表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魄、落つる  作者: 高原 景
3/26

3

 クジョウは森のきわで背後を振り返った。ムラセとスイレン、そう名乗った二人は眼前に迫る森を見上げどこか緊張した面持ちである。

「じゃ、行くよ。いいね?」問えば二人は同時に頷いた。

 クジョウはに舌を鳴らす。意図を察して蠱が森の中へと駆けこんだ。その姿がすぐに空気に溶けるようにして消えた。本来の姿の方が、動物の形を象っているよりも動きは数倍早い。もっとも、蠱にそのような動きをさせることが出来る蠱使いはさほど多くはない。ムラセとスイレンが僅かに驚いた気配を見せたが、クジョウは気付かぬ振りで森の中へと入った。

 先導して樹陰を歩きながら、クジョウは背後への注意も怠らなかった。森の中で蠱使いに危害を加えるような者はいないだろうが、二人が如何にも自然に腰に差す剣のせいで、常になく神経質になっていた。

 ムラセと名乗った方はまだ年若い。二十歳前後といったところだろう。黒髪を短く刈り、顔立ちは精悍な中にも華やかさがある。微笑めばさぞかし甘いものになるだろう。だが左頬に走る一条の傷と、決して溶けることのない氷を思わせる薄い青の瞳、そして何より常に何かを見定めようとしているかのような表情が、硬質な印象を与える。

 一方スイレンはまるで炎を思わせるような女性だ。一つ括りにした長く赤い髪のせいもあるが、ムラセと並ぶ程の長身といい、柔らかな曲線を描きながらも鍛え抜かれた体つきといい、少なからず武術を修める女性を見て来たクジョウには、彼女がかなりの凄腕であろうことがわかった。おそらく三十は超えているだろう。あけっぴろげな笑顔は親しみやすいが、茶色の瞳は笑っていない。クジョウの一挙一動を逃さず捉えている。

 森に呑まれた商人の一行を助けたいと言う、その依頼自体はよくある部類のものだ。盗賊を避けるために敢えて森を渡る商人は珍しくない。商人の一行についていた蠱使いが同じ傭兵組織に属する者だと言われれば、如何にも兵士然とした彼らが訪れたのも理解が出来る。それでも警戒を解くことが出来ないのは、二人が醸し出す張り詰めた空気のせいもあった。

(まあ、どのような事情があろうと、俺に関わりはないが)

 クジョウは内心に呟くと足を速めた。蠱の気配は遠い。探し人はよほど森の深くに呑まれたのだろう。いまだ鳴動を続ける森は、奥にいくほどに危険だ。クジョウは余計な思いを振り払い、滴るような緑の奥底に意識を集中した。



 シンカゲは巨木の群れに目を凝らしていた。梢は幾層にも重なり、見上げればまるで緑の天井だ。春先の色彩としては、些か鮮やか過ぎるように感じられた。森に入ったことは何度もある。だが、これほどまでに森の動きが激しい時に、奥まで入り込んだことはなかった。自然と身構える心地になる。

 前を行くクジョウの歩みに迷いはない。クジョウが己を優秀と評したその言葉に、偽りはなかったようだ。はくの力を受けた森の木から蠱は生まれると言われる。その蠱と繋がり己のものとするのは、少なからずの者が出来る。だが、蠱使いとして蠱を使いこなすことが出来る者は限られ、蠱を本来の姿である不可視の力として操ることが出来る者はさらに少ない。

 聞けばクジョウは十六だという。今まで出会った蠱使いの中でも最も若い。将来は一流の蠱使いになるだろう。無論、今とて能力の高さは疑うべくもないが、不審な二人連れの依頼を迷うことなく引き受けるあたりに、経験が浅いが故の危うさを感じるシンカゲである。時に森よりも危険な存在――それが人である。

 いらぬことに巻き込んでしまったと、苦く思う。極秘の仕事に、本来ならば他者を関わらせたくはなかった。だが森の動きが激しい時に、彼らだけではどうすることも出来なかった。

 今は使者達を救い出すことだけを考えなければならない。シンカゲは己に言い聞かせた。リュウドウまで蠱を飛ばした蠱使いの安否が、特に気にかかっていた。

(無事でいてくれ)

