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死体フレンズ  作者: 芹澤


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2/6

二、

 その”死体”は川に転がっていた。

 父ちゃんがオレと莉奈を置いてとんぼ返りしてしまった翌日。やることがなくてひとりで川に出かけたんだ。

 大熊川はばあちゃん家から自転車で三分。去年の台風で川が氾濫し、地区の人たちが世話していた田んぼや畑はごっそり土を持っていかれたそうだ。ばあちゃんはニンジンやアスパラガスを食われたと嘆いていた。

 子どものころ父ちゃんが使っていたという虫取りあみ(それしかなかった)を見つけたので小魚でも採ろうと思って靴を脱いで川に入った。幅があるから流れはそれほど急じゃない。じゃぷじゃぷと真ん中あたりまで歩いてみたけど膝に届かないくらいだ。思ったよりもぬるくて、子犬が懐いてくるみたいにくすぐったい。こんな人懐こい川がばあちゃんの畑を壊したなんてウソみたいだ。

 水はそんなにキレイじゃなくて、魚はいないみたいだった。

 川の中州の、石がたくさんあるところに上がって、そのまま上流に向かってみた。時間にして三十分くらい歩いたかな。もっと長かったかもしれない。

 左右に見えていた田んぼが途切れて竹林に変わる。中州はどんどん狭くなり、荻だか葦だかがわさっと広がっている場所に突入したとき、白いものが見えた。

 靴。スニーカーのかかとだ。すぐに分かった。パッと目につく蛍光色の黄色い靴下を履いていたせいかもしれない。

 靴下の上に足があったらイヤだなって思った。だってこんなところで日向ぼっこしている人間がいるはずがない。

 でも、イヤだなって思ったのに、ほんの少しだけ、そうであったらいいな、とも思った。もし何かの事件の第一発見者になったらお手柄として親父やばあちゃんに褒められるかもしれないと思ったから。

 だから覗いたんだ。

 どきどきしていたと思う。だけど自分の心臓の音は聞こえなかった。ザーって流れる川のせせらぎが耳の奥で延々と響いている。

 なんだか急に視界が狭くなって、双眼鏡でも覗いているみたいに黄色い靴下の先に黒っぽいズボンが見えた。足っぽい膨らみもある。その時点でもう「ヤバっ」と思って足が動かなくなっていたけど、オレは身を乗り出してその先を見た。怖いもの見たさっていうの?

 ズボンのポケットの縫い目と、泥に埋もれかけたシャツ。うつ伏せだ。髪なのか泥なのか分からないけど、ちゃんと頭蓋骨の形をしている。

 死体だ。

 うん、まちがいない。

 死体だ。

 正直、怖くなかった。へぇーって思った。死体ってこうなっているんだと感心していたんだ。

 ざぁざぁと押し寄せる緑の水は死体をよけて流れていく。「失礼。とおりますよー」と言わんばかりにすんなりと。水にとっては死体も石も同じ障害物だ。それでも何度か水に浸かったのかシャツには泥がこびりついていた。

「オレ、すげぇじゃん」

 太ももあたりから徐々に震えがのぼってきた。

 この世の中で、一体どれくらいの小五がナマの死体を見たことがあるだろう。

 死体があったことよりも死体を発見した自分と怖がらずにいられた自分の方が誇らしくて、少しだけ大人になった気がした。

「ふぅ」

 死体が見えない位置まで下がって、心臓がばくばく動いていることに気がついた。というより思い出した。あぁオレ生きてんじゃんって。生きてるから動けるじゃんって急に哲学的な考えになった。

「……で、えぇと、死体見つけたらどうすんだろ。警察に連絡――いや先にばあちゃんかな、それとも父ちゃん? でも信じてくれるかな」

 うん、とりあえずばあちゃんを連れてこよう。まずは見てもらわないと。

『なぁちょっと』

「ん?」

 緑の水が足の甲をなめていく。気のせいか?

『ひとりじゃ起き上がれないんだけど手貸してくれないか?』

「――ひっ」

 怖かったのは死体が喋ったことじゃない。泥をふり落としながら、いままさに起き上がろうとしていたからだ。



   ※   ※   ※



『おまえ一目散に逃げるんだもんな。で、次の日まで放置しただろう。薄情なやつ』

 デイパックの中から恨み節が聞こえてくる。たしかに逃げた。夢だ夢だ夢だって自分に言い聞かせて昼間から布団にもぐりこんでガタガタ震えてた。ばあちゃんと莉奈に心配されても寒気が止まらなくて、ごはんも食べずに次の日の朝まで布団から出なかった。

