表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法のない魔法使い ― Parallel Diner ―  作者: 伏木 亜耶


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/14

閑話2:港町の日本酒論争~C₂H₅OH(エタノール)をめぐる誤解~

伏木も日本酒は大好きです。

全国津々浦々の日本酒を嗜んでいます。

全国といっても近辺の酒屋を探し回るだけなのですが。

(日本全国を回れるようなキャンピングカーとお金と時間の余裕が欲しいなあ←何もない私)


まあ、その日本酒ですが毛嫌いする方もそれなりに見受けられます。

美味い、美味くないではなく「悪酔いするから」というのが理由のようです。


さてさて日本酒は本当に悪酔いする飲み物なのでしょうか。

今回はそんな閑話となります。

【漁師の愚痴】

「いやあ、昨日はひでえ目にあったぜ」

夕方の『ナツメ亭』。カウンター席で、漁師の源さんが大きな声で愚痴をこぼしていた。

「日本酒なんか飲むからだよ。あんなもん、悪酔いするに決まってる」


その言葉に、リナは厨房から顔を出した。

「源さん、今なんて?」

「あん? だから日本酒は悪酔いするって言ったんだよ」


源さんは腕を組んだ。

「ビールなら平気なのに、日本酒飲むと次の日頭痛えし、気持ち悪いし。やっぱり日本酒は体に悪いんだよ」

「そうそう」

隣の席の若い漁師、健太も頷いた。

「俺も日本酒飲むと、すぐ顔真っ赤になるし。あれ、絶対体に合ってないって」

「でもよ、焼酎は大丈夫なんだよな。焼酎なら二日酔いしねえ」

源さんが付け加えた。


リナは包丁を置いて、カウンターに両手をついた。

「・・・ちょっと待ちなさい」


【リナの反論】

「源さん、健太君。その話、全部間違ってるわよ」

「はあ? 何言ってんだ、実際悪酔いしたんだぞ」

「だから、それは日本酒のせいじゃないの」

リナは真剣な表情で言った。

「日本酒が悪酔いするっていうのは、完全な誤解よ。化学的に説明してあげる」

「また始まったよ、リナの化学講座」

源さんは苦笑したが、リナは構わず続けた。


「いい? まず基本から。お酒に入ってるアルコール──正式名称はエタノール、化学式C₂H₅OHね」


リナはメモ用紙に化学式を書いた。

エタノール: C₂H₅OH

H H

| |

H-C-C-O-H

| |

H H

「このエタノールは、ビールだろうが日本酒だろうが焼酎だろうがウイスキーだろうが、全部同じ物質なの」

「え、そうなの?」

健太が驚いた顔をした。

「当たり前よ。違うのは濃度だけ」


【アルコール濃度の真実】

リナは説明を続けた。

「ビールのアルコール度数は大体5%。日本酒は15%前後。焼酎は25%、ウイスキーは40%くらい」


「つまりね──」

リナは指を立てた。

「源さんが昨日飲んだ日本酒、何合飲んだ?」

「えっと・・・3合くらいかな」

「3合は540ml。アルコール度数15%だから、純アルコール量は・・・」

リナは計算した。

「540ml × 0.15 = 81ml。エタノールの比重は0.789だから、81ml × 0.789 = 約64gの純アルコールね」

「ビールで同じ量のアルコールを摂取しようとしたら・・・」

「64g ÷ 0.05(ビールの度数) ÷ 0.789 = 約1,620ml」

リナはにやりと笑った。


「つまり、ビール大瓶3本分よ。源さん、ビール3本飲んでも平気?」

「い、いや・・・それはキツイな」


【悪酔いの正体】

「でしょ? つまりね──」

リナは腕を組んだ。

「日本酒が悪酔いするんじゃなくて、日本酒は度数が高いから飲みすぎちゃうのよ」

「ビールはお腹が膨れるから、自然とブレーキがかかる。でも日本酒は少量でたくさんのアルコールが摂取できるから、気づいたら飲みすぎてる」

「なるほど・・・」

健太が納得したように頷いた。


「でもさ、リナさん。じゃあなんで次の日頭痛いの?」

「いい質問ね」

リナは新しい紙を取り出した。

「それは、アルコールの代謝メカニズムを知れば分かるわ」


【アルコール代謝のメカニズム】

「アルコールは肝臓で分解されるの。その過程はこう」

リナは図を描いた。


【アルコール代謝経路】


エタノール(C₂H₅OH)

