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死体フレンズ  作者: 芹澤


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3/6

三、

 次の日、オレはまた朝から自転車で出かけた。もちろんデイパックに死体を背負って。

『また行くのかよ、なんか手がかりあったのか?』

「んー。べつに。なんとなく気になるだけ。ゲンバケンショウってやつ」

『昨日観た刑事ドラマかよー』

 ばあちゃんが探してきてくれた先週の日付の新米新聞にはこう書いてあった。

『〇日、××市大熊大橋に靴があると通行人から通報があった。警察が調べたところ橋の下の河川敷で成人女性の遺体を発見。自殺とみられる。警察は女性が△△市で捜索願がだされていた女性とみて調べを進めるとともに行方不明になっている女性の長男の行方を探している』

 ここから分かることはふたつ。

 その一、亡くなった女の人は隣の△△市の人で、捜索願が出されていた。

 その二、その人の子どもは男。

「よし、到着」

 昨日花束を見かけた地点に着いて自転車を降りた。

 橋の下に相変わらず緑色の濁った水が流れている。深いようには見えない。

 大熊大橋の下流で死体を発見したんだから、その人の子どもでほぼ間違いないんじゃないかと思えてくる。

 けれど。

「なぁ、死体さ」

『んー』

「ここから飛び降りるとしたら、どうやって降りる?」

 台座に乗ってもいまいち高さが足りない。デイパックの蓋が開いた気配がした。

『反対側から助走をつけてジャンプする』

 たしかに、二車線の道路を挟んだ反対側から猛ダッシュすれば勢いがついて飛び越えられるかもしれない。試したくないけど。

『あーでも歩道用の境界ブロックがあるから勢いが殺されるかもしれないな』

「ほかに考えられるのは?」

『高さのある踏み台を使う。あるいは』

「うん」

『近くの大人に抱きかかえて投げ飛ばしてもらう』

「……だよな」

 考えたくはないけど、死んだ女の人が先に子どもを投げ落としてから自分も落ちたと想像するのが自然だ。

「女の人は自分の子どもが死ぬのを見て平気だったのかな」

『むしろ後戻りできないと焦ったんじゃないか』

 親が子どもを殺すなんて考えられないし、考えたくない。

 親父は酒を飲むし煙草を吸うしでダメなところばっかりだけど、オレたちのことを思って田舎に預けてくれている。殺すなんてありえない。もしも死体が行方不明の子どもだとしたら、最低な親だったと認めることになる。

 生きているオレと死んでいる死体。どんなに姿が違っても同じものを見聞きして同じように感じていたものが、異次元レベルで違うものになってしまう気がする。

『ミヤショー、テキトウな石を橋から投げてみろよ』

「石? なんで?」

『いいから』

 オレは死体の言うとおり石を探した。橋の上には車が運んできたと思われる手のひらサイズの石がいくつも転がっている。そのひとつを試しに手すりの上から落としてみた。

 垂直に落ちるかと思ったら、途中で大きく右側に曲がって橋桁近くの河川敷に向かっていった。ためしに大きさや重さの違うものをいくつか試してみたけど、全部おなじ軌道を描く。

「ダメだ。ぜんぶ右側に曲がっていくよ」

『そういう風の流れがあるんだろう。女の人の死体も川の中じゃなくて河川敷で見つかったって言ってたじゃないか』

 なるほど。目では見えないけど、人間さえも押し流してしまう強い風が吹いているのだ。

「でも子どもは? 同じ日のそう変わらない時間に落ちたなら河川敷で見つかるはずだよな」

『どうやらこの事件にはまだ裏がありそうだ。ミヤショー、目撃者がいないか探してみよう』

「探すって……オレ探偵でもないし警察でもないんだけど」

『呪うぞ』

「やれるものならやってみろ」

『じゃあ夜中に部屋の窓に立ってる』

「やめろ。莉奈が泣く」

 オレは仕方なく自転車をこぎだした。頼れるのは蕎麦屋さんしかいない。



「あれ?」

 もう昼前だというのに入口の扉はぴっちり閉まっている。仕込み中という看板が出ていた。

『残念。今日は休みだな』

「仕込み中だろ? 待っていれば開くんじゃないの?」

『んなわけないだろ。仕込み中と営業中の看板が裏表だから使い分けているだけだ』

「それなら休憩中と閉店中も使い分けてほしい」

『客を混乱させてどうするんだよ。とにかく今日は休みだ』

 どうする。いきなり行き詰まった。ここのおばさんだけが頼りだったのに。

「そういえば裏に家があるって言っ」

「オイ」

 知らない声がした。パッと横を見るとジーパンのポケットに手を突っ込んだ男の子が立っている。たぶん同い年くらいだと思う。白目がぎょろぎょろと動いて、まるで不審者を見るような目つきだ。

