2/12 溶け落つ華
こんにちは、まっちゃです。1日1話企画、12日目。もうすぐ半分。今年の2月、カレンダーにもよるとは思いますが、綺麗に長方形を創ってるんですよね。次、同じ光景を見るのは何年後なのだろうか。
朝、目が覚めたとき、部屋の空気は昨日よりも湿っていた。
雪が解けきったせいか、窓の外は白というより、鈍い色をしている。
雪宮悠は、しばらく布団から出られずにいた。
寒いわけではない。ただ、起き上がる理由が見当たらなかった。
昨日が祝日だったことを、もう思い出せない。
代わりに残っているのは、静けさと、何も起きなかったという事実だけだ。
起き上がり、洗面所で顔を洗う。
鏡に映った自分の顔は、特別変わっていない。
それが、少しだけ安心で、同時に不安だった。
制服に袖を通す。
指先が、いつもより冷たい。
けれど、それを不快には感じなかった。
家を出ると、空気は思ったよりも柔らかい。
冬の鋭さが、ほんの少しだけ丸くなっている。
学校までの道。
雪はもうほとんど残っていない。
代わりに、濡れた地面が靴底にまとわりつく。
歩いているうちに、誰かの気配を感じた。
振り返る前から、それが誰かは分かっていた気がする。
「おはよう」
声は、近かった。
距離を詰める音がしないのに、最初からそこにいたみたいに。
悠は、小さく頷く。
言葉を探す前に、歩き出していた。
並んで歩く。
肩が触れるほど近くはない。
けれど、間に冷たい空気は挟まっていなかった。
会話は少なかった。
天気のこと。
雪が減ったこと。
どうでもいい話ばかり。
それなのに、胸の奥がじんわりと温まっていくのを、悠は感じていた。
教室に入ると、暖房が効いている。
昨日までよりも、人の気配が濃い。
息が混ざり合い、空気が少し曇っている。
席に着く。
隣や、少し前の席から、笑い声が聞こえる。
その音が、今日はやけに遠い。
昼休み、誰かが近くに立った。
何気ない仕草で、机に肘をつく。
「ちゃんと食べてる?」
問いかけは、責めるでもなく、探るでもない。
ただ、確かめるみたいに。
悠は曖昧に頷く。
それで十分だと、相手は判断したらしい。
離れていく背中から、ほのかに残る温度。
それが、なぜか心地よかった。
放課後、校舎を出るころには、空が少し赤くなっていた。
冷え込むはずの時間帯なのに、吐く息は白くならない。
歩いている途中、ふと立ち止まる。
胸の奥が、ゆっくりと緩んでいくのを感じた。
――この感じを、知っている。
けれど、それがいつからのものなのか、思い出せない。
帰宅後、無意識にココアを淹れる。
今日は、湯気を待った。
両手でカップを包むと、確かな熱が伝わってくる。
甘い。
昨日よりも、ずっと。
苦味は、奥に沈んでいる。
探さなければ、気づかない程度に。
窓の外を見ると、街灯の下に、濡れた花壇があった。
冬のはずなのに、そこには小さな蕾が顔を出している。
雪に守られていたはずのものが、
気づかないうちに、外気に晒されていた。
暖かさに触れたせいで。
あるいは、触れてしまったせいで。
悠は、その蕾から目を逸らす。
壊れてしまう気がして。
けれど、もう遅い。
カップの底に残ったココアは、少し冷めていた。
溶け落ちた華は、
まだ、形を保っているように見える。
ただ――
元の色には、もう戻らない。




