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死体フレンズ  作者: 芹澤


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1/6

一、

「……だから言ったんだよ」

 まったくイヤになる。

 我が物顔で足元を埋め尽くしている落ち葉も、ところどころに見える灰色のコンクリートがまだまだ上へ上へと続いていることも、物置から引っ張り出してきた自転車のタイヤがパンクしたことも。

 まったく、まったく。

「だから言ったんだよ、こんなド田舎に来るのはイヤだって!」

 鳴らないベルをガチャガチャ鳴らして叫んだ。



 オレ、翔太。宮島 翔太だ。東京の小学五年生。同じ学年に翔太って名前が五人もいるんで友だちからはミヤショーって呼ばれてる。

 これでもサッカーが得意でクラスの女子にモテてるんだぜ。勉強は全然だけどテストで赤点とるとサッカーさせてもらえないから必死さ。そんな頑張り屋が内心冷や汗かきながら森の中をさまよっているってどう思うよ?

 しかもまだ二月だっていうのにバカみたいに暑くて、家を出るときばあちゃんに着させられたダウンジャケットはそっこー脱いで自転車の前かごに突っ込んである。とにかく汗だくなんだ。長袖を二の腕でめくってもまだ体が火照ってる。デイパックを背負っているせいで背中だけ余計に熱く感じるし、口の中はカラカラで、顔から垂れてきた汗の味しかしない。うすしお味みたいでちょっと旨いけど。

 こんなとき東京だったら手ごろな自販機を見つけて一杯やるところだけど、なんせド田舎のしかも山奥だ。最寄り駅からだって車で三十分もかかるんだぜ。しかも駅から家までコンビニひとつないなんて、知らない国にワープしてきたみたいだと思わないか。え? 標識や看板は日本語だろって? 分かれよ、そういうカンジってこと。いちいち細かいヤツだな。

 んで、いま昼の十一時。もう一時間だ。一時間だぞ? 家を出て五分でパンクした自転車を仕方なく押して森の中をさまよっている。迷子かって? いや、ちがう。知ってのとおり道はある。大量の落ち葉に隠れているけどコンクリートがあるんだから、いずれ人がいるところに出るはずなんだけど、この一時間、一台の車ともすれ違っていない。

 腕も足も痛いし汗でしめった服も気持ち悪い。もう限界だ。

「だから言ったんだよ、こんなド田舎に来るのはイヤだって。親父のばかやろー」

 こんなことになったのは、ぜんぶ父ちゃんのせいだ。

 害虫駆除の仕事をしている親父は、ふだんは家でだらだらテレビを観ているだけなのに、冬になると何日も家に帰ってこられないほど忙しくなる。『ハンボウキ』なんだってさ。でも、小学生の子ども二人を何日もほったらかしにしておくと『イクジホウキ』だとか『ギャクタイ』だとかうるさく言われるので、ド田舎の実家に預けに来るんだ。めったに着ないスーツを引っ張り出してきて、前の日の夜はシャツに熱心にアイロンをかけている。格好つけたいんだ。

『ハンボウキが終わったら迎えにくるからイイ子で待ってるんだぞ。愛する子どもたち』

 って髪の毛をわしゃわしゃかき回されるのがとにかくイヤだ。袖から漂ってくる防虫剤の匂いと体に染みついたタバコくささ。なによりもイヤなのはオレをなめ腐った態度だ。

「オレはもう子どもじゃねぇーっ!」

 ああくそ、叫んだ分のどが渇いてきた。

 むしゃくしゃして石を蹴とばすと、思ったよりもまっすぐ跳んだ。いいぞ、自転車を押しているよりずっと楽しい。近づいては蹴って近づいては蹴ってを四、五回繰り返していたら、ヴゥン、とうなるような音がして瞬く間に遠のいていった。

「――車の音!」

 文字通り最後の気力をふりしぼって這い上がると、道が開けた。大通りとは言えないけど車同士が問題なくすれ違えるよう舗装された道だ。雑草も倒木もない。コンクリートも割れてない。しかも車止めの奥に自販機があるじゃないか。

「たすかったー」

 自転車を転がしてようやく自販機にたどり着く。『ラッキードリンクショップ』なんてでかい看板が出ているけど自販機が二台あるだけ。でもいまのオレにとっては天の恵み。しかもどれも百円。めちゃくちゃ安い。