アルコール脱水素酵素(ADH)

アセトアルデヒド(CH₃CHO) ← 悪酔いの原因

アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)

酢酸(CH₃COOH)

水(H₂O) + 二酸化炭素(CO₂)


「ポイントは真ん中のアセトアルデヒド。化学式CH₃CHO」

「これが二日酔いの元凶なの」

「あせとあるでひど・・・?」

源さんが舌を噛みそうになった。

「そう。この物質は猛毒よ。頭痛、吐き気、動悸、顔の紅潮──全部これのせい」


【アセトアルデヒドの恐怖】

「アセトアルデヒドの毒性は、エタノールの10〜30倍」

リナは真剣な表情で言った。

「この物質が体内に蓄積すると──」


アセトアルデヒドの影響:

・血管拡張 → 頭痛、顔の紅潮

・交感神経刺激 → 動悸、発汗

・嘔吐中枢刺激 → 吐き気

・DNA損傷 → 発がんリスク


「だから、アセトアルデヒドをいかに早く分解するかが重要なの」

「それが、この酵素──アルデヒド脱水素酵素2型、略してALDH2」

「この酵素の働きが強い人は、お酒に強い。弱い人は、お酒に弱い」

「へえ・・・」

健太が興味深そうに聞いていた。


「健太君、日本酒飲むとすぐ顔が赤くなるって言ってたわね?」

「うん」

「それは、あなたのALDH2の働きが弱いのよ。アセトアルデヒドが分解されずに溜まって、血管が拡張して顔が赤くなる」

「そうなんだ・・・」


【日本人とアルコール】

「実はね──」

リナは新しい情報を付け加えた。


「日本人の約40%は、ALDH2の働きが弱い遺伝子型を持ってるの」

「40%も!?」

「そう。これは世界的に見ても珍しい。白人や黒人は、ほぼ100%がALDH2活性型」


「だから──」

リナは説明した。

「日本人はもともとお酒に弱い民族なの。無理して飲む必要はないわ」

「特に、お酒を飲んですぐ顔が赤くなる人は、絶対に無理しちゃダメ」

健太はほっとしたような顔をした。

「じゃあ、俺が日本酒飲めないのは、体質のせいなんだ」

「そうよ。恥ずかしいことじゃない。むしろ、無理して飲む方が危険なの」


【醸造酒と蒸留酒の違い】

「でもよ、リナ」

源さんが口を挟んだ。

「焼酎は大丈夫なんだよ。焼酎なら二日酔いしねえ。これって、蒸留酒だからだろ?」

「ああ、その話ね」

リナは新しい紙を取り出した。

「実はそれも、半分正解で半分間違いなのよ」

「え?」

「まず、醸造酒と蒸留酒の違いを説明するわ」


【醸造酒とは】

リナは図を描き始めた。

「醸造酒っていうのは、原料を発酵させただけのお酒」


【醸造酒の製造】


原料(穀物・果物)

酵母による発酵

糖 → エタノール + 二酸化炭素

醸造酒


例:

・ビール(麦)

・日本酒(米)

・ワイン(ブドウ)

・マッコリ(米)


「醸造酒には、エタノール以外にも、発酵の過程で生まれたいろんな物質が含まれてるの」

「いろんな物質?」

「そう。例えば──」

リナは列挙した。


醸造酒に含まれる成分:

・エタノール(C₂H₅OH)

・水

・糖類(グルコース、フルクトースなど)

・有機酸(乳酸、コハク酸など)

・アミノ酸(20種類以上)

・ビタミン類(B₁、B₂、B₆など)

・ミネラル(カリウム、マグネシウムなど)

・高級アルコール(イソアミルアルコールなど)

・エステル類(酢酸エチルなど)

・アルデヒド(アセトアルデヒドなど)

・フーゼル油(複数の高級アルコールの混合物)

「これらの成分が、お酒の味や香りを作り出してるの」


【蒸留酒とは】

「一方、蒸留酒は──」

リナは新しい図を描いた。


【蒸留酒の製造】


原料(穀物・果物)

酵母による発酵

醸造酒(もろみ)