 で、次の日また見に行ったんだよ。夢だと思ったけど確認のためにさ。そうしたらこんなことになった。

「死体が動いたらだれだって驚くだろ。っていうか未だに分かんねぇ、なんで動いてんだよ。死んでいるんだから寝ていろよ」

『さぁ? おれに聞かれても』

「他にだれに聞けっていうんだよ」

『おれだって自分が死んでいるのかどうか分からないよ。じゃあおまえ自分がどうやって喋ってるのか説明できるか?』

「舌とか声帯とかが動いているんだろ」

『そらみろ。おれも同じ、なんで自分が動いて喋ってるのか分かんね。生きてるか死んでるかはオンとオフしかないと思っていたけど、じつは真ん中があるんだろ。ま、どうやっても生き返ることはないだろうけどな』

 カバンの中でガシャンと音がした。骨がぶつかる音だ。

 オレは考えた。さっき三三三メートルの高さから見下ろした景色を。

「死ぬとき、痛かったか」

 あの高さから落ちたらすごい衝撃だったろう。

「怖くなかったか、死ぬの」

 死体はしばらく黙っていたけど、片方だけの目でなにか考えていた。

『覚えてない。だから記憶を探しているんだろ。おれがどこのだれで、どんな生活していて、家族は何人で、どうして死んだのか。痛かったとか怖かったとかは記憶を取り戻したときに教えてやるよ』

 果たしていつになるやら。

 オレは自転車をこぎだした。

『ちゃっちゃらら、ちゃっちゃっちゃっちゃ、ふんふん』

 デイパックの中からは呑気な鼻歌。

「それいつも歌ってるけどなんて曲?」

『クラシックとかじゃないかな、覚えてないけど』

「くらしっく……ばあちゃん分かるかな」

 なんて言いあいながら細い道を下っていく。

 こいつと出会って五日。

 この辺りの景色を見て回れば記憶を取り戻すかもしれないと言われて、なんだかんだこうして毎日付き合っている。

「もしオレが断っていたらどうするつもりだったんだ?」

『そんなー、あくまで丁重にお願いつもりだったさ。なんなら家まで追いかけていって夜中に窓の外に立つって土下座するつもりだった』

「脅迫じゃねぇか。莉奈のトラウマになるからやめろ」

 最初の二日間はいつ呪い殺されるのかと不安だったけど、宿題もなく、学校へも行っていない自分にとっていい暇つぶしになっているのは事実だ。

 ばあちゃんの家もそうだけど昼間は人の気配がまったくない。だからこそ逆にデイパックに死体を詰めこんだオレみたいな小学生が歩いていてもなにも言われないのだ。

『おいみろ、犬だ。庭先で腹出して寝てる。あれじゃあ番犬の意味がないよな』

「ちょっかいだすなよ。――ってなにしてんだ」

 デイパックの中でごそごそしていたと思ったらさっきの石をポンと投げた。

 石はガードレールにあたって跳ね、気持ちよさそうに寝ていた柴犬の足元に落ちる。途端に犬が立ち上がって大声で吠え出した。

 ウーワンワン、グゥーワンワンッ!

