四、
それから一週間ほど、オリバーの案内であちこちを見て回った。
オリバーは学校から帰ってくると蕎麦屋の駐車場で待機。そこに死体を背負ったオレが自転車で合流して探検がスタートするって具合。
オリバーの自転車は赤くて格好良くてオレのおんぼろとは大違いだ。でもふたり並んで自転車をこぐと風が気持ちいいんだ。
「そういえばミヤショー、まだ△△市に行ってないんだって? 友だちだって言えば写真くらい見せてくれるんじゃない?」
△△市は女の人が住んでいたところだ。
そこに行けば子どもの顔なんてすぐに分かる。もちろんはじめに思いついた。
「不便なところだから車でしか行けないってばあちゃんに言われたんだ。調べたら自転車で片道四時間だって。信じられねぇ」
「あーそうそう、山を二つ超えるんだ。ぐるぐると蛇みたいな道を登ったと思ったら今度は同じように下ってくる。それを二回も。絶対に酔うからほとんど行かない」
「だろ。ばあちゃんは車もってないし、バスもない。タクシーは論外」
「母さんに頼めば配達用の車だしてくれるかもしれないけど、理由がなぁ。死体さんのことを話すわけにはいかないとなると」
風を切りながら作戦会議を練るのが恒例になってきた。一か所に留まって話をしていると盗み聞ぎされる恐れがあるけど、自転車なら一瞬耳に入るくらいだ。
オリバーも初対面のときに比べればかなり自然に話してくれるようになった。それでも時々ぎょろりとした目でオレをにらむけど。
「じゃあ今日はどうするの? 自転車で回れるところは大体まわった。残るは大熊川の先のダムや川向こうの集合団地だけど」
「大熊小学校がまだだ」
「……ウチの学校に?」
「なんだよその顔」
「べつに……。言っておくけど小学校での行方不明者なんていないから」
オリバーがぐん、と自転車をこいだ。ついてこいって感じじゃなくて、やけっぱちになってペダルをこいでいるみたいだ。
あっという間にカーブを曲がっていくオリバーを追い、オレも立ちあがってペダルをこいだ。このオンボロめ。
「……ん、あれ、死体?」
デイパックの中がやけに静かだ。
急に不安になってブレーキをかける。カシャン、と音がして背中に振動があった。
「おい死体。おーい。もしもーし」
『…………起きてるよ』
二、三度ゆするとやっと声が返ってきた。なんだかダルそう。
「もしかして寝てた?」
『死体が寝るってなんだよ。起きてた。ずぅーっと起きてた』
「なんじゃそりゃ」
『起きてると言ったら起きてるんだよー』
そう、死体はずっと起きている。
昼間は骨をかちゃかちゃ、口をぺらぺらとうるさいくらいだし、夜はオレが寝落ちするまでずっと喋っている。朝起きて目の前に生首が転がっているのを見て何度もらしそうになったことか。オレだけ別の部屋にしてもらって良かった。
そんなお喋り大好きな死体がこの頃ちょっと、口数少なめだ。調子が狂う。デイパックからもめったに出てこなくなった。
「ほら、元気だせ。もうすぐ記憶を取り戻せるかもしれないんだぞ」
オレは死体が風を感じられるようゆっくりペダルをこいだ。
『……死体に元気だせっていうミヤショーもミヤショーだよな』
「なんだよ、励ましてやってるのに」
『励まされてもなぁ、死体だし』
ちょっと前までは死体扱いすると怒ったくせに、妙な反応だ。
「おーそーいー!」
オリバーがすごい勢いで戻ってきた。一回通り過ぎたかと思ったら後ろで回転して並走して走る。ぴかぴかの自転車がまぶしい。
「遅い遅い遅い、もう学校まで行って帰ってきちゃった!」
「さすがにそこまで速くないだろ」
「ウチがリレーのエースなのを知らないな、だれと走っても一番なんだから。見てな」
そう言ってまたぐんっと加速する。
『オリバーはなんだか落ち着きがないな』
「たしかに」
『ミヤショーとそっくりだ』
「なに!」
『ほらそうやってすぐに頭に血が上るところも』
「だから、だれのせいだと思ってるんだよ。こっちは大迷惑」
『でも楽しいだろ』
楽しい、って言葉がこつんと体の中の硬いところに当たった。空っぽのトンネルの中を転がっていくみたいに、飛んで跳ねて、どこまでも。
『おれも楽しい。友だちっていいよな』
「なにが友だちだよ。死体のくせに」
『じゃあ死体の友だち。死体フレンズだ』
死体フレンズ。悪くない響きだ。
「あそうだー、お母さんがおやつにそば饅頭くれたんだ。あとで食べよう」
オリバーがまた逆走してきた。
楽しい?――まぁ、楽しいかも。
※
知らない学校に入るのはドキドキしたけど、何事もなく済んだ。
廊下で先生にすれ違ったときなんて緊張して叫びそうになったけど、オリバーは「すみません、忘れ物しちゃって」って堂々としてて、オレのことはなにも話さずに歩き出した。先生もなにも言わず職員室に入っていった。
