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バッドエンドを迎え続けるヒロインは、ヤンデレ化した王子様にしか救えない

掲載日:2026/05/01

(わたくしって、リグウェル様にとって一体なんだったのかしら)


 男爵令嬢ロズマリーは一人静かにため息をつく。

その頭によぎるのは、この国の第三王子リグウェルのことだった。


 第三王子リグウェル。武に秀で、十七歳の若さにして第二騎士団副団長の地位につく精悍な美青年だ。ロズマリーにとっては二つ年上の幼馴染みで、初恋の人でもあった。


 だが、そんな想いを抱くのは許されないことだった。

 だって彼を愛してしまわなければ、こんなことには──罪人塔で処刑を待つ羽目にならなかっただろうから。


 リグウェルも、ロズマリーを愛していてくれたはずだ。そうでなければ、奇行とも呼べるあの態度の説明がつかない。けれど二人の愛は、身分の差を覆すには至らなかった。


 リグウェルの奇行が始まったのは、彼が十六歳で、ロズマリーが十四歳の時。去年の夏、ロズマリーが社交界デビューを果たしてからのことだ。


 リグウェルは、どんな時でもロズマリーを傍に置こうとする。ロズマリーが友人の令嬢達とお茶会を楽しんでいれば呼ばれてもいないのに出席してロズマリーの隣に座り、夜会ではロズマリーのパートナーの座を決して誰にも譲らない。休日には決まって花束や贈り物が届くし、デートにも誘われる。


 凛々しい第三王子が可憐な男爵令嬢にご執心なのは誰の目から見ても明らかで、はじめの数ヶ月ほどはロズマリーも照れながらそれを受け入れていた。


 ──だが、いつまで待ってもその先・・・が起こらないのだ。


 そもそも、ロズマリーが男爵の令嬢として生まれることができたのは、彼女の父が先の戦で多大な武功を挙げたからだ。

 領地を持たない一代貴族として男爵位を授与された平民出の傭兵が、下級貴族出身の妻を娶り、生まれたのがロズマリーだった。幼い第三王子の剣の指南役に父が任命されたことで、ロズマリーとリグウェルは幼いうちに知り合えた。


 いくつかの奇跡や幸運が重なっただけで、本来ならロズマリーは王家と縁ができるような身分の少女ではない。

 それでも、幼馴染みの優しいお兄ちゃんに憧れを抱く程度にはロズマリーは無邪気な少女で、素敵な王子様と結婚することを夢見るだけの乙女心があった。


 だからロズマリーは期待していたのだ。

 身分の違いを乗り越えて、リグウェルと結ばれる日が来るのでは、と。


 きらびやかな舞踏会で、着飾った上級貴族の令嬢達をさしおいて麗しい王子様が自分とだけダンスを踊ってくれるのだから、そう思いたくもなるだろう。


 結婚の約束もしないまま、幼馴染みという立場だけを利用して、リグウェルはロズマリーの隣に立つ。

 まるでロズマリーを、己のものだと誇示するように。

 けれどそれは、はたから見ればロズマリーがリグウェルにまとわりついているようにも見えていた。


 婚約者でもない身でありながら第三王子と必要以上に親しいという事実が、他の令嬢達の反感を買う。

 上級貴族の令嬢達はロズマリーの陰口を叩き、身の程知らずの端女はしためと嘲笑った。もっとも、リグウェルがロズマリーを守っていたおかげで、彼女達のその悪意がロズマリーを直接傷つけることはなかったが。


「リグウェル様はわたくしのことをどう思っておいでなのですか?」


 勇気を出して、直接彼にそう尋ねたのは一度や二度ではない。リグウェルの答えはいつも同じだった。


「可愛いロズマリー、私が愛しているのは君だけだ」

「わたくしも貴方のことを、心からお慕いしております。……リグウェル様、貴方の想いが本当だというのなら、今すぐにその証を見せてはいただけませんか。わたくし達の将来を、約束するものを……」


 宝石でもドレスでも、花束でもなく。

 ロズマリーが欲しかったのは、リグウェルと添い遂げる未来が来ることの証明だった。


「どうかわかってくれ。私達が結ばれるにはまだ障害が多すぎるんだ。いずれ君を迎えに行くから、今は待っていてくれないか」


 温かな炎のような暖色の瞳はまっすぐロズマリーを見つめていた。いつだってリグウェルは甘く囁く。ロズマリーの期待を煽るように。

 求めた証拠は得られずとも、ロズマリーはその言葉を信じた。だって、愛する人がそう言ってくれたのだから。


 ロズマリーは音楽や詩を学び、刺繍と語学をたしなみ、熱心に社交をこなし、慈善活動にも精を出した。尊大な態度を取る貴婦人達の言葉にしおらしく頷き、素直に教えを乞うことで、意図せず彼女達の庇護の傘の下に入った。

