第2話 Motorbreath/煙霧は消えない
「──綺麗だなんて、思った私が馬鹿だった……」
彼女は苛立ちと、呆れを胸に抱え、十字架の上から街を見下ろす。
そうなるのも、無理は無かった。
彼女が目を覚ますと、四肢は釘で打ち抜かれ、遠くには民衆のざわめきが広がっていたのだから。
生まれ変わった彼女にとって、それは屈辱の極みだった。
だが、苛立ちの理由はそれだけではない。
彼女と同じく、十字架に縛り付けられている者達……その様子が、どうにも、癪に障って仕方なかったのだ。
一人目は、誰かに謝りながら、雨粒を降らせるかのように、静かに涙を流している青年。
二人目と三人目の兄妹は、自分達の再会を、嬉しそうに語っていて、武勇伝までも、喜々として披露していた。
そして最後の四人目……主な原因はその者のせいと言っても過言では無かった。
何せ、「オルフ様よ!私に賛美なる恵みを与えてくださいませ!」と、人語と言うには怪しい言葉を延々と繰り返していたのだから。
もはや地獄とも言えるような処刑場であったが、ある者によって、一筋の光が差し込んできた。
筋肉美の化身、と褒め尽くせるほどの漢が民衆を押し退けていき、処刑場の手前に現れたのだ。
その場で唯一、光り輝いていた漢は、正義の象徴でもあるかのように、彼女らに向かって叫んだ。
「運命に縛り付けられた憐れな者達よ!よく聞け!今から貴様らを……解放する!」
その発言に民衆は「またか」とでも言いたそうな目で彼を見る。
それと同時に、処刑場を巡回するロボット達が警戒態勢を取り始める。
そんな様子を漢は察したようだったが、それでもなお、構わずに叫んだ。
「良いか!この数多の機械が反撃したところで、私の能力には絶対に敵わない!だから──」
「何が解放、だ。」
先ほど、静かに泣いていた青年は突如、漢の叫びを遮った。
その声は、青年にしてはどこか、憂鬱で、希望の欠片すらないトーンであった。
そんな様子は、彼女の心を鼓舞させた。
そして、彼女は意図の分からぬ笑みを浮かべ、こう呟いた。
「イエスみたいな人ね……」
青年は彼女の方に一瞬、目を向けたかと思うと、直ぐに前を向き、漢に向かって言い放った。
「……良いか、よく聞け。俺の弟はな……さっきまでいた世界で、皆を"解放"しようとしてくれてたんだ。」
「でも結果はどうだ?俺がいた世界は炎に包まれて俺だけが生き残っちまった、そう俺だけが、だ!」
青年は怒りを顕にして、叫ぶ。
「力を持った奴でもこんな様になっちまったっていうのに、お前は何だ?ただのヒーローごっこをやりたいだけか?それとも、マリアの真似事でもしたいだけなのか?ハハッ、どちらにしても傑作だな!」
青年の叫びが、空気を張り詰めさせる。
民衆も、縛り付けられた者たちも固まっている。
しかし、漢は青年をただ見続け、拳を力強く握りしめると、静かに語り始めた。
「前世の私は……ただのしがない奴隷だった。知恵も無く、倫理も持ってすらいない……自身が何者かすらも考えたことは無かった、ただの道具だったのだ。」
「だが、そんな私はある日、倫理を手にした。手にした、と言っても悲惨なものだったが……」
「……奴隷解放の最中、私の仲間は全員死んだ。私が判断を誤ったせいで、な。」
「……お前の過去話なんて、誰も聞いてない。そもそも、釘を外したところでお陀仏なのは目に見えてるだろ?」
「……そうか、分かったぞ!さてはお前、中世の頃の人間だったろ?」
「いや、猿人の間違いだったな。そうじゃなきゃ、"猿ども"を解放できないからな、ハハッ!」
青年は口から放たれる無意味な羅列を、漢に投げ掛ける。
しかし、一見、冷徹な言葉をぶつけられているにも関わらず……漢の眼は、輝きを失っていなかった。
「青年よ。」
「私は、貴様がどれ程の思いを持って、言葉……いや、悲鳴を出しているのかは、全く分からない……」
「……だが!分からぬとしても!私は貴様を救いたい!いや!必ず"救う"!その縛り付けられた"運命"からな!」
「よって、先ほども言ったように──"君"を、解放する……!」
そう言ったと同時に、漢は迅雷の疾さで処刑場に向かって行き、こう叫んだ。
「青年よ!よく見ておけ!私の信念の結晶であり、能力でもあるこの、偉大なる盾の力を!」
「《攻守一体の不沈艦》(アーマークラッドフェイス)!!」
そう言い放った漢の掌には、"人間"の手では到底持ち切れぬ程の巨大な凧型の盾が顕現し──
ギィィィィィン!
