人間関係
友情なんて薄っぺらいもの。
約束なんて馬鹿みたいなもの。
秘密なんてバラされるもの。
友達にならなければ、苦しい思いもしなくて済んだ。
秘密なんて教えなければ、相談なんてしなければ、約束なんてしなければ。
何も苦しいことなんてなかったんだろうな。
ずっと友達でいられたのかな。
こんな風に苦しい気持ちになるなら、辛い気持ちになるなら、人を信用しなければよかった。
◇◆◇
「うーん」
私、鬼頭遥菜は教室で一人、考え事をしながら絵を描いていた。
男子も女子も放課で遊びに行ったり、友達の席に行ったりしている中、私は一人で自分の席にいた。
クラスで仲がいい人はあまりいない。
中学生ってグループでみんな動くから孤立する人も増えてくるんだよね。
全体的に女子とは合わない。
同じ部活の女子もいるけど、あんまり好きじゃない。
「何描いてるの?」
そう言ってスケッチブックを覗き込んできたのは同じクラスの鈴木柚が、仲のいい人を連れて私の所へ来た。
この人、あんまり好きじゃないんだよね。
「イラストだよ」
「へー」
そう言って柚が私のスケッチブックの前のページを無許可でめくりだした。
私は急いでその手を払いのけた。
「勝手に見ないでよ」
私は優しめに言った。
険悪な雰囲気になるのは避けたい。
「何で?」
「見られたくないからだよ?」
私、この人のこういうところが嫌い。
勝手なことばっかり。
「見られなくないものは持って来なければいいじゃん」
「頼子……」
同じ部活の野崎頼子。
こいつは思った事を直球で言って来るから好きじゃない。
ちゃんと謝らないし、野外学習の時も「何するんだっけ?」と聞いたら「しおり見れば書いてあるじゃん」と言って来る。
しおり見ても分からないから聞いてるのにともう一人の子とブチ切れかけたのを今でも覚えてる。
他にも「一緒に帰ろ」と言って、準備しているのに先に行ってしまうとか。
何でこいつの周りに人がこんなに居るのか分からない。
「見られたくないものなら出さなければいいのにね〜」
「だよねー」
そう言って他の人達と笑っている。
腹が立つ。
顔面を思いっきり殴ってやりたい。
だけど、そんな事したら親に迷惑がかかる。
ただでさえ問題を起こして家に電話された事が何回かあるんだから。
私はスケッチブックを閉じて教室を出た。
「あれ、絶対腹立ってたよね」
「ねー。心狭いんじゃない?」
聞こえるように言ってるな。
私はイライラしながらトイレに行った。
決してトイレをするためではない。
一人で心を落ち着ける場所って他にないでしょ?
「はぁ……。腹立つ」
壁でもぶん殴ってやろうか。
いや、やめておこう。
去年、壁を蹴って足から血が出た事があるから。
性格が悪い奴が多いクラスだ。
よし、ある程度落ち着いたし戻るか。
教室に戻ると頼子とその他部員が私の所に来た。
「遥菜、最近さ美琴に冷たくしてない?」
「……は?」
美琴というのは最近関係が拗れてきてしまっている友達の名前だ。
「美琴が「最近遥菜が冷たいの。私何かしたかな」って言ってたよ」
「……」
「私もそれ聞いた〜。美琴ちゃん不憫だよね〜」
「美琴に何かされたなら言えばいいんじゃないの?理由も言わずに避けるなんてどうかしてるよ」
なに……それ……。
美琴が不憫?
何かされたなら言えばいい?
どうかしてる?
好き勝手言って。
これは私と美琴の問題でしょ?
