2/26 夜空横切る純白の闇
冬の夜は、思ったよりも静かだった。
街灯の光は淡く揺れ、道路の雪は踏まれてもきしまず、まるで時間ごと凍りついたかのようだった。
「――悠くん…?」
灯は、いつものように無意識に彼の名前を口にする。けれど返事はない。
学校も、家も、彼の存在を示すものは消え去っていた。
ただ、空には何かがあった。
巨大な漆黒の体に純白の翼。右眼は黄金、左眼は紫紺――
雪粒の中を、夜空を滑るように舞う鴉。
誰も気づかない。いや、誰も見ることはできない。
だが、灯やこおりは微かに感じる。
凍てつく冷気、奇妙な静寂、羽ばたく音に似た空気の振動――すべてが悠の残滓だった。
鴉は、観測者としての役割を果たしている。
それはただ見るだけではなく、世界の摂理に悠の存在を組み込むこと。
人々の意識には届かないが、確かにこの世界を揺さぶっていた。
灯は胸を押さえ、こおりは窓の外の雪を見つめる。
二人とも、まだ彼の死を完全には受け入れていない。
しかし、世界に潜む冷たくも神秘的な力の存在を、無意識に感じ取っていた。
「…何かがいる」
灯の声は小さく、ただの吐息に混ざった。
そして、夜空を見上げると、雪粒の間を舞う白い翼が、黄金と紫紺の瞳で世界を切り取るように輝いていた。
悠はもう、そこにいない。
だが、存在の痕跡は消えない。
冷たく、遠く、そして確実に。
世界は静かに息をしている。
その中に、悠という、神秘的で冷酷な影だけが、確かに残っていた。




