2/10 乾く空気に吐く白さ
こんにちは、まっちゃです。1日1話企画、10日目。ついに2桁ですね。楽しくなってきた。
雪宮悠は、学校へ向かう途中の道を、いつもよりゆっくりと歩いていた。足元に残る雪は、昨夜の冷え込みで固く凍っている。踏むたびに小さく「キュッ」と鳴る音が、静かな朝の街に響いた。透明に近い白の雪を踏む感覚は、冷たくもあり、どこか柔らかくもある。
「おはよう、悠」
声が耳に届くと、思わず振り返る。そこにいたのは、幼馴染の紅羽灯。小さな頃からよく知る顔。淡い笑みを浮かべ、悠を見つめていた。肩越しの風に揺れる髪が、朝の光に少しだけ透ける。
「おはよう、灯」
言葉は自然に出た。灯は悠の少し先を歩きながら、視線だけで会話を続けるようだった。静かな街路、凍った水たまり、踏み固められた雪の音――すべてが、悠の心を落ち着かせる。灯と一緒にいると、昨日の大雪や休校の混乱も、遠い出来事のように思えた。
しかし、心の片隅にある影がちらつく。霜原こおりの存在。昨日までは、休校で会えなかったはずのこおりが、悠の頭の中で何度も顔をのぞかせる。笑顔も、声も、どこか特別な温度を帯びている。灯と歩いていても、無意識にその影を追ってしまう自分に、少し嫌気がさす。
「昨日の雪、だいぶ解けたね」
灯の声で現実に引き戻される。悠は頷き、道端の雪を踏みしめる。歩くペースを合わせるわけでもないのに、自然と隣にいる感覚があった。小さな頃、雪遊びをした記憶が、淡い感情と共に胸に広がる。
学校に着くと、教室はまだ静かだった。暖房の効いた空気が、冷たい朝の体を包む。窓の外、校庭には残雪が輝いていた。悠の視界の端に、遠く黒い影が舞う――小さな鴉。悠は一瞬息を呑むが、次の瞬間には見失ってしまった。
灯は隣の席に座ると、さりげなく手元の本を開く。悠も同じように本を取り出すが、視線は自然と灯に向いてしまう。目が合うと、彼女は少し微笑み、何事もなかったかのようにページをめくる。その微細な動きに、悠は心を乱される。
昼休み、二人は廊下で軽く話すだけだった。言葉の内容は些細なこと、けれど灯の笑い声、髪の揺れ、指先の仕草すべてが悠の胸を満たす。こおりの存在を意識しながらも、灯といる時間はどこか救いのように思えた。甘い安らぎの裏で、ほんのわずかな不安が潜むことにも、悠はまだ気づかない。
放課後、帰り道。雪はもうほとんど消え、濡れたアスファルトが夕陽を反射して光る。灯がふと立ち止まり、振り返って悠に笑みかけた。
「今日は、来てくれてよかった」
悠はその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。しかし、同時に、こおりが昨日から心のどこかに住み着いていることを思い出す。再び影が心を掠め、暖かさと不安が混ざり合う。
家に帰り、夕食の後にふとテーブルを見ると、机の上にココアの入ったカップが置かれていた。いつの間にか、自分はそれを手に取り、いつものように口元へ運んでいた。甘さが舌の上に広がる。ほろ苦さも感じる。
――甘い……けど、何かが違う――
その違和感が、心の奥で小さくざわめく。灯の優しさ、こおりの影、そして、自分が選び取る感情の行方。それらが、まだ静かに、しかし確実に絡まり始めていた。
粉雪が解けた後の冷たい空気に、悠の胸はほんの少しだけ疼く。甘く、そして、ほろ苦く。
――何かが、繰り返されている…
そう、気づいた時にはもう、遅かった。