 幾度目かの言葉を、シンカゲは心中に呟いた。



 蠱が姿をあらわしたのは、二刻程黙々と歩き続けた後だった。

 蠱の波動を読み取ったクジョウの話では、人の気配が掴めたという。それに安堵した二人だったが、蠱が示した先に進むのは容易ではなかった。常にない大規模の森の動きに、森そのものが荒れていたのである。そこここで巨木が倒れ、傾いだ木々も多い。何時倒れるかもわからぬそこを回避すると、倍以上の距離を歩く破目になった。それに加え、いまだ森の変動は続いているらしい。森が動くたびに歩みを止めざるを得ず、進む速度は遅くなる。

 結局その日のうちに目指す場所へは辿り着けず、夜陰を進む危険も考えあわせて彼らは野宿をすることにした。万が一を考え、三人ともに十分な装備を整えていたため、野営には何ら支障はなかった。

 火を熾し、携帯食料で簡単な食事をすませれば、後は寝るばかりである。クジョウは炎が爆ぜる音を聞きながら、目の前の二人を見るともなしに眺めていた。

 すぐには眠る気になれぬのか、スイレンは剣の手入れをはじめ、ムラセは何を思うのか地面を見詰めている。と、ムラセの視線がクジョウへと向けられた。瞳に、炎の揺らぎが映り込んでいる。

「今回のような森の変動はよくあることなのか?」

「いや、そうはないと思う。俺もこれだけ大規模に森が動いているのを見るのははじめてだ」

「ハザカイに来たのは最近だと聞いたが、今までは別の場所にいたのか?」

 クジョウは咄嗟に答えかねる。依頼を離れ、個人的なことを聞かれるとは思っていなかったのだ。その思いを表情から読んだのか、ムラセが眼差しを逸らした。「答えたくなければ、答えなくていい。いらんことを聞いたな」

「いいよ、別に。今までは蠱使いの修行で北の方にいたんだ。でも師匠から漸くお墨付きがもらえてね、それで仕事を探して出て来たってわけ。ここらは森が頻繁に動くから、蠱使いは仕事にあぶれないと聞いたんだ」

 若い蠱使いにはなかなか大きな仕事は回らない。土地の有力者が蠱使いを抱えることもよくあることだが、多くは年経た経験深い蠱使いが選ばれる。もっとも、クジョウは誰かの専属になるつもりなど毛頭なかった。この土地にも長く留まるつもりはない。そうせねばならぬ事情があるからだけではなく、心情的に一所に落ち着く気持ちにはなれなかった。長く居続ければ、それだけ人と関わらねばならない。人と深く接することは避けたかった。

「魄が生まれたと思うかい?」

 スイレンの言葉だった。クジョウは僅かに言葉に詰まる。ムラセが鋭い視線を注いでいるのを意識し、答えた。

「多分、生まれたんだと思う」

 さらに躊躇い、クジョウは己でも意外な問いを発していた。

「魄を見たことがあるか?」

 スイレンがちらりとムラセを見やり、「あたしはないね」と一言、続く沈黙を埋めるように焚き火に枯れ枝を放り込んだ。

「一度だけある」

 ムラセが言ったのは、さらに時が経ってからだった。その冷たく硬質な響きに、クジョウは言葉の接ぎ穂を失った。ムラセはそれ以上話す気にはなれぬのか、地面に横になった。感情の読めぬムラセの横顔を暫し見詰め、クジョウも体を横たえ外套を被った。

 眠りはなかなか訪れなかった。スイレンが剣を手入れする音が微かに響き、気配からムラセも眠っていないのがわかった。どうにも落ち着かないとクジョウは思い、ふと惑いを覚えた。眠れないのは、奇妙な二人連れのせいばかりではない。では何故――考える程に惑いは大きくなるばかりだった。

 ――無論、魄が生まれたからだ。それ以外に理由などなかろう。クジョウは己に刻みつけるようにそう思う。

 が覚醒し、魄が生まれる。その度に、人は魄を得んがために争いを繰り返した。流された血に、魄への憎しみも増した。森は魄の砦――魄を求める者からも、魄を厭う者からも身を守るための、いわば鎧であり、剣だ。

 聞くのではなかった。不意にクジョウは思う。魄を見たことがあるかなどと、普段ならば決して問わぬことを何故口にしてしまったのか。その瞬間の、ムラセの凍るような瞳の色が脳裏に焼き付いていた。

(明日で依頼も終わりだ)

 無性に一人になりたかった。クジョウは無理矢理目を瞑る。瞼に炎の色彩が滲んでいた。

 情報は小出しに、でも少しずつ背景がわかるようにしたいです。

 このペースでこれからも続けたいのですが、いつ躓くことやら。どうか、お付き合いください。

 ではでは、今後ともよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