「店の前でなにウロウロしてるんだ。金目の物はないぞ」

「はぁ!? 泥棒じゃないぞ。昨日会った山内さんに話聞きたかったんだよ」

 険しかった目つきが少しだけやわらいだ。

「なんだ。昨日母さんが言ってた『えらい子』か」

「えらい子?」

 体を斜めに傾けて、今度は軽蔑するような目つきになった。

「ばあさんの世話をするためによそから来てるんだって、えらいわねぇ、だってさ。学校サボって遊びまわってるのに」

「あ、遊んでるわけじゃねぇよ! オレもいろいろ大変なの。死体の――」

「シタイ? なにシタイって」

 やばいっ、と口を覆ったときにはもう遅い。

 なんて言い訳しようか考えているとデイパックからころりと骨が転がり落ちた。

『やぁ。死体です。悪いけど右手とってくれない?』

 そいつは後ずさりしながら「いぃっ!」と声にならない声でうめいたけど、悲鳴を上げて逃げられなくて幸いだった。


   ※


「これは?」

『それは大腿骨』

「へぇー、こんなに長いんだな。この小さいのは?」

『恥骨。恥かしい骨って書くんだ』

「へぇー」

『あんまり撫でるなよ、くすぐったい』

 ギョロ目は、デイパックの中に次々と手を突っ込んでは小さかったり大きかったりする骨を取り出し、オレの膝の上にいる生首に問いかけている。喜々として答えているあたり、死体も興味を持ってもらって嬉しいみたいだ。オレは骨に全然興味ないからな。

「うっわー本当に死体なんだ。死体を見るのも話すのも初めて」

『そんなに喜んでもらえるなんて死に甲斐があるよ』

「なんで死体なのに喋ったり動いたりできるの?」

『動け動けーって強く念じると動くんだよ。疲れるけどな。で、声は聞こえる人間と聞こえない人間がいるみたいだ。川で水に浸かっていた間中ずっと叫んでいたけどだーれも来ない、釣りや畑仕事している大人がいたんだけどね。君はミヤショーに次いで二番目だ。おめでとう』

「にばん……。一番が良かったなぁ」

 オレの顔をじっとにらんできた。こっちだって好きで一番になったわけじゃないのに、なんだか居心地が悪い。

『まぁまぁ二人とも、おれのために争うのはやめたまえ』

「争ってねぇよ。脳みそ腐ってるんじゃね?」

『ひどい! 死体蹴りだ!』

 わぁわぁ騒いでいるとギョロ目が死体の顔を覗き込んだ。

「覚えてない? 死体さん、もしかしてキオクソウシツ?」

 こいつ、死体に対してはやけに丁寧だな。『さん』付け? 信じられない。

『いやー、恥ずかしながら自分が誰なのか分からなくて探し回っているんだよ』

「オレはいい迷惑だけどな」

『で、少し前に大熊大橋で自殺した親子がいたんだろう? 君、なにか知らないか?』

「おいおい死体」

 子どもに聞いてもなぁ、と止めようとしたら、

「知っているよ、おれ見たもん」

 あっさり頷いた。

「ウチの店は十一時開店なんだけど、二、三十分前にはお客さんの車が来るからそれより先に駐車場の掃除をするんだ。その日は学校が休みで、午前十時二十三分に女の人が来たんだ。首から足首まで届く長くて真っ白なワンピースを着ていて、カバンもなくて、薄着だった。髪の毛はきれいな黒髪だったけど櫛でとかした感じはしなくてボサボサで、いまにも倒れそうなくらい顔色が悪かった」