地面に盾が擦れた音と同時に、巨盾の先端は赤く染まり、刃のような鋭さを増した。
それを待っていたかのように、1体のロボットがチェーンソーを体内から解放し、攻め寄って来たが──
漢は巨盾で軽々と吹き飛ばし、余りの衝撃に耐え切れなかったロボットは、大きな爆発音を叫んだ。
その爆発音に呼応するかのように、ロボットの大群が押し寄せて来る。
だが、この巨盾は攻守一体である。
漢は先端の刃で機械の体を切断し、破爆させていった。
そんな矛とも言える盾を前に、彼女と兄妹は笑いながら──談笑していた。
どうやら、この荒れ狂う処刑場で、気が合う相手を見つけたらしい。
しかし、青年の見る目は違っていた。
火花を散らせる姿……一切の傷跡がない背中……その漢の姿全てが、青年の弟のようであった。
そして青年はとうとう……流さぬようにしていた雫を津波の如く、溢れ出し始めた。
その様子を見た漢は、彼に向けて、ほんの少しの笑みを浮かべ──
──漢の胸には、"弾丸"によって開けられた、風穴が在った。
青年は一瞬、何が起こったのか分からなかった。
青年にとって、あの巨体がただの弾丸一発で沈むなどとは到底思えなかったのだ。
だが、現実は非情であった。
漢の目が輝きを失う前に……漢の身体は突然、崩壊し初めた。
そして最終的に、漢の死体だった物は……紫光の"核"だけとなった。
ロボットは雑務のようにその核を回収し、再び巡回を始めた。
民衆は突然の出来事に、部外者を見つめながらざわつき始め、青年は地面が擦れた跡の煙霧を呆然と眺めていた。
しかし、その部外者は周囲を気にすることもなく、真っ直ぐに彼らを見据えて、こう言った。
「せっかく、喜劇を楽しんでた君たちには悪いけど……"僕達"の計画に協力してもらうよ。」
その一言に、彼女と兄妹は思わず「は?」と声をそろえた。
何しろ、その部外者は──1人だけだったのだ。
「……貴方も……あいつみたいにキメてる奴なの?」
彼女が質問すると、部外者はこう答えた。
「……おっと、すまないね。たまに能力のせいで頭のネジが外れるんだよ。」
「でも安心して、僕が浸かってる"薬"はこっちの方だから。」
部外者は白い封筒を見せつけるかのように、薬指と親指を挟んでぶら下げる。
「……あんた……昔のアーティスト気取りでもしてるつもりなの?」
彼女が呆れながら言うと、部外者は少し微笑みながら言った。
「……なんて、ちょっとした冗談だよ。本当の事を言うと、僕──いや、僕達には"独自"の言語があってね、たまに自分の言ってることが分からくなるんだよ。」
それを聞いて、兄妹の妹はぽつりと、しかし、興奮気味な声でつぶやいた。
「あいつ……私よりヤバそうじゃん……!」
彼女はそんな妹の姿を見て、先ほどまでの愉しみを取り戻したようで、再び部外者に質問を投げ掛けた。
「……で?あんた"たち"の計画って、何をするつもり?」
「それはまぁ……君たちを解放してからの"お楽しみ"ってことで。」
「はぁ……分かったわ。私はあんたの計画に協力する。……貴方たちはどうするつもり?」
兄妹は両者共に、激しく頭を前に振った。
しかし、その他の者らはただただ、空を、地を、見つめていただけであった。
その様子を見た部外者は、「それじゃあ、交渉成立ってことで。」と言い、再び、あの漢を撃ち抜いた拳銃を取り出した。
そして、ロボットに"弾丸"を贈った。
その弾丸の軌道は、あの"青い原子"のような物を纏いながら飛翔していき──
──ガギン。
無慈悲にも、弾き返された金属音だけが、処刑場に響き渡った。
誰もが、軽蔑した目で、部外者を見つめる。
そんな中でも、彼らだけは──
……意味不明な言葉の羅列を呟き続けていた。
タイトルの元ネタ曲
「Motorbreath」/Metallica
https://open.spotify.com/track/6RqEJvpEzzlwj8g0wKG1ln?si=HJktWDUTQDKfRSR8FrCxiA
アーマークラッドフェイスの元ネタ曲
「Armor-clad Faith」/Naoki
https://open.spotify.com/track/3YOYsHhwqEoCkjosLZCcZO?si=fzm7tjL0TfKUF-O0twxICg