「おっと、おカネおカネ」

 丸めていたダウンジャケットを引っ張り出し、ポケットの中をあさった。出掛けに玄関の貯金箱をあさってきたんだ。百円玉を押し込んで知らないメーカーの炭酸を買う。

「ぷっはー、うまい、まじうまっ」

 生き返る。体中に炭酸が染みていく感覚たまらないな。欲しい? やらねぇよ。

 あっという間に一本飲み干して、追加でもう一本飲みたいところだったけど百円玉がない。十円と一円ばっかりだ。念のため釣り銭や自販機の下を覗いてみたけど目当ての銀色は見つからない。

 なんだよ。ついてねぇな。

 諦めて自転車にまたがった。相変わらずの坂だけど凹凸が少ないからパンクした自転車でも漕げる。それに目印ができた。少し走ったところに大きな橋がかかっているんだ。橋なら渡るしかないだろ、なんとなく。ぐっ、とつま先でペダルを押した。

「えーと、大熊大橋おおくまおおはし。全長一〇三メートル。高さ三三三メートル……まじ東京タワーと同じかよ」

 手前の案内板を読んでからもうひと漕ぎ。ここも上り坂になっていて、真ん中あたりのベンチに着くまでまたたっぷり汗をかいた。途中、透明なフィルムに包まれた真新しい花束が目に入る。チューリップとカスミソウかな。なんか怖いよな、チューリップの花の曲線って。

「うわ、たっけぇー」

 目的のベンチに到着。柵の下をのぞき込むと左右の崖はダイダラボッチが砂遊びしたみたいにえぐれて、ずっと下を緑色に濁った水がさらさらと流れていた。音は聞こえない。三三三メートルだもんな。

 妹の莉奈は高いところが嫌いでビービー泣くけどオレは全然怖くない。遠慮なしに吹く風が気持ちいいし、見ているとなんだか吸い込まれそうだ。おまえもそう思わないか?

「おい、あんまり身ぃ乗り出すなよ」

 どきっとしてふり返ると軽トラの運転席から知らないおっさんがこっちを見てる。眉間にしわの寄った不機嫌そうな顔とへの字の口。なんだよいきなり。

「聞こえたか? あぶねぇんだよそっちは。手すりが低いからガキでも背伸びすれば簡単に乗り越えられる、そしたら一瞬であの世いきだぜ。ついこの間だって親子の無理心中があったし、橋ができて十年も経ってないのにもう何人死んだんだか。自殺の名所だなんて言われて、まったく建てる前に分からなかったのかね、お役所さんは……」

 などとブツブツ言いながらガーと走り去ってしまった。

 なんだなんだ? え、チュウイカンキ? なにが?

 手すりの高さはおれの目線ぴったり。でも柵を支えるコンクリートの土台にあがれば十センチくらいかさましされて、手すりは肩の下くらいだ。鉄棒みたいに飛び乗ればたぶん乗り越えられる。十センチ分遠ざかったはずの緑色の濁った川がさっきよりも近づいたように見えた。遠くでザーって水が流れる音もする。

 ここから落ちたら死ぬ……んだよな。きっと。

 オレは考える。――死ぬってなんだろう。三三三メートルから落ちたらどんな風に体が曲がって、折れて、この腕とか足とか髪の毛とか服とかはどんなふうに変わって、そんでオレは、こんなことを考えているオレはどこにいっちゃうんだろう?

「んー、考え事していたら頭痛くなってきた……」

 もういちど自転車にまたがった。橋を渡った先に黒い屋根の店みたいな建物があるから道を聞いてみよう。もっかオレは迷子なのだ。



「そっちの地区なら、大熊大橋を戻って迂回するか細い道をくだって小鹿橋を渡るといいわよ。大熊大橋ルートは走りやすいけど交通量が多くて遠回り、小鹿橋ルートは近道だけど今ではほとんど車が通らないから雪が残っているかも」

 蕎麦屋のおばさんは地図を開いて親切に道案内してくれた。

「ちなみにオレこのあたりの道を通って来たんですけど」

「あぁ、旧道ね。隣の△△市への近道だけど、もうだれも通らないの。よく来られたわね」

「どうりで」

 相当とんでもない道だったらしい。感心したように地図を眺めていたおばさんは、ちらっと柱時計をちらっと見てから少し怖い顔になった。

「あなた小学生よね? 学校はどうしたの?」

 氷でなでられたみたいに背中がすぅっと冷たくなる。顔から汗が噴きだした。

「あっ……ちがうんです。ぇと、よそから来てるんです。ばあちゃんの具合が悪くて。母ちゃんは看病で忙しいからオレは自転車で散歩していたら迷子になって」

 こうとでも言わないと家に電話されそうな雰囲気だった。肝心のばあちゃんは七十歳だけどオレよりも足が速くて、新聞だって眼鏡をかければスラスラ読める。せいぜい高血圧の薬を飲んでいるくらいだ。