 意外な、それでいてやけに鮮明な情報だ。死体が首を乗り出した。

『女の人は子どもと一緒にいた?』

「ううん、ひとりだった。橋の方から徒歩で来たみたいだったよ」

「なぁその人、何しに来たんだ? そば食べに来たのか?」

 答えたくない、とばかりにじっとオレをにらむ。

 なにこの面倒くささ。

『君、教えてくれないか? なにか話をしたのか』

「……うん。なんだか怖くて、近づいてほしくなかったんだ。だからこっちから『まだ開店前です。あと三十分ほどお待ちください』って話しかけたんだ。そうしたらウチの顔をじっと見て黙っているんだ。それこそ穴が空くんじゃないかってくらい見つめられて気分が悪かったよ。思わず『なんですか』ってちょっと乱暴に聞いたら急に笑ったんだ。画用紙に書いた似顔絵が動いたってくらいぎこちない笑い方だったけど、たしかに笑ってた。ますます気味が悪くなって母さんを呼びに行って戻ったときにはいなくなってたんだよ。その日の夕方、通りかかった人が靴を不審に思って警察に通報したらしい」

『ふむ。女の人の死亡推定時刻はいつだったんだろう? 知ってるかい?』

「シボウスイテイジコク?」

『ほらドラマの中で医者が『〇時〇分、ご臨終です』って手を合わせる時間のこと』

 死体のやつ、昨日の刑事ドラマ一緒に観ていたな。

「あれかな、母さんが警察の人と話していた正午ごろっていうの。女の人がいなくなってしばらくして雨が降り出したせいで客足がにぶかったんだよ。普段なら早くに着いたお客さんが車を置いて橋を散歩するからもっと早く発見されたかもしれないけど」

『なるほど。よく分かった』

 つまり、女の人が落ちたところを誰も見ていないってことだ。子どもの顔も分からない。

『このこと警察には?』

「言ってない。聞かれてないし。家には来たけど母さんが対応してそれだけ。ウチが子どもだから見下しているんだ。せっかく貴重な情報を伝えようと思ったのに『早く寝ろ』だってさ」

 足元に転がっていた石をつま先で蹴とばす。

 分かるなぁ、子ども扱いされる不満。オレと同じだ。

 膝の上で目を閉じていた死体がぱちりと目蓋を開く。

『うん、すばらしいな。これだけ詳細に覚えているなんてなかなか出来るものじゃない』

「だろ。記憶力には自信があるんだ」

「でもイヤな気持ちにならないか? 家の近くで人が死ぬなんて。一回だけじゃなくて何度もあるんだろう」

 するとギョロ目はむっとしように口をつぐんだ。

「人が死ぬようになったのは橋ができてから! ウチはもう五十年以上ここで営業しているんだぞ。お客さんをずっと大切にしてきたからいまも繁盛しているんだ、橋なんか関係ない」

「お、おい、泣くなよ」

「泣いてない」

 急に涙目になるから焦ってしまった。

『あーあ、ミヤショー泣かせたー』

「オレじゃないって! ええと、名前、おい名前なんていうんだよ」

 べそをかいていたギョロ目がちらっとオレを見た。

「名前教えたら混ぜてくれる? 死体さんの記憶探し」

「えっ……」

「混ぜてくれるって約束するなら、死体さんのことだれにも言わない」

「でも」

『いいんじゃないか。仲間が多い方が楽しいだろう』

「やったー!」

 ギョロ目はウソみたいに笑顔でベンチに飛び乗った。いや、ウソ泣きだったんじゃないかさっきの。

「名前は山内 織羽おりば。オリバーでいい。もうすぐ小六。で、ミヤショーだな。死体さんのことはなんて呼べばいい? 名前」

 それが思い出せれば苦労はないんだけどな。

『死体さんのままでいいぞ。くれぐれも“さん”を忘れずにな』

「わかった。よろしくね、死体さん」

 ギョロ目――ことオリバーは生首に向かって器用にウインクする。

「きもちわるいなぁ、女の子みたいなことして」

 そう言って笑ったら、死体とオリバーが『死体でも見つけたような』顔でオレを見た。妙な空気が流れる。

『はぁ、オリバーすまない。ミヤショーはまだ女の子の見分けもつかないウブな男子なんだ』

「いいよべつに。男子なんてみんなガキなんだから」

「おっ、オレは子どもじゃない!」

「じゃあウインクやってみて」

「やってやるよ!」

 売り言葉に買い言葉ってやつで目蓋に力を入れてみたけど、

『ミヤショーおまえ半分目閉じてるみたいで怖いぞ』

「だっさー」

 とバカにされたのですぐやめた。

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