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死体フレンズ  作者: 芹澤


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5/6

五、

 寒い。

 さすがにパジャマの上に上着一枚じゃきつかったか。

 自転車をこいでもどんどん指先が冷たくなる。あぁそうだ、まだ二月じゃん。ド田舎の冬の夜は氷点下だぞ。バカかオレ。

『おまえはバカか』

 デイパックの中から恨めしそうな声が聞こえてくる。

「どうせバカだよ。バカは風邪ひかないからバカでいいんだよ……は、くしゅん!」

『いいから止まれ。いまどこ走っているのか分かるのか』

 キッとブレーキをかけて停まった。

 道路に竹がなだれかかっている。電灯や家の灯りはなく、必死に目を凝らしても白っぽいコンクリートが暗闇の中に続いているようにしか見えなかった。

「ここ、どこだ」

 夜中に、迷子。足の先から恐怖が這い上ってくる。

『ミヤショー、おれを前かごに乗せてくれ。夜目はきくと思うんだ』

 デイパックの中から取り出した頭蓋骨はサッカーボールよりずっと重い。カゴの中に入れるとカタカタと顎を揺らしながら器用に右へ左へと視線を向けている。

『うん、この姿だと視野が広くていいな。この先しばらく灯りが見えないから、どうやら家は反対方向のようだ。戻るぞ、ミヤショー』

 いま戻ったら言い逃れできない。

 すっかり骨になってしまった死体はどこからどう見ても”死体”でしかなく、オレは警察でも何でもないただの小五だ。

「前におばさんが言ってた。旧道は△△市に続いているって。だったらこのまま真っすぐだ」

 ぐん、とペダルをこぐと『おいおいおい』と死体が暴れだした。

『旧道で△△市に行く? 正気? 風呂場で頭でも打った? ふつうで四時間、整備されていない旧道は何時間かかるか』

「わかってるよ。朝までにつけばいいんだ。まだ時間はある」

『そうじゃなくて……、おい~』

 立ちこぎで加速すると死体も諦めたように前を向く。なんだか無性にむしゃくしゃしていて、めいっぱいペダルを蹴りつけた。

「いつからだよ」

『なに、この愛らしい見た目に驚いたのか?』

「茶化すな。いつ干からびたんだよ。最初に会ったときはまだ片目もあったし皮膚もあった」

『死期が近いんだろう。なんで怒ってんの、おれはとっくに死んでるんだから遅かれ早かれこうなるんだよ。初めて会ったときもあんなに怖がってたじゃないか』

「――怖くない。怖くなかったよ、最初っからずっと」

 道路を覆っている枝や葉っぱが顔にかかってきたり、割れたコンクリートのせいでガクンッと上下したりする。それでもオレの自転車は止められない。

 当たり前だ。死体に会ってから毎日こいでる相棒だぜ。いまじゃ高級車並みのスピードが出る。もっと速く、きっと、もっと速く。

『ミヤショー!』

 あっと思ったときにはタイヤが石に乗り上げて体が宙に浮いた。右側から地面に叩きつけられ、全身を金づちで殴られたような衝撃に襲われる。

 痛みで声も出ない。

「……く、痛ってぇ……」

 体中じんじんする。でもまだ生きてる。

「あ、死体、どこだ」

 投げ出された際に転がっていったのか、死体の頭蓋骨が見えない。

「どこだよ、死体」

 寒い。

 肺の中まで冷たく感じる。――オレ、死ぬのかな。

 死ぬのはいやだな、こわいな。死にたくないな。死体もこんな気持ちだったのかな。それともよく分からないまま橋から投げ飛ばされたんだろうか。

 なんだか眠くなってきた。このまま……オレ……。

『死ぬな、阿保!』

「いってぇえええ!」

 ごつん、と頭をぶん殴られて飛び起きた。死体の頭蓋骨が目の高さまでピョンピョン跳ねている。