 ライバル視してくる上級貴族の令嬢達はロズマリーにきつく当たり続けたけれど、いつだってリグウェルが守ってくれた。下級貴族の令嬢達にとってロズマリーは憧れのお姫様ヒロインだった。


 美貌と教養を磨く、可憐でけなげな男爵令嬢ロズマリー。絢爛たる社交界において、その清楚な小さい花は埋もれることなく唯一無二の存在感を放っていた。


 けれど、貴公子達は誰もロズマリーに声をかけない。『第三王子のお気に入り』という立場が原因だ。リグウェルのモノ・・に手を出して、彼の不興を買いたい貴公子はいなかった。


 ロズマリーはリグウェルの恋人モノ

 ロズマリーに求婚する勇者はいない。……リグウェルからの求婚の手紙も、届かなかった。


 ロズマリーが現実を突き付けられたのは、つい先日のことだった。

 公爵令嬢エセルディア主催のお茶会。ロズマリーを嫌う筆頭の令嬢からの招待に、ロズマリーは憂鬱な気持ちで参加した。格上の令嬢から招かれた催し物に、欠席するだけの正当な理由がなかったからだ。いつもならリグウェルが周囲を押し切って駆け付けてくれるが、あいにくその日は騎士団の遠征で不在だった。


(いつもリグウェル様に頼りきりではいけないし、わたくし一人でも対処できるようにならないと)


 ロズマリーは己を奮い立たせる。しかしその勇気は残酷な結果を招いた。


「王妃陛下主催の晩餐会に、あなたの席はなかったみたいね」


 お茶会の日。ロズマリーが座る椅子は用意されていなかった。爽やかな春風に似合わない、エセルディアとその取り巻きの陰湿な目が、立たされたままのロズマリーを囲んでいる。


「もっとも、あなたみたいな成り上がりの男爵令嬢が招待されるわけもないけれど」


 嗤う声が重なり合って響く。王妃が三男の婚約者選びに精を出しているという噂は、ロズマリーの耳にも届いていた。婚約者候補の令嬢達を招いた催し物を近々開くだろう、ということも。


 けれどロズマリーに招待状は届かなかった。それが王家の答えなのだ。


 どれだけロズマリーがリグウェルを愛していても、リグウェルがロズマリーを愛していても……その想いが結ばれる日は来ない。


「いいこと? わたくしがリグウェル様の妃に選ばれた暁には、あなたみたいなあばずれなどすぐに処刑してさしあげますわ」


 嫉妬でぎらつくエセルディアの鋭い眼差しを、ロズマリーはきっと忘れないだろう。


 そのたった数日後。エセルディアの言葉は真実になった。


 男爵家に叛意あり……ロズマリーと両親は投獄された。まともな裁判もさせてもらえず、今はただ処刑を待つだけだ。

 リグウェルとエセルディアの婚約が発表されたことで、ロズマリーは嫉妬に狂ってエセルディアの紅茶に毒を盛ったことになっているらしい。

 王家の未来の姻戚を傷つけた罪は重い。一族郎党の首を揃えてやっと贖えるほど。覚えのない罪の出処は想像がついた。


(リグウェル様はどうしているのでしょう。リグウェル様も、わたくしの仕業だと思っていらっしゃるのかしら)


 偽りの暗殺は未遂に終わっているらしい。牢獄の中で一人、ロズマリーは神に祈る。巻き添えにしてしまった両親のことを思うと、頬をつぅっと涙が伝った。二人とも、ロズマリーの無実を訴えてくれたのに。


(あの方の人生に、わたくしはもう必要ない。わたくし一人がいなくなったところで、あの方の栄光に陰りは生まれない。……それでも、あの方がこれからも幸福であるよう願うくらいは……)


 その日の晩、ロズマリーは人知れず絞首刑に処された。


*


 リグウェルは静かに目を開ける。暗い寝室。柔らかなベッド。感覚でわかる。また自分は失敗し、『一年前』に時間を戻したのだと。


「悠長が過ぎたか。……やはり、外堀を埋めていくだけでは通用しなかったな」


 この国の初代の王は、『神』と契約して王権を授かったという。それが本当に神なのかは定かではないのだが、広く知られる建国神話は限りなく事実に近いとリグウェルは思っている。