頼子達が介入する所じゃないと思う。
「確かに私はちょっと避けてるけど、向こうも避けてるよ?」
「何言ってんの?そっちが避け出したって美琴が言ってたよ」
「全部美琴ちゃんのせいにしようとしてんの?」
「よくな〜」
話が通じない。
ここまで来ると腹が立つ。
全部美琴のせいにしようとしてるって言ってるけど、あんたらは全部私のせいにしようとしてるよね。
それに、さっきの美琴が言ってたっていう「最近遥菜が冷たいの。私何かしたかな」って言葉。
「私何かしたかな」って自分が被害者になれる便利な言葉。
別にそう思うのは構わないのよ。
それを人に言うから尚更腹が立つ。
しかもこいつらに言うとか。
「そういうわけじゃないよ」
「でもこの間、「美琴の事嫌いかも」って言ってたじゃん」
「……」
そういうのを人の前で言うのはどうなんだろう。
簡単に人前で言っていい内容じゃないと思うけど。
「だから美琴ちゃん落ち込んでたんだ〜」
は?
私、美琴に直接そんな事言ってない。
「言ったの?」
「何を?」
「美琴に私が嫌ってるって言ったの?」
「まぁね。気になってたみたいだし」
気になってたからってそれを本人に言うの?
私が美琴を嫌ってたよって言っていいの?
私が本人に言ったら絶対に私を責めるのに、あんたが言うのは許されるの?
「それってどうなの?美琴を傷つけてるのは私じゃなくて頼子じゃないの?」
「私は聞かれたから答えただけだよ。それが嫌なら少しは繕えば?」
こいつのこういう所が反吐が出る程嫌いなんだ。
自分は正しい事をしてます。
自分は悪くないです。
そんな態度がずっと癪に障る。
正論を言っているようで、全く正論じゃない。
人を守っているその言葉はいつも別の人を傷つける。
「これは美琴と私の問題でしょ?それに首を突っ込んで関係を壊してるのは誰?」
「私だって言いたいの?美琴の事、嫌いとか言っておきながら、都合が悪くなると誰かを悪者にするんだ」
「それをしてるのはお前じゃないの?私は嫌いとは言ってない!「嫌いかも」って言っただけでしょ?それを勝手に「嫌い」と解釈したのは誰?お前じゃん!」
そりゃあ、私にも悪い所はあったと思うよ。
人間関係が上手くいかない理由だって分かってる。
何とかしようと思った矢先、すぐこれだ。
授業三分前の音楽が鳴った。
頼子達は少し不機嫌そうに席に戻った。
こんなことなら相談しなきゃよかった。
◇◆◇
授業が終わり、部活の時間になると顧問が私の所に来た。
「遥菜、最近美琴と何かあった?」
「……何でですか?」
「美琴が「最近遥菜の様子が変なんです」って相談してきてさ」
美琴が……。
これで分かった。
美琴は私との関係が拗れている事を言いふらしている事を。
それも自分サイドの人間に。
「確かに最近気まずくて避けちゃう節はありますね。でも、特に何もありませんよ」
「そう。何も無いのに気まずいっていうのはよく分からないけど、早めに仲直りしないとね。美琴も悩んでるんだし」
美琴も悩んでるんだし……。
まるで私が悩んでないみたいに言われた気分だ。
この先生、美琴がお気に入りだったな。
「そう……ですね……」
どいつもこいつも美琴美琴って。
私の気持ちも言い分も何も考えてくれない。
友達が多いってこんなに有利になれるんだね。
◇◆◇
私は次の日、昨日の事があったから絵を描くのをやめていた。
代わりに読書をしている。
「遥菜」
頼子が私の机にまたやってきた。
昨日の今日でよく来られるな。
「今年何人泣かせた〜?」
「は?」
ニヤニヤしながらそう言ってきた頼子。
一学期に男子をからかい過ぎて泣かせてしまったけど、それ以降は周りに気を使っていたから誰も泣かせてないはず。
確信はないけど、私が知ってる限りではその人だけだ。
「一人だけど」
そう言うと、頼子は待ってましたと言わんばかりの顔で笑いながら言った。
「もう一人泣かせてるんだよ」
「誰?」
「え〜。言うなって言われてるしなぁ〜」
じゃあ何で言ったんだよ。
わざわざ私の所に来て、そうやって馬鹿にしたように笑いたかっただけなの?
言うなって言われてるなら泣かせた事も言っちゃ駄目じゃないの?