死体が見やすいようにデイパックを前に抱えてあちこちの教室を歩き回ってみたけど、『知らん』『分からん』ばっかり。
どうやら記憶の手がかりはないみたいだ。
空が薄暗くなってきた時間に外に出て、停めていた自転車を引っ張ってくる。
「残念。収穫なかったね」
行方不明者がいないこの学校の生徒じゃないとは思っていたけど、教室や黒板、教科書やノート、体育館の道具やトイレまで見せたのにほとんど反応がなかった。学校にまつわる思い出がひとつもないなんて、ちょっと変だ。
「もう五時だ。そろそろ帰らなくちゃ。明日は休みだからダムの方に行ってみよう」
オリバーが自転車を押していく。オレもその後ろに続いた。黒っぽい雲が空を流れていく。
記憶探しはいつ終わるんだろう。いや、終わりがあるのかな。もしかして死体は生きてた人間じゃなくて悪霊とか幽霊みたいな類いなんじゃないか。
『――あ』
がしゃん、と骨が動いた。デイパックの中からそろりと這い出して辺りをうかがっている。珍しい。
『この曲、知ってる』
小学校内のスピーカーから楽しそうな音楽が流れてくる。死体が時々口ずさむあの曲だ。
「オリバー、曲名知ってるか?」
「たしかユーモレスクじゃなかったかな。この前授業で習った」
『ユーモレスク……あぁ、そうか……だから……』
「どうしたんだよ死体、なにか思い出したのか?」
急に汗がでてきた。あれだけ探し回っても見つからなかった記憶の手がかりに急接近しているんだ。
『おれ、この曲を聴きながらいつも下校していた。△△小学校の皆さんさようならって、先生の声がいつも聞こえていた』
「△△小って女の人が住んでいた――」
ここから片道四時間かかる隣の市だ。
『そっかぁ、やっぱりおれ、そうなんだ……』
それきり死体は黙り込んでしまい、いくら呼びかけてもデイパックから出てこなかった。
※
その夜、大事件が起きた。しかも二ついっぺんに。
ひとつめは帰ってからすぐ。
「お兄ちゃんくちゃい」
莉奈が鼻をつまんだ仕草で自分の汗臭さに気づいた。一度かいでしまったら、次から次へと服から悪臭が立ち上る。我慢できない。デイパックを置いて着替えを取りに行って戻ってきたら台所からばあちゃんが顔を覗かせていた。
「おかえり。さっき日々人から電話があったよ」
「父ちゃん? なんだって?」
「相変わらずザワザワとうるさい所にいたけど、仕事が片付いたから明日迎えに来るってさ」
「……え」
さーっと、全身の血が抜けていくような気がした。
「良かったじゃないか、これで東京に帰れるよ。またいつでもおいで」
ばあちゃんは入れ歯でケラケラと笑う。でもなんて答えたのか覚えてない。脱衣所に駆け込んで下着ごと服をはぎ取って浴室の中に飛び込んだ。ざっぱん、と吹き上げたお湯が目に入ってきてじわりと痛い。
ラベンダー色のお湯に顎までつかって自分の膝小僧をにらんだ。
――父ちゃんが来る。オレと莉奈を迎えに来る。だから、帰らなくちゃいけない。
「なんでだよ」
神様ってひどくないか? あと少しで死体の正体が分かるってところでいきなり「終わり」にするなんて。徒競走のビリっけつを待ちきれずに「はいここまでです」と線を引かれたみたいだ。ゴールすることさえできないなんて。
オレはまだまだ、もっともっと、走れるのに。
走りたいのに。
「まだだ。まだ、時間はある」
ぱしん、と水面を叩くといい音がした。
風呂を出たらすぐオリバーに電話して、なんとかおばさんを説得して車を出してもらう。もしダメなら小遣いでタクシーを……いや、頑張れば自転車でも……むりだよな四時間なんて。
考えがまとまらないまま風呂を出た。
「とにかくオリバーに電話して作戦会議だ」
電話番号聞いてないけど蕎麦屋さんで調べれば電話帳にあるだろう。
それから、それから。
「ぃやーっ!」
今まで聞いたことのない莉奈の悲鳴が聞こえてきた。居間に駆け込むと泣きべそかきながら抱きついてくる。
「変なのいる―っ!」
悲鳴に近い声を上げて莉奈が示した先には、倒れたデイパックと、散らばった骨。
あ、まずい、とすぐに分かった。
『ミ、ヤ、ショー』
カタカタカタと顎を震わせる頭蓋骨。
「え……」
いつのまに、こんな、ガイコツになったんだ。
いや、それよりも、莉奈に、みられるなんて。
今もしばあちゃんが、みたら。
裏手のドアがガタガタと開く音がして、ばあちゃんの「どうしたんだい!」千切れそうな声がした。
「おばあちゃーんー! 変なのいるー!」
奥へと駆けていく莉奈。だけどオレの足はまったく逆の方向に動いていた。
両手で頭蓋骨と目についた骨をさっとひとまとめにしてデイパックに押し込み、玄関にかけておいた上着を掴んで外に飛び出した。冷たい暗闇がオレたちを包み込む。
でも怖くない。
「翔太!!」
雷のような声が響いたときは地面を蹴ってペダルを踏み込んだあとだった。