 何故なら王族には、奇跡にも等しい不思議な力を扱う者が時たま生まれるからだ。神の恩寵と呼ばれるこの力の存在は秘匿されているが、王家の人間にはあらかじめ教えられていた。


 リグウェルも、神の恩寵を持っていた。しかしそれを知っているのはリグウェルだけだ。

 二人の兄に恩寵は宿っていない。大好きな兄達との仲が険悪になるのを恐れたリグウェルは、幼心に力の存在を秘密にすると決めていた。


 リグウェルに与えられた神の恩寵は、時間を操るものだった。停止し、進め、巻き戻す。そんな理外の力を人に授けた存在を、神と呼ばずになんと呼ぼう。あるいは悪魔という言葉のほうがふさわしいのかもしれないが。


 強力な力だが、制約はある。止められるのはせいぜい五秒、進められるのは一時間まで、巻き戻せるのは最大で一年。

 しかし、そんな限界もさしたる枷にはならない。この力さえあれば、ロズマリーの笑顔と命を守ることができるのだから。


 これまでロズマリーに向けられてきた悪意の数々は、時間を操ることでなかったことにした。

 頭上から花瓶が降ってくるなら時間を止めてロズマリーの手を引き、ワインを浴びせられるようなら自分が前に出る。


 けれど、ある時を境にしてロズマリーへの悪意は悪質ないたずらの域を越えるようになった。


 一度目。初恋の少女ロズマリーを、信頼できる上級貴族の養子とし、堂々とプロポーズした。

 その直後、彼女は謎の死を遂げた。


 二度目。駆け落ちも同然の形でロズマリーを国から連れ出した。

 しかし王家の影からは逃げられず、事故のていで二人とも処理ころされた。


 三度目。これ以上ロズマリーを死なせたくなくて、ロズマリーからあえて距離を置き、政略のための婚姻を承諾した。

 それでも積み重ねてきた幼馴染みという関係は変わらない。ロズマリーとの仲を疑う婚約者エセルディアは、公爵家の権力を使って男爵家を貶め、ロズマリーを宮廷から追放した。平民に落ちた彼女は悪漢に襲われて殺されたという。


 四度目。ロズマリーを手元に置いて守りながら、誰のことも婚約者に選ばず、その間にロズマリーを害そうとする者を排除しようとした。

 しかしすべてを平定するのには間に合わず、エセルディアとの婚約を勝手に決められた挙句ロズマリーを失った。


(黒幕はわかった。次はもっと早く手を打つ。それに、囲うべき外堀は宮廷だけでは足りないようだ)


 四度目の失敗の原因は、敵とその派閥の実情を探るのに時間をかけすぎたこと。

 けれど炙り出しは終わった。五度目は必ず成功する。


(私の愛しいロズマリー。何を犠牲にしてでも、必ずや君を手に入れてみせよう)


 最愛の少女を想い、王子は恍惚の笑みを浮かべた。


*


 十四才で社交界デビューを果たしたロズマリー。

 しかし今日の彼女が纏うのは華麗なドレスではないし、立っているのも瀟洒なダンスホールではない。


 自国の兵士と敵国の兵士達がぶつかり合う戦場。自陣営の天幕に、軽鎧で武装したロズマリーは佇んでいた。


「この状況、君はどう見る?」

「深追いは危険です。東の森は、伏兵をひそませるのにもってこいですもの。わたくしが敵方の軍師であれば、わざと敗走したふりをして森までおびき寄せるでしょうね」


 想い人であり上官、リグウェルの問いかけにロズマリーは淡々と答えた。地図からほんの少しだけ視線を上げて、隣に立つリグウェルを見る。リグウェルはロズマリーの言葉に納得したようで、深く頷いてロズマリーの頭を撫でた。


 リグウェルが部下達に深追い禁止の指示を出す。

 ロズマリーの考えが当たったのかはわからないが、ひとまず自軍の犠牲を出すことなく明日の朝日を見ることができた。勇猛果敢なリグウェルの指揮とロズマリーの献策が噛み合い、無事に勝利を収めた第二騎士団は王都へと凱旋した。