「あ、死体……」

『いいか、ミヤショーが死ぬなんて一億年早い。オレ様みたいに徳を積んでだな、死んでからもこのように……なんだよ』

「よかった、生きてた……」

 ぎゅっと抱きしめると死体も恥ずかしそうに小声になる。

『だから、死体が生きてたってなんだよ。頬をスリスリするな、くすぐったいんだけど』

「死体ぃいい」

『鼻水! こすりつけるな!』

 死体がお喋りするだけで、なんだかオレも元気が出てきた。変だな。死体相手なのに。

『自転車はどうだ、乗れそうか』

 手探りで自転車を起こして軽く走らせてみた。でもまっすぐいきたいのに右に進んでしまう。

「暗くて見えないけど、たぶん前輪の軸がずれちゃったと思う。乗るのはムリかな」

『ふむ。でもライトはつくな。なら少しだけ押していけるか。どうやら目的地が近そうだ』

「目的地? △△市?」

 死体はかち、と顎を鳴らした。

『聞こえないか、声』

 改めて耳に集中した。聞こえる。夜風の奥底から響き渡る、たしかな赤ん坊の泣き声が。



   ※



 自転車を押して林道の中をしばらく進むと、砂利が敷かれたスペースにたどり着いた。大きな看板が残っているけど文字はかすれて読めない。

「ここは?」

『旧道が使われていたころに飯屋かちょっとした観光名所でもあったんじゃないか』

「さみしいところだな」

 自転車を曳いて奥まで進んでいくと、月の光に反射する軽自動車が目に入った。塗装が剥がれているわけでもなく、屋根とボンネットに枝や葉が少し乗っている程度。新車みたいにきれいだ。――声は、そこから聞こえる。

 ためしに後部座席をのぞき込んでみた。月の光に照らされて、シートの上に布のような塊が見える。腕に抱いていた死体も心なしか首を伸ばす。

「なにか見える?」

『ああ。タオルで巻かれた赤ん坊がいるな』

 声はする。ただ、動いているようには見えなかった。

「もしかしてこの赤ん坊……」

『自殺した女と一緒に行方不明になっていた“子ども”だろうな。赤ん坊だったとはな』

 オレはてっきり死体が行方不明の子どもだと思っていたけど、別人だったのだ。

 じゃあ死体は一体だれなんだ――? 川に横たわっていた、この死体は。

『シートの上に千切れたメモがあるな。なになに? “ごめんなさい”だと? 大人の、女みたいな字だな』

「あの女の人が書いたのかな。ごめんなさいって、だれに?」

『みんなに、だろ。ほら助手席に女もののカバンと、薬みたいな錠剤が。女は赤ん坊を乗せた車を自分で運転して△△市からここまで来たんだ。旧道をつかって、人目をはばかるように。赤ん坊は死んだか、殺されたか、まぁどっちにせよ女が殺したようなもんだ』

 女の人はオリバーと会った。ここから蕎麦屋まで行ったのに、どうして助けを求めなかったんだろう。薬のせい? いや、そんなの言い訳にならない。

 オリバーやおばさんに事情を話して、警察を呼んで、そうしたら……。

 そこでオレはハッとした。

「だから自殺したのかな」

『は?』

「自殺したら警察が来るだろう。捜査がはじまって、身元が分かる。警察も女の人と一緒にいなくなった子どもを探すはずだ。そうしたら見つけてくれるかもしれない、この車と、赤ちゃんを。たぶん、もう動いていなかったんだろうけど」

『意味わからん。だったら自分で抱いてくればいいじゃないか。こんなところにほったらかしにして警察に期待するなんて薄情だ』

「すぐ戻るつもりだったのかもしれない。思いのほか遠くて、自分でも帰り道が分からなくなって……。もしかしたらオリバーを見たからかもしれない」

『なにが』

「自分の子どもが大きくなった姿を想像して、おかしいと同時に、悲しくてたまらなくなったのかもしれない。子どもがいることを靴で示して、探してほしいと願いを託しながら、身を投げたのかもしれない」