 鬼のような形相で吠えてくるから足早に立ち去らなくてはならなかった。

『くっくっく、怒ってる怒ってる』

 まったく。死体なら大人しくしてて欲しい。



   ※



「おかえりお兄ちゃん」

 ぐったりして家に帰りつくと莉奈が玄関先でしゃがみこんでいた。

「おう。なにしてるんだ?」

「リナね、チューリップの苗うえてたのー」

 赤いシャベルを放り投げて走ってきた莉奈は手も服も土で汚れている。

「春になったらいーっぱい咲くんだよ、ここが赤でね、ここが白で、ここはピンク。黒もあるんだよ。リナが赤で、お兄ちゃんが白、おばあちゃんがピンクでお父さんが黒ね」

『リナちゃんおれのはー?』

 だまれ、とデイパックを揺らした。小学一年生の莉奈に死体を見せるのは刺激が強すぎる。絶対に隠さなくてはいけない。

「ん、莉奈これは?」

 チューリップの隣にはこんもりと土が盛られ、葉っぱつきの枝が突き立ててある

「アリさんのおはか。リナふんじゃったの―。なむなむ」

 莉奈は神妙な表情で両手をこすりあわせると、ばあちゃんが仏壇前でやるように合掌してぶつぶつと呪文らしきものを呟いている。

 そうだよな、人間の死体はめったに見ないけど、虫の死骸なんて目にしない方が珍しいよな、特にこんな田舎では。

 莉奈も莉奈なりに供養の方法を学んでいるんだ。

「ばあちゃんは?」

「おうちの中」

「そっか。おやつにしようぜ、手洗ってこいよ。おいしいそば饅頭もらってきたんだ」

「わーいっ」

 外の水道に向けて一目散に走っていく。食べ物に目がないのは同じだな。

 オレはシャベルを拾って足りていないところに土を足してやった。ついでにアリの墓の枝(墓標)が傾いていたので直しておく。優しく、丁寧に。

 いつか、オレが背負ってる死体も動かなくなったら、こうやって埋めてやらなくちゃいけないのかな。

『ミヤショー、リナちゃんが戻ってくるぞ』

 どん、と内側から蹴られた。

『なにを感傷的になってるんだ。らしくない』

「うっせぇな」

「お兄ちゃん、リナ手あらたよー」

 ぴらぴらと水を飛ばしながら戻ってきた莉奈を抱きとめる。デイパックからすかさずタオルが出てきたのでありがたく掴んで手を拭いてやった。爪の中に入り込んだ土も忘れず拭う。

「チューリップきれいに咲くといいな」

「うん」

「よし。家の中まで競争だ」

「きゃーっ」

 嬌声をあげて走り去る莉奈を追いかけると背後から死体の声が降ってきた。

『先に言っておくけど、もしもおれが突然動かなくなっても埋めなくていい。おれを見つけた場所にテキトウに転がしておいてくれ』

「え……」

『気が向いたらお祖母さんに伝えてほしいけど、それでミヤショーが疑われるようならなにも言わなくていいよ。他のだれかに発見されるか、鳥につつかれて跡形もなくなるか、どのみち早いうちにいなくなるだろうから』

「そんなこと言うなよ」

 死体を背負っての散歩は緊張することも多いけど、自分ひとりでは絶対行かなかったような場所に行くのを楽しんでいるのも事実だ。

 なんだかしんみりしてしまう。

「――ん。いま思ったけど、こんなふうにオレが探し回らなくても警察に通報したほうがすぐに身元が分かるんじゃないか?」

 とんでもないことに気づいてしまった。

『あ、それは却下』

「なんでだよ」

『警察行ったらあれだろ、解剖されるんだろう。痛そうだからヤダ』

「バラバラ死体がよく言うよ」

『残念だけどすぐには死なないよ。まだ当面は動き回るつもりだ』

 だから、死体だろ。呆れて笑ってしまう。

 いずれにしても死体との旅はもうしばらく続きそうだ。


「お帰り翔太。ご飯にしよう」

 エプロンを外して食卓についたばあちゃんはフキノトウの天ぷらを小皿にとった。さらにウドの煮物やほうれん草のおひたしをとって渡してくれる。レンジでチンしたご飯となめたけの味噌汁が並べば昼飯の完成。オレが戻るのを待っていてくれたらしい。

「いただきまーす」

 莉奈は好き嫌いなくなんでも食べるけど、オレはウドがちょっと苦手だ。奥歯に苦い汁が広がってうまく噛めない。

 オレンジジュースでなんとか飲み下した。

「あ、そうだ。ばあちゃん、さっき大熊大橋に行ってきたんだけど、あそこよく人が死ぬの?」

「こら。食事時にする話じゃないだろう」

 と、苦言を呈されたけど箸が止まり、スッと背筋が伸びた。

「先週だったか、親子の無理心中があったんだよ。母親の遺体は下の河川敷で見つかったけど子どもの方はまだ見つからないらしい」

「死体がないのにどうして親子だって分かるの?」

「親子そろって捜索願が出されていたし、橋の欄干に母親と子どもの靴がきちんと並べて置いてあったんだ。警察が近隣の雑木林なんかをしばらく探していたようだけど、中山さんがまだ騒いでないから見つかっていないんだろうね」

 中山さんというのは二軒先のおばさん。地区内の同じ班なんだって。いつも庭先で土いじりをしていて、通りかかる人に自家栽培の野菜をくれるそうだ。この前オレが会ったときは溶けかけたチョコレートを三つくれた。「どこのおうちの子?」「何しに来たの?」「東京から? あたしの娘が~」と話が長くなったので逃げたけど、ばあちゃん曰く、ああしてクモの巣のように人を待ち伏せしているのだそうだ。

 話がそれた。ばあちゃんにとっては新聞なんかよりお喋り好きなご近所さんの情報の方がより早くて正確ということだ。

 一緒に飛び降りたはずの親子。見つからない子ども。並んでいた靴。もしかして。

「そのときの新聞ある?」

「物置にまとめてあるから探してきてやるよ。ささ、ウドのおかわりお食べ。美味しいだろう」

 せっかく空いた小皿に追加のウドが乗せられる。急いで食べたのが仇になったみたいだ。

 見た目は繊維質の茶色いマカロニ。味は泥。

 でもこれを食べなければ新聞を出してもらえないかもしれない。

 ええい。覚悟を決めてかぶりついた。……ぐぁあ、やっぱりまずい。

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