 男爵令嬢ロズマリー。第二騎士団参謀の地位につく、才色兼備の少女騎士だ。


 元はか弱い令嬢だったロズマリーが何故女騎士の道を志したかといえば、「強い女性は素敵だと思う」というリグウェルの何気ない一言がきっかけだった。


 好きな人に釣り合う自分になりたい。

 王子妃になるという分不相応な夢を叶えるためには、一つでも多くの武器があったほうがいい。

 そこでロズマリーは、社交界デビューのお祝いとして父に新品のレイピアと剣の稽古をねだった。もちろん、淑女教育と社交もちゃんとこなすことを条件に。


 結果、ロズマリーに剣の才は──ないことはないが、男勝りの女傑と呼ばれるほどではないことが判明。

 しょんぼりするロズマリーに、歴戦の傭兵である父はこう語った。戦場における強さとは、何も単純な武力だけではない、と。


 傭兵団の団長として荒くれ者達をまとめあげ、いくつもの戦場を駆け抜けては勝利を運んできた父。その血は確かにロズマリーに流れていた。軍略の才能という形でだ。

 思わぬ才能の発露をリグウェルはことのほか喜んだ。嬉しくなったロズマリーは、女騎士と令嬢、二足のわらじを望んで履いて未来へと歩いていくことにした。


 戦勝を祝う王宮の夜会で、立役者である副団長と参謀はそっと広間を抜け出してテラスに立つ。

 リグウェルがロズマリーに執心しているのは、もはや宮廷中の人間が知り及ぶところだ。主役達がいつの間にかいなくなっても、誰も気にしていなかった。


「ロズマリー。君こそ私の優秀な右腕であると、誰一人として異を唱えられないに違いない。……まだ君を認めない者がいるのなら、私の剣はたちまちその者の血に染まるだろうね」

「物騒なことをおっしゃらないでくださいな」


 愛らしい桃色の長い髪を一つに束ねたロズマリー。凛としつつも可憐な彼女は、その知略で第二騎士団に勝利をもたらす戦乙女と呼び声高い。

 数の少ない女騎士は、ともすれば男騎士より女性人気が高いのだが、今のロズマリーもその例に漏れなかった。特に市井しせいの娘達や婦人達は、女らしさと気高さを兼ね備えたロズマリーを姫騎士と呼んでもてはやしているらしい。


「リグウェル様。わたくしは騎士として貴方を支えられるだけで十分です。民の平和を守り、貴方のお傍にもいられるのですから」

「無欲なのは結構だが、それでは私が困ってしまうな。私は騎士としてだけではなく、一人の男として君を必要としているんだから」


 リグウェルの微笑みにつられてロズマリーの頬が赤くなる。


「君は騎士として研鑽を積む傍ら、淑女としてもふさわしい教養を身に着けている。名のある貴婦人達が君を可愛がり、ロズマリーを手本になさいと幼い娘達に示すくらいだ」

「お、おおげさです。わたくしは、いまだ至らない身ですわ。そのように目をかけてくださる方のおかげで成長できているだけに過ぎません」


 リグウェルは跪いた。慌てるロズマリーに構わず、彼はロズマリーの手を取ってその甲に口づけをする。


「今、市井では君と私をモデルにした恋の物語が流行しているらしい」

「えっ……!?」


 流行はやらせたのはリグウェルなのだけれど、そんなことロズマリーが知るよしもない。


「民の憧れの的である聖騎士と姫騎士。……自分で言うのは恥ずかしいが。何はともあれ、私達の恋を民意が後押ししてくれているんだ。王侯貴族として、民の期待に応えるべきだろう?」

「い……いいのでしょうか。だってわたくしは、土地すら持たない平民上がりの一代貴族の娘で……」

「構うものか。私が愛しているのは領地でも家格でも血筋でもない。ロズマリー、君という一人の女性なのだから」


 ロズマリーには婚約者も男兄弟もいない。社交界デビューを果たしてから、彼女のエスコートを務めてくれるのはいつだって優しい幼馴染みのリグウェルだった。

 リグウェルはロズマリーからできうる限り離れず、まめに手紙やプレゼントを送り、休日はデートにも連れ出してくれる。同じ騎士団に所属してからは、彼との距離はもっと近づいた気がしていた。


「私は近いうちに、公爵位を賜るだろう。ちょうどがある。彼らが治めていた領地を、国王陛下から拝領することが決まってね」


 取り潰された公爵家の話はロズマリーも小耳に挟んでいた。国内の有力貴族で、王妃の生家でもある。

 その公爵家は、政治的な不和が理由で王妃を暗殺した罪に問われ、一族郎党死刑になったはずだ。彼らの罪を暴いたのはリグウェルだった。処刑された中には、ロズマリーと年の近い令嬢もいたらしい。関わったことはないのでよく知らなかったが。