 これは勝手な想像だ。現実はもっと残酷かもしれないし、もっと優しいかもしれない。

 でもオレ自身はそう思いたい。赤ん坊の周りに散らばったいくつものオモチャを見ると、子守唄を口ずさみながら赤ん坊をあやす母親の姿を想像したくなるんだ。

 そっとドアノブに手をかけると手ごたえがあった。鍵はかかっていない。

 でも勇気が出なくて、すぐには引っ張ることができなかった。すると死体がカタカタと顎を鳴らした。

『ミヤショー、おれが入る。そしたらすぐに閉めてくれ』

「なんで?」

『怖いんだろ。いいから、お子ちゃまは引っ込んでな』

「こ、子どもじゃない!」

 ムッとして、扉を開くなり死体を投げ飛ばした。そのままバンと閉めたあとに腐ったようなにおいが鼻を横切る。

『あばばー、ばぶー』

 死体は器用に顎を使って赤ん坊の周りを飛び回っている。あやしているつもりかな。

『べろべろばー』

 高速で歯を打ち鳴らすと、赤ん坊の笑い声が聞こえてきた。そうか、ずっとひとりで待っていたんだもん、さみしかったよな。

 それならオレも。

 ぎゅっとドアノブをひねったら手ごたえがなかった。

「あれ……あれ、あれ、あれ」

 いくら引いても開かない。さっき閉めた衝撃で施錠されたのかも。ためしに別のドアも引いてみたけど同じだ。どうしよう。

「おーい」

「だれかいるかー」

 暗闇の中から声がした。赤い、火の玉みたいな光がちらちら揺れている。

「ど、どうしよう。怖い人たちだったら、なぁ死体」

 恐怖のせいで体がガタガタと震えだす。それなのに死体は赤ちゃんの側でじっとしている。まるで本物の“死体”みたいに。

「ミヤショー!」

「この声、オリバー!?」

 聞き覚えのある声に答えると、けたたましくベルを鳴らしてオリバーが自転車で駆けてきた。途中で自転車を放り出し、手に持っていた懐中電灯でオレの顔を照らすと、

「こンの……バカ!!」

 思いっきり頭をたたかれた。

「おばあさんから、急に家を飛び出していったって店に電話が入ったんだよ。ほら前に母さんがあげたそば饅頭、包みを取っておいたらしいんだ。ウチの店のそば饅頭が美味かったこと感謝しろよ。で、店名と住所が書いてあるから電話をくれたんだ。そこから手分けして探して……ほんとに、バカ!」

 今度は足を蹴られた。

「痛いって! でもどうしてここが分かったんだ?」

「死体さんが案内してくれた」

 そう言ってポケットから取り出したのは縦に長い骨が数本。指だと思う。

「もしかしてと思って家に行ったらリナちゃんが話してくれたんだ」

「あ……莉奈、どうだった? 泣いてなかったか?」

「大泣きだよ。お兄ちゃんがいないって心配してた。だいじょうぶ、死体さんのことはウチとミヤショーが作った動く人体模型って誤魔化してある。で、この指がずっと同じ方向を示すんだ。もしかしてと思ってついてきたら、ミヤショーに会えた」

「死体……」

 赤ん坊の側に横たわった死体はじっとしている。こうやって見ると本当にただの死体だ。

 オリバーもしばらく後部座席を眺めていたけど、ふぅ、と息を吐くと真剣な目でオレを見た。

「ミヤショー、すぐ大人たちが来るよ。警察に地元の消防団員も加わって想像以上の騒ぎになっているんだ。だから、ちゃんとお別れした方がいい。時間を稼ぐから」

 オレの胸に骨を押しつけるとオリバーは懐中電灯の方に走っていった。

 どんどん灯りが増えて、大人たちが近づいてくる。

 もうすぐオレが見つかり、車の中の赤ん坊が見つかり、そして、死体も。――どうやら、オレと死体の冒険はここまでのようだ。

「死体……。ありがとな。オレ、楽しかったよ」

 窓ガラスに手を添えて中をのぞき込むと、カタカタ、と顎が鳴った。

 おれもだよ、と答えるように。

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