誰かって聞いても答えないくせに私の所に来て、はぐらかして。
正直、なにかしたなら謝りたいし改善したいから聞いたんだ。
それなのにそんな回答されてイラつかないわけがない。
そんな回答するなら最初から言わなきゃいいのに。
私に罪悪感でも植え付けに来たのだろうか。
知らないところで泣かれて、何で泣いたのか理由も分からないまま加害者にされて。
「性格悪いのは遥菜もそうじゃない?美琴の事で被害者面しまくるのも大概にね」
頼子は笑ってからどこかへ行った。
◇◆◇
「ただいま」
私は家に帰ってからも頼子の発言が気になって仕方なかった。
制服を脱いで部屋着に着替えてから自室へ向かった。
頼子、あの子は私の幼馴染だ。
保育園の時から一緒で、よく遊んでた。
けど、昔トラブルに巻き込んでしまってから関係が悪化した。
頼子とは話さなくなった。
中学に入学して、部活も同じになってまた仲良くなれたと思った。
でも、いざ現実を見るとこれだ。
都合の良いときに「私達幼馴染じゃん」と言う。
私が「幼馴染だから」と言うと「そんなに仲良くなかったじゃん」と言ってくる。
私は人付き合いが苦手だ。
口は悪いし、性格も悪い。
美琴の事は私にも悪い所があるって分かってる。
けど、それを周りにとやかく言われたくない。
美琴の周りの人が嫌い。
もう美琴も嫌いだ。
「嫌い」
口に出せたら楽なのに。
「大っ嫌い」
本人に言って、それで終わりにできたらいいのに。
「嫌い嫌い」
私にはそれができない。
だって。
私の味方してくれる人はいないから。
口に出せば口に出すほど涙が流れてくる。
「何で私はいつも人と仲良くできないのかなぁ」
何度も何度も人を信じた。
――遥菜ちゃん好きな人いるの?誰?
――誰にも言わない?
――言わないよ〜。私達親友でしょ?
信じて秘密を教えた。
約束をした。
でも、それで私は何度裏切られたことか。
――遥菜ちゃんの好きな人って誠也なの?
――え?な、何で?
――あの子が言ってたの。
何度も何度も人を信じようとした。
でも、結果はいつも同じ。
――遥菜ってラブレター書いたことあるらしいよ。あいつが言ってた。
――遥菜ちゃん、この間のテストでほとんど最下位だったみたいだよ。あの子が言ってた。
私の秘密を知っている人はいつもこう言う。
みんなあの子が言ってた、あの人が言ってた、あいつが言ってた。
あの子あの人あいつ、全部私の親友だった。
親友って何?
――遥菜、悩み事?よかったら聞かせてよ。
相談って何?
――遥菜ちゃんあの子の悪口言ってたらしいよ。
聞いた相談事って人に言うものなの?
――絶対に行こうね!約束!
約束って何?
――約束?あぁ、あったね。いつまでそんな約束引きずってんの?時効だから。
約束に時効なんてあるの?
友情なんて薄っぺらいもの。
約束なんて馬鹿みたいなもの。
秘密なんてバラされるもの。
「生きづらい世の中……」
生きづらい。
信じてた人にも裏切られる。
最初から信用しなければ、こんなに息苦しくなかったのかな。
信用されないことがどれだけ辛いか私は分かってる。
けど、もういいよね。
だって、信用できる人がいないんだもん。
私はベッドから降りた。
「もうやめだ」
無理に人を信じるのはもうやめた。
人を信じるから駄目なんだ。
私はもう、人を簡単には信じない。
◇◆◇
「遥菜、美琴の相談ならいつでも乗るからね」
クラスメイトが言ってきた。
私は微笑んだ。
「ありがとう」
絶対に話さないよ。
私が本当に信用できると思えるまではね。
みなさんこんにちは春咲菜花です!今回は青春あるあるを若干バッドエンド気味に書いてみました!遥菜が体験したことの一部は私の実体験です!書いてて腹が立ってきましたよ!特に野崎頼子は現実に存在します!地獄です!まぁ、それはさておき、今回の作品はどうでしたか?ぜひ教えていただけると嬉しいです!