「その領地は運河に面していて、国防と商業の要なんだ。領地の発展、ひいては国の平和と繁栄のため、君の力を貸してほしい」


 真面目な顔でそう言って、けれどすぐにリグウェルは年相応の柔らかな笑みを浮かべた。ロズマリーを見つめる真摯な眼差しはそのままに、リグウェルは心からの想いを乗せた言葉を紡ぐ。


「ロズマリー。私は君を愛している。幸せにすると誓うから、どうか私と一生を添い遂げてくれないだろうか」

「はい、リグウェル様……!」


 歓喜の涙で前が見えない。ロズマリーはリグウェルの逞しい胸板に飛び込む。抱きしめてくれる彼から伝わる温もりが、ロズマリーにとっての幸せの証明だった。



 ──第一王子は隣国の王女を妃に迎え、第二王子は海の向こうの国に婿入して王配となっていた。


 ──隣国から来た妃を溺愛する王太子の姿を見て、隣国からの干渉が強まることを……自分達の権力が削がれることを恐れた王妃とその一派は、残った第三王子を傀儡化して擁立しようと画策する。そのため、彼にあてがう花嫁は、自派閥の令嬢でなければいけなかった。


 ──第三王子の花嫁選び。そこに第三王子の意見は加味されない。権力欲に狂った王妃の意に沿わない令嬢が選ばれれば、邪魔者として始末されるだけだ。万が一にも愛妾として迎える隙がないように、入念に。


 ──偽りの愛国心を掲げた王妃と公爵家。もしも第三王子が傀儡として使えないのならば、王太子と王太子妃を失脚させる起点にすればいいとさえ考えていて。民に人気のある第三王子に嫉妬した王太子が、事故に見せかけて弟を殺したという筋書きだって用意されていた。


 けれどその企みは無に帰した──第三王子リグウェルの謀略により。


(母上にとって肉親と秤にかけるほど価値のあるものが権力だったように、私にとってはそれが愛……ロズマリーだったというだけのことだ)


 身分を超えた純愛譚は、民衆という後ろ盾を得た。騎士としても淑女としても人気が高いロズマリーを、リグウェルの妃にはふさわしくないと嗤う声は今やない。


 だってロズマリーを傷つけようとする一派は、リグウェルが先んじて粛清したのだから。


 私腹を肥やすことに熱心だった前領主夫妻と違い、新しく領主夫妻となったリグウェルとロズマリーはその領地を善く治めた。

 ロズマリーは民への慈愛から、リグウェルは打算から。せっかく手に入れたロズマリーとの蜜月を、どうでもいいことで煩わされたくなかったし、ロズマリーに幻滅されたくもなかった。理想の領主を演じるリグウェルの欺瞞に、民は誰一人として気づかない。もちろんロズマリーすらも。


「私の傍から離れないでくれ、ロズマリー。私の目の届くところに君がいなければ、私は心配でどうにかなってしまいそうなんだ」

「心配性なリグウェル様。わたくし、自分の身ぐらい自分で守れるぐらい強くなったのですよ?」


 ロズマリーにキスしてそう懇願するリグウェルを、ロズマリーはくすくすとあしらう。その胸は幸福で満たされていた。


 ロズマリーは今日も淑やかな公爵夫人として、優秀な参謀としてリグウェルに寄り添う。

 この美しい妻を檻に閉じ込めて才を振るう機会を与えない、なんてもったいないことをリグウェルはしない。手に入れた至高の宝石は、万人に見てもらわなければ。そのうえでリグウェルの隣が一番だと、ロズマリー自身が選ぶことに価値があるのだから。



 国の平和と繁栄、そして領地の発展に貢献した、仲睦まじい公爵夫妻。

 二人は子宝にも恵まれ、領民や配下の騎士達に深く愛され、名君と名高い兄王夫妻からの信頼も厚かった。


 第三王子リグウェルと男爵令嬢ロズマリー。

 真実の愛を叶え、身分を越えて結ばれた二人の物語は、時が経ってもなお憧れの美談として国中で語り継がれている。

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― 新着の感想 ―
面白かったです。 無力なただの駒だと思っていた相手がとんでもないチート能力を隠し持っていて反撃されるのは良いものですね。 しかも当人の最大の地雷を連打しまくって憎悪を深めた挙句戻るたびに着々と情報収集…
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