第9話完成と崩壊
完成した――。
レコーディングルームのモニターから流れる自分の声に、私は少しだけ震えていた。
陸と一緒に作り上げた曲。
私の言葉、私の感情、私の願いが、ちゃんと音になって届いている。
「……完璧だ。もう、これでいい」
陸が呟いた。
「これなら……きっと誰にでも届く」
「ほんとに?」
「ほのかの声はさ、聴く人の胸を直接叩く。綺麗で、まっすぐで、少しだけ泣きそうになる」
「それ……最高の褒め言葉」
私は笑いながら、そっと彼の隣に座った。
レコーディングの帰り道、これまでと違って妙に沈黙が心地よかった。
だけど、心のどこかで、ずっと引っかかっている。
――彼はまだ、“美咲さん”と曲を作っている。
それが気になる。仕方がない。
それでも、聞けない。
だって、怖い。
「……ほのか。もしライブが成功して、曲がヒットしても、急に冷たくなったりしない?」
「……そんなこと、するわけないよ」
「そっか。よかった」
――そう。
彼の“好き”は、まだ私に向いていない。
でも、私は――
「陸くん」
そう言って、私はそっと彼の手に触れた。
だけど彼は、微かに驚いたように指先を退けた。
「……ごめん。今、まだ中途半端な気持ちじゃ触れたくない」
それは、優しさだった。
だからこそ、少しだけ苦しかった。
ライブ当日。
ステージ袖で、スタッフが慌ただしく走り回っている。
「マイクのチェック完了しました!照明入ります!」
「リハーサル音源、最終確認お願いします!」
私は、深呼吸して心を落ち着ける。
陸が作ってくれた衣装は、少し照れるくらい可愛かった。
白を基調にしたシンプルなドレス。
だけど、胸元には薄いピンクの刺繍が入っている。
「“君の声は、春の花みたいに咲くから”って、意味だって」
陸はそう言って笑ってた。
――ああ、ほんと、ずるい人。
気持ちに応えてくれないくせに、ちゃんと私を見てくれてる。
「……行ってきます」
ステージに出る前、私は静かに呟いた。
会場のライトが落ち、歓声が波のように押し寄せる。
「それでは、新曲『春花』、聴いてください」
イントロが流れた。
客席の光の中に、彼の姿が見えた。
目が合う。
その瞬間、全ての不安が消えた気がした。
私の声は、彼に届いている。
――そう信じて、歌った。
ライブ後の楽屋。
拍手と笑顔に包まれた空間。
だけど、控え室に入ると、空気が一変した。
スタッフがざわついていた。
「ほのか、携帯見た?」
「え……?」
私のスマホには、通知が大量に届いていた。
「炎上」「過去」「裏切り」
そんな単語が並んでいる。
恐る恐る開いたSNSのトレンドには、私の名前と“暴露”という文字が並んでいた。
《人気急上昇中のアイドル・桜井ほのか。裏では作詞作曲家の少年と“秘密の関係”?》
《過去に問題行動? 学校でのトラブル写真流出か》
――冷や汗が背筋を伝う。
「何……これ」
陸が、扉を開けて入ってくる。
「……聞いた。さっきのライブの直後に拡散されたみたいだ。SNSだけじゃなく、ネットニュースにも」
「なんで……? 誰が……?」
「分からない。でも……写真は、明らかに盗撮だ」
画面に映っていたのは、放課後、陸と二人で歩く後ろ姿。
顔はぼかされていたが、衣装や髪型から一目で分かる。
「ごめん。俺のせいだ。俺がもっと気をつけてれば……」
「違う……違うよ……っ」
声が震える。
こんな形で、彼との関係が世間に晒されるなんて。
それだけじゃない。事務所にとっても大問題だ。
ノックの音と共に、マネージャーが入ってきた。
「……緊急会議だ。とにかく、本人コメントを控えて静観しろってさ」
「……」
何も言えなかった。
さっきまでの拍手と歓声が、遠い夢みたいだった。
その夜。
事務所からの帰り道、陸と並んで歩く。
沈黙が重くのしかかる。
「……もう、私……ダメかも」
「そんなことない」
「ファンに裏切ったって思われて……事務所からも信用なくして……」
「でも、俺は信じてる。ほのかが、自分の気持ちにまっすぐだったことも、嘘をつかなかったことも」
彼の声は、やっぱりあたたかかった。
でも――
「陸くん……お願いがあるの」
「なに?」
「……私、あなたと距離を置きたい」
「……っ」
「今は、感情じゃなくて、ちゃんとプロとして立ちたいの。あなたの作った曲が、私の歌が、誰の目にも“まっすぐ”に届くように」
彼は目を伏せたまま、しばらく黙っていた。
「……わかった」
「ありがとう。私、絶対負けないから」
その夜、私は泣かなかった。
泣く時間があるなら、次に進む。
そう決めたから。