加熱して蒸留

エタノールと水を分離・濃縮

蒸留酒


例:

・焼酎(米、麦、芋など)

・ウイスキー(麦)

・ブランデー(ブドウ)

・ウォッカ(穀物)

・ラム(サトウキビ)


「蒸留っていうのは、液体を加熱して気化させて、また冷やして液体に戻す操作のこと」

「エタノールの沸点は78.3℃、水の沸点は100℃」

「だから、適切な温度で加熱すると、エタノールだけが先に気化する」

「これを集めると、高濃度のアルコールが得られるってわけ」


【蒸留で除かれるもの、残るもの】

「重要なのは──」

リナは強調した。

「蒸留すると、何が除かれて、何が残るか」

源さんと健太は身を乗り出した。

「蒸留で除かれるのは──」


蒸留で除かれる成分:

・糖類(沸点が高いので蒸発しない)

・アミノ酸(沸点が高い)

・ビタミン(多くは熱に弱い)

・ミネラル(蒸発しない)

・有機酸の一部(沸点が高いものは残る)

・色素成分

・重い不純物


「つまり、醸造酒に含まれていた栄養素や不純物の多くが除かれるの」

「でも──」

リナは続けた。

「蒸留しても除かれないものもある」


蒸留しても残る成分:

・エタノール(C₂H₅OH) ← 当然

・水

・高級アルコール類(イソアミルアルコール C₅H₁₂O、イソブタノール C₄H₁₀Oなど)

・エステル類(酢酸エチル C₄H₈O₂など)

・アルデヒド類(アセトアルデヒド CH₃CHOなど)

・ケトン類(アセトン C₃H₆Oなど)

「これらは、沸点がエタノールに近いから、一緒に蒸発して蒸留酒に混ざるの」

「これを総称して、『香気成分』または『フーゼル油』って呼ぶわ」


【フーゼル油の正体】

「フーゼル油・・・?」

源さんが聞き返した。

「ドイツ語で『悪い酒』って意味よ」


リナは説明した。

「これが、蒸留酒の香りや味わいを作り出してるんだけど──同時に、二日酔いの原因にもなるの」

「え、じゃあ焼酎も二日酔いするってこと?」

「当然よ。蒸留酒だからって、二日酔いしないわけじゃないわ」

リナは図を描いた。

フーゼル油の主な成分と作用:


・イソアミルアルコール(C₅H₁₂O)

→ 頭痛、めまいの原因


・イソブタノール(C₄H₁₀O)→ 頭痛の原因


・プロパノール(C₃H₈O)→ 神経毒性


・アセトアルデヒド(CH₃CHO)→ 二日酔いの主犯


「これらの成分は、エタノールより代謝が遅いの」

「つまり──」

リナは強調した。

「エタノールが分解された後も、体内に残って、二日酔いを引き起こす」


【醸造酒vs蒸留酒、どちらが二日酔いしやすい?】

「じゃあ結局、醸造酒と蒸留酒、どっちが二日酔いしやすいんだ?」

源さんが聞いた。

「それが──」

リナは腕を組んだ。

「一概には言えないのよ」

「理論的には──」


【醸造酒の特徴】

メリット:

・栄養素が豊富(ビタミンB群、アミノ酸)

・これらがアルコール代謝を助ける

・飲むペースが遅くなりがち(度数が低め)


デメリット:

・不純物が多い

・糖分が多く、カロリーが高い

・腹が膨れて苦しい


【蒸留酒の特徴】

メリット:

・不純物が少ない(糖分ゼロ)

・カロリーが低い

・栄養素の分解にエネルギーを使わない


デメリット:

・栄養素がほぼない

・アルコール代謝を助ける成分がない

・フーゼル油が残っている

・度数が高いので飲みすぎやすい


「つまり──」

リナは結論を述べた。

「どちらも一長一短。二日酔いのしやすさは、結局飲む量と飲み方次第」


【蒸留の質の違い】

「でもね、蒸留酒にも質の違いがあるの」

リナは新しい情報を加えた。

「高級な蒸留酒と、安い蒸留酒の違い──それは蒸留の回数と精度なのよ」

「蒸留の回数?」

「そう」


【蒸留回数による違い】


1回蒸留:

・フーゼル油が多く残る

・風味が強い

・二日酔いしやすい

例: 一般的な焼酎、安いウイスキー


2〜3回蒸留:

・フーゼル油が減る

・風味と純度のバランス

・比較的二日酔いしにくい

例: 上質な焼酎、ブランデー


連続式蒸留(何度も蒸留):

・フーゼル油がほぼゼロ

・クリアな味わい

・二日酔いしにくい

例: ウォッカ、ホワイトリカー、甲類焼酎


「だから──」

リナは説明した。

「同じ焼酎でも、乙類焼酎(1回蒸留)と甲類焼酎(連続式蒸留)では、二日酔いのしやすさが違うのよ」

「へえ・・・知らなかった」


【日本酒の不純物は悪いものなのか?】

「でもさ、リナ」

健太が質問した。

「じゃあ日本酒の不純物って、全部悪いものなの?」

「いい質問ね!」

リナは微笑んだ。

「実は、全然そんなことないの。むしろ、日本酒の不純物には、体にいい成分がたくさん含まれてるわ」


【日本酒の栄養価】

「日本酒には──」

リナは列挙し始めた。


日本酒に含まれる有益な成分:


【アミノ酸】(20種類以上)

・アラニン(C₃H₇NO₂) - 甘味、肝機能サポート

・グルタミン酸(C₅H₉NO₄) - 旨味、脳機能サポート

・アスパラギン酸(C₄H₇NO₄) - 旨味、疲労回復

・プロリン(C₅H₉NO₂) - 甘味、コラーゲン合成

・アルギニン(C₆H₁₄N₄O₂) - 免疫力向上


【ビタミン類】

・ビタミンB₁(C₁₂H₁₇N₄OS⁺) - アルコール代謝に必須

・ビタミンB₂(C₁₇H₂₀N₄O₆) - 脂質代謝

・ビタミンB₆(C₈H₁₁NO₃) - タンパク質代謝

・ナイアシン(C₆H₅NO₂) - アルコール分解の補酵素

・パントテン酸(C₉H₁₇NO₅) - エネルギー代謝


【有機酸】

・コハク酸(C₄H₆O₄) - 旨味、疲労回復

・リンゴ酸(C₄H₆O₅) - 酸味、疲労回復

・クエン酸(C₆H₈O₇) - 酸味、疲労回復


【その他】

・コウジ酸(C₆H₆O₄) - 美白効果

・ペプチド類 - 血圧降下作用


「これらの成分が、実はアルコール代謝を助けてくれるの」

「特にビタミンB群とアミノ酸は、肝臓でアルコールを分解する時に必要な補酵素の材料になるわ」


【つまり、醸造酒の利点】

「つまりね──」

リナは説明した。

「醸造酒である日本酒は、『自分を分解するための栄養素』を含んでるの」

「一方、蒸留酒はこれらの栄養素がほとんどない。だから、蒸留酒を飲む時は、別途栄養を摂取する必要があるわ」


「なるほど・・・」

源さんは納得したように頷いた。

「でも、だからって日本酒が二日酔いしないってわけじゃないんだろ?」

「その通り!」

リナは指を立てた。

「結局、どんなお酒でも、飲みすぎたら二日酔いするのよ」


【では、なぜ日本酒は悪酔いすると言われるのか】

「でもさ、リナ」

源さんが言った。

「やっぱり日本酒の方が、ビールや焼酎より二日酔いになりやすい気がするんだよな」

「それにはいくつか理由があるわ」

リナは指を立てた。

「まず第一に──飲むペースの問題」


【理由1: 飲むペースが速い】

「ビールはジョッキで飲むから、一口の量が多くて、ゆっくり飲む。焼酎もロックやお湯割りで、グラス1杯ずつ飲む」

「でも日本酒は──」

リナはお猪口を手に取った。

「お猪口やぐい呑みで、ちびちび飲む。でも実は、これが危険なの」

「え、ゆっくり飲む方が危険なの?」

「違うわ。お猪口だと、何杯飲んだか分からなくなるでしょ?」

「ああ・・・確かに」

源さんは納得した。


「ビール1杯、2杯って数えられるけど、日本酒は『まあもう一杯』ってどんどん注がれて、気づいたら5合6合飲んでる」

「しかも日本酒は度数が高いから、少量でも大量のアルコールを摂取してることになる」

「結果──肝臓のアルコール分解能力を超えて、アセトアルデヒドが蓄積。二日酔いになる」


【理由2: 水を飲まない】

「第二の理由──日本酒を飲むとき、水を飲まない人が多い」

リナは新しいグラスに水を注いだ。

「ビールは自体が水分だから、ある程度水分補給になる。焼酎も、お湯割りや水割りなら水分が摂れる」

「でも日本酒は──」

「アルコール度数が高い分、体内の水分を奪うのよ」

「アルコールには利尿作用があるの。具体的には──」


アルコールの利尿作用:

抗利尿ホルモン(バソプレシン)の分泌抑制

腎臓での水分再吸収が減少

尿量増加

脱水症状


「脱水になると、血液中のアセトアルデヒド濃度が上がって、二日酔いが悪化するの」

「だから──」

リナは水を差し出した。

「お酒を飲むときは、必ず同量の水を飲むこと。これを『チェイサー』って言うのよ」


【理由3: おつまみの問題】

「第三の理由──おつまみの選び方」

リナはカウンターの上に、いくつかの料理を並べた。

「日本酒に合うおつまみって、何を想像する?」

「えっと・・・刺身とか、塩辛とか」

「そう。塩分が高いものが多いでしょ?」


リナは説明した。

「塩分の高いおつまみは、さらに喉が渇いて、お酒が進む。でも水は飲まない」

「結果、脱水とアルコール過剰摂取のダブルパンチ」

「しかも──」

リナは続けた。

「刺身だけ、塩辛だけ、みたいに、タンパク質や塩分に偏った食事になりがち」

「ビールの場合、枝豆、唐揚げ、サラダ、フライドポテト・・・いろんなものを食べるでしょ?」

「ああ、確かに」


【理由4: 飲む時の体調】

「第四の理由──これが一番大事なんだけど」


リナは真剣な表情になった。

「日本酒を飲むシチュエーションを考えてみて」

「シチュエーション?」

「そう。ビールはどんな時に飲む?」

「えっと・・・仕事終わりとか、暑い日とか」

「焼酎は?」

「晩酌とか、リラックスしたい時とか」

「日本酒は?」

「うーん・・・寒い日とか、疲れた時とか、特別な日とか・・・」

「そう。そこなのよ」

リナは指を立てた。

「日本酒は、体が疲れてる時や、寒い時、または宴会で盛り上がってる時に飲むことが多い」

「でも、疲れてる時や寒い時は、肝臓の機能も落ちてるの」


【肝臓の機能と体温】

「肝臓は、体の中の化学工場。いろんな酵素反応が起こってる」

リナは図を描いた。


肝臓の主な機能:

1. 解毒(アルコール、薬物、毒素の分解)

2. 代謝(糖質、脂質、タンパク質の処理)

3. 合成(血液凝固因子、アルブミンなど)

4. 貯蔵(グリコーゲン、ビタミン)


「これらの機能は、体温や血流、栄養状態に大きく影響される」

「疲れてる時は──」


疲労時の肝機能低下:

・血流低下 → 酸素・栄養不足

・グリコーゲン枯渇 → エネルギー不足

・酵素活性低下 → アルコール分解能力低下


「つまり、疲れた時にお酒を飲むと、いつもより酔いやすく、二日酔いになりやすいの」

「なるほどな・・・」

源さんは納得したように頷いた。


【焼酎が二日酔いしないという誤解】

「で、源さん」

リナは源さんを見た。

「焼酎なら二日酔いしないって言ってたわね?」

「ああ。実際、焼酎の方が楽な気がするんだよ」

「それはね──」


リナは説明した。

「焼酎を飲む時は、お湯割りや水割りで飲むでしょ?」

「ああ、そうだな」

「つまり、自然とチェイサーを飲んでることになるの。しかも、ゆっくり飲むから、ペース配分もできてる」

「一方、日本酒は冷やか熱燗で、ストレートで飲む。水も飲まない。ペースも速い」


「だから──」

リナは結論を述べた。

「焼酎が二日酔いしないんじゃなくて、焼酎の飲み方が、たまたま二日酔いしにくい飲み方なのよ」

「なるほど・・・!」

源さんは目から鱗が落ちたような顔をした。


【醸造酒と蒸留酒、結論】

「じゃあ、まとめるわよ」

リナは腕を組んだ。


「醸造酒(日本酒、ビール、ワイン)の特徴:

・栄養素が豊富で、アルコール代謝を助ける

・でも不純物も多く、風味が強い

・適量なら健康効果も期待できる

・飲みすぎると、やはり二日酔いする」


「蒸留酒(焼酎、ウイスキー、ブランデー)の特徴:

・不純物が少なく、比較的クリア

・でも栄養素もないので、代謝に必要な成分を食事で補う必要がある

・高級品は蒸留回数が多く、フーゼル油が少ないので二日酔いしにくい

・飲みすぎると、やはり二日酔いする」


「つまり──」

リナは強調した。

「どんなお酒でも、飲みすぎたら二日酔いするの!」

「醸造酒だから、蒸留酒だから、っていう問題じゃない。飲み方次第よ」


【日本酒の美点】

「でもね──」

リナは微笑んだ。

「日本酒が悪いわけじゃないのよ。むしろ、日本酒には他のお酒にない美点がたくさんあるわ」

「え、そうなの?」

健太が驚いた。


「当然よ。日本酒は、世界でも稀に見る高度な醸造技術で作られたお酒なんだから」


リナは新しい紙を取り出した。

「日本酒の製造過程を見てみましょう」


【日本酒の製造と栄養】

「日本酒は、米と水と麹から作られる」

日本酒の製造過程:


精米(外側を削る)

洗米・浸漬

蒸米

麹菌(Aspergillus oryzae)を添加

麹の酵素がデンプンを糖に分解

酵母(Saccharomyces cerevisiae)を添加

糖をアルコールと二酸化炭素に発酵

日本酒


「この過程で、非常に多くの栄養素が生成されるの」

「しかも──」

リナは付け加えた。

「焼酎にはこれらの栄養素がほとんど含まれてないのよ。蒸留で失われるから」


【適量とは】

「じゃあ、結局どのくらい飲めばいいんだ?」

「厚生労働省の指針では──」

リナは説明した。

「1日あたりの純アルコール摂取量は、男性で20g、女性で10gが目安」

「各お酒に換算すると──」


【適量の目安(男性)】

ビール: 中瓶1本(500ml)

日本酒: 1合(180ml)

焼酎: 0.6合(約110ml)※25度の場合

ウイスキー: ダブル1杯(60ml)

ワイン: グラス2杯(200ml)


