第7話揺れる気持ちとライバル登場
「久しぶり、陸。……相変わらず、猫背だね」
その声を聞いた瞬間、背筋が伸びた。
事務所のエントランスで待っていたのは、一人の女性。
長い黒髪を束ね、洗練された雰囲気をまとった彼女の名前は――
「美咲……」
「覚えててくれてよかった」
彼女は、俺が中学の頃に組んでいた音楽ユニットの元相方だ。
天才的な作曲センスを持ち、俺に音楽の厳しさと面白さを教えてくれた存在。
……そして、突然いなくなった人でもある。
「なんで、ここに?」
「所属決まったの。この事務所に。今日からよろしくね」
「え……?」
その瞬間、頭の中で警鐘が鳴った。
彼女がこの世界に戻ってくるとは、まったく想像していなかった。
「じゃあ、後でね。オーディション、がんばって」
そう言って、美咲はヒールを鳴らして奥へと消えていった。
―
午後。
会議室で行われたミーティングでは、美咲が新たに発表される大型新人として紹介された。
作詞作曲も手がけ、セルフプロデュースで勝負するという。
その説明に、俺の隣でほのかが少しだけ視線を落としたのを、見逃さなかった。
「同い年なんだって、あの人」
「うん……そうみたいだな」
「元カノ?」
「違うけど……昔、一緒に音楽やってた」
「そっか」
それ以上、彼女は何も聞いてこなかった。
だけど、ほのかの瞳にわずかな不安が宿っていることに、俺は気づいていた。
―
数日後。
音源の最終確認と、ライブのセットリスト案を話し合うため、俺は事務所のスタジオに呼ばれた。
すると、そこに先に来ていたのは――
「……美咲?」
「やっぱり来たね。話したいことがあったの」
スタジオのソファに腰掛ける彼女は、懐かしい空気を纏っていた。
「この間のデモ、聴いたよ。君、変わったね」
「……そりゃ、昔