2/9 溶けて零れた愛
図書室の窓際は、昼でも少し冷える。
雪宮悠はページをめくりながら、外に残る雪の輪郭をぼんやりと目で追っていた。溶けかけた白は、形を保とうとしているのか、ただ遅れているだけなのか、判別がつかない。
「やっぱり、ここにいた」
声をかけられるより先に、気配で分かった。
紅羽灯は、悠の向かいの椅子に当たり前みたいに腰を下ろす。幼い頃から変わらない距離感だった。
「相変わらず静かなとこ好きだよね」
「灯が騒がしいだけだろ」
そう返すと、灯は不満そうに眉を寄せてから、すぐに笑った。
その笑顔に、理由もなく肩の力が抜ける。考えなくていい関係、というのは、こういうものだった。
「はい、これ。昨日作りすぎたやつ」
差し出された小さな袋の中には、クッキーが入っていた。
受け取った瞬間、甘い匂いが指先に残る。悠は礼を言って一枚かじる。素直な甘さで、余計な後味はなかった。
「どう?」
「……うまい」
それだけで灯は満足そうに頷く。
褒め言葉を引き出すための沈黙も、探るような視線もない。ただ結果だけを受け取って、次へ進む。その気楽さが、少しだけ心地よかった。
「昔さ、悠が風邪ひいたときも、こうやってお菓子持ってきたよね」
「覚えてない」
「ひど。私はちゃんと覚えてるのに」
灯はそう言って笑う。
覚えていることと、覚えられていること。その差に、悠は一瞬だけ言葉を失う。だが、その違和感は、すぐに別の感覚に押し流された。
――霜原なら、なんて言うだろう。
ふと浮かんだ考えに、悠は小さく首を振る。比べる必要なんてない。灯は灯で、こおりはこおりだ。
そう思おうとした時点で、すでに線を引いていることに気づかないまま。
放課後、昇降口まで並んで歩く。
灯は今日あったどうでもいい話をしていて、悠はそれに相槌を打つだけだった。会話は滞らず、沈黙も苦しくない。
「じゃ、またね」
「ああ」
手を振る灯を見送ってから、悠は一人、校門を出る。
胸の奥に残っているのは、確かに温度のあるものだった。安心、と呼んでもいい。けれど、それがどこから来た温度なのかを、確かめる気にはなれなかった。
溶けて零れたのは、灯の気持ちだったのか。
それとも、選ばれなかった何かだったのか。
雪はまだ、完全には消えていない。




