、とクジョウは心中にひとりごちた。武器など、クジョウには扱えない。だが、それを言えば不審に思われるだろう。

「クジョウ、来いよ」

 振り返り、シンカゲが言った。クジョウは小さく溜息をつき、シンカゲの後を追った。

 これでも頑張って物語展開をはやめているつもりなのですが、なかなか進んでくれません。物語の風味も、もうちょい糖分がほしいところ。でも書き手はどうも匙加減が下手なようで、しかも油断すると間違って唐辛子をぶち込みそうになります。

 余談ですが「使い」は「こつかい」と読みます。我ながら言いづらいな、と思いますが、関西弁ならイメージ的に「こぉつかい」、標準語なら「こ つかい」といったところでしょうか。

 ではでは、今後ともよろしくお願いいたします!

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