「え、そんだけ!?」

源さんが驚いた。

「そんだけよ。それ以上飲むと、肝臓に負担がかかって、長期的には肝硬変や肝がんのリスクが上がるの」

「まじか・・・」


【リナ式・賢い飲み方】

「じゃあ、最後に、お酒の賢い飲み方をまとめるわよ」

リナは指を折った。


「ルール1: 飲む量を決める」

「適量を守る。日本酒なら1合、焼酎なら0.6合まで」


「ルール2: チェイサーを必ず飲む」

「お酒1に対して、水1。これを徹底する」


「ルール3: 食事と一緒に飲む」

「空腹で飲まない。タンパク質、炭水化物、脂質、ビタミン、ミネラル──バランスよく食べる」


「ルール4: ゆっくり飲む」

「肝臓がアルコールを分解する速度は、1時間あたり約7g。日本酒1合なら、3時間かけて飲むのが理想」


「ルール5: 体調が悪い時は飲まない」

「疲れてる時、風邪気味の時、睡眠不足の時──こういう時は、肝機能が落ちてる。お酒は控える」


「ルール6: 休肝日を作る」

「週に2日は、お酒を飲まない日を作る」


「・・・これ、全部守れる自信ねえな」

源さんは苦笑した。


【エピローグ】

その日の夜。

源さんは、リナに教わった通りに日本酒を飲んでみた。


1合の日本酒に、1合の水。

おつまみは、枝豆、冷奴、焼き鳥、刺身。

ゆっくりと、1時間かけて飲む。

「・・・うまいな」

不思議と、いつもより味わい深く感じた。


翌朝。

源さんは、すっきりと目覚めた。

頭痛もない。吐き気もない。

「本当だ・・・二日酔いしねえ」


その日の夕方、源さんは『ナツメ亭』に顔を出した。

「リナ、すげえよ。本当に二日酔いしなかった」

「でしょ? 魔法じゃない、化学よ!」

リナはにっこり笑った。


「醸造酒だから、蒸留酒だから、じゃない。飲み方次第なのよ」

「ああ。よくわかったよ」

源さんは照れくさそうに笑った。

「じゃあ今日も、教わった通りに飲んでみるか」

「それがいいわ」

夕暮れの『ナツメ亭』から、笑い声が聞こえた。

【今回登場した化学式と成分】


エタノール(C₂H₅OH): アルコールの正式名称

アセトアルデヒド(CH₃CHO): 二日酔いの元凶

酢酸(CH₃COOH): アセトアルデヒドの分解産物

イソアミルアルコール(C₅H₁₂O): フーゼル油の成分

イソブタノール(C₄H₁₀O): フーゼル油の成分

酢酸エチル(C₄H₈O₂): エステル類

アラニン(C₃H₇NO₂): 日本酒に含まれるアミノ酸

グルタミン酸(C₅H₉NO₄): 旨味成分

チアミン(C₁₂H₁₇N₄OS⁺): ビタミンB₁

リボフラビン(C₁₇H₂₀N₄O₆): ビタミンB₂

コハク酸(C₄H₆O₄): 疲労回復成分

クエン酸(C₆H₈O₇): 疲労回復成分

コウジ酸(C₆H₆O₄): 美白成分


【醸造酒と蒸留酒の比較】

【醸造酒】

製法: 発酵のみ

度数: 5〜15%

栄養: 豊富(アミノ酸、ビタミンB群、有機酸)

不純物: 多い(フーゼル油、糖類、色素など)

二日酔い: 飲み方次第


【蒸留酒】

製法: 発酵+蒸留

度数: 25〜40%以上

栄養: ほぼゼロ

不純物: 少ない(ただしフーゼル油は残る)

二日酔い: 飲み方次第

【リナ式・賢いお酒の飲み方】


適量を守る(純アルコール20g以下/日)

チェイサーを飲む(お酒1:水1)

食事と一緒に飲む

ゆっくり飲む

体調が悪い時は飲まない

休肝日を作る(週2日)


【注意事項】

本作品は、上記の科学的根拠に基づいたフィクションですが、実際の飲酒に関しては、以下の点にご注意ください:

飲酒に関する重要な注意


適正飲酒の目安


成人男性: 純アルコール20g/日以下

成人女性: 純アルコール10g/日以下

休肝日: 週2日以上



飲酒してはいけない人


未成年者

妊娠中・授乳中の女性

運転前・運転中

服薬中(特に睡眠薬、抗不安薬との併用は危険)

アルコールアレルギーの方

ALDH2欠損型の方(無理な飲酒は厳禁)


医療機関への相談が必要な症状


飲酒をコントロールできない

飲酒量が増え続けている

飲まないと落ち着かない

肝機能検査の数値異常

記憶障害、振戦などの症状


緊急時の連絡先

急性アルコール中毒の疑い: 119番(救急車)

アルコール依存症の相談:

各都道府県の精神保健福祉センター

アルコール専門医療機関

断酒会、AA(アルコホーリクス・アノニマス)


【伏木より】

この物語で紹介した化学式や代謝メカニズムは、実際の生化学・栄養学の研究に基づいています。しかし、物語の展開や登場人物はフィクションです。

「魔法じゃない、化学よ!」──この言葉に込めたのは、アルコールとの正しい付き合い方を、科学的に理解することの大切さです。


醸造酒も蒸留酒も、それぞれに特徴があります

「悪酔いする酒」は存在しません。飲み方の問題です

適量を守り、休肝日を作り、体調を考慮すれば、お酒は人生を豊かにします

しかし、過度の飲酒は健康を害し、依存症のリスクがあります


この物語が、お酒との健康的な付き合い方を考えるきっかけになれば幸いです。

科学の知識は、私たちの生活をより良くするための道具です。正しい知識を持って、賢く、楽しく、お酒と付き合いましょう。


【免責事項】

本作品の情報は教育・啓発目的であり、医学的アドバイスではありません。個人の体質や健康状態により、アルコールの影響は異なります。飲酒に関する具体的な相談は、医師や専門家にご相談ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