「あらそうなの。おばあさん早く元気になるといいわね」

 そう言うとレジの横に置いてあったそば饅頭を三つ掴んで袋に入れてくれた。お金がないと言っても「賞味期限が今日なのよ」と笑って押しつけられる。ありがたく受け取り、自販機前のベンチでそば饅頭を食べながら帰り道を確認した。大熊大橋を使う迂回路は長くて急な坂道が山の端を縫うように続いている。さっき死にそうになりながら押した坂道を思い出してため息がでた。

「道は分かった? はい、お水どうぞ」

 おばさんがお盆に水を乗せて持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

 キンキンに冷えた水が体の隅々まで浸透していく。ソーダよりいい。

「あ、さっき言われたんだけど大熊大橋って自殺の名所なんですか?」

 おばさんは表情を曇らせる。

「そうなのよ。うちの駐車場にも時々車が放置されているのよね。警察が調べたら橋の下の河川敷で遺体が見つかったりして……。もしお客さんだったとしたら、この世で食べた最後の食事がうちのお蕎麦ってことになるのよね。なんだか複雑な気持ちだわ」

 おばさんが物思いにふけっている間に、オレは饅頭を二つ食べ終えてしまった。ひとつは持って帰って莉奈にやろう。

「ごちそうさまでした」

 自転車にまたがるとおばさんは笑顔で道を開けてくれた。

「私にもあなたと同じくらいの子どもがいるの。ウチの家はこの裏手。また近くに来ることがあったら声をかけてね」

「はい」

 おばさんの名札の「山内」という苗字を確認してからペダルをぐんと漕ぎ出す。

『いいなァ、おれもそば饅頭食いたかったな』

 背中のデイパックの中からぼそりと声がした。オレはポケットの中のそば饅頭をなでる。

「やらないぞ。これは莉奈への土産なんだ」

『いらないよ。舌も胃もないし。そーゆー気持ちってだけ』

「あぁそうかよ。だったら喋らないでくれる? 気が散るんだけど」

『他の人からはミヤショーが独り言つぶやいているように見えるだろうな』

 あぁ言えばこう言う。

 オレはわざと段差がを走った。上下に振動してデイパックの中がガシャンと揺れる。

『おい、肋骨が顔に当たったんだけど』

「あー聞こえない聞こえない。空耳かなー」

 もういっちょ段差を目指す。継ぎはぎ道路の先が凸凹になっていて、思ったよりも強く跳ねた。あっと思ったときには自転車が浮いてて、そのままバランスを崩して横倒しになる。

「うぎゃっ!!」

 制御不能になった自転車はめちゃくちゃ重い。容赦なくオレの足を潰しにやってきたのでそれより遠くへ飛ばなくちゃいけなかった。

「ってぇなー! このばか自転車!」

 間一髪足を潰されずに済んだけど、お陰で道路に転倒。おまけにカバンの蓋が開いて中身も飛び出しちまった。

 車が来ないことを確認してから慌てて拾い上げた。”手首”に、”足の爪”、”太い骨”。あぁ”耳”が端まで飛んでる。目についたものを手あたり次第拾い集めてカバンの中に放り投げると、中から恨めしそうな声がした。

『これはおれの骨じゃない。石ころだ』

 ぽいっと放り出された白い石が道路を転がっていく。どっと疲れが襲ってきた。ひとが親切にかき集めてやったのにお礼もなしかよ。

『あとこれもコンクリート片。こっちも。これもだ。おまえ、わざとだろ』

「だからわざとじゃねぇし! 偶然だし! 大体なんでオレがおまえに付き合ってやらなくちゃいけないんだよ。自転車がパンクするほどの道とか誰も通らないトンネルとか壊れかけた橋とかあちこち引っかき回されて迷惑だ」

 なんだか無性に腹立たしくなってきた。

「いいか、そもそもなんでこんな状態で動いて喋るんだよ、ぜっんぜんまったく意味不明!」

 がばっと開いたデイパックの中には、形も大きさも違う骨がぎっちり。一番上には首から上だけの生首が入っている。

『仕方ないだろ、自分がだれなのか思い出せないんだから』

 紫色の口が不満そうに動く。喉もないのにオレの脳内で声が聞こえるのが不思議だ。黒いニット帽の下から覗く眼球は右目だけだ。左目は”死んだ”ときにつぶれたらしい。はみ出した脳みそがキモかったのでオレのニット帽をやったんだ。

 まったくもって意味不明。きっと誰も信じてくれない。

 なんでオレが“死体”を背負って散歩しているのか、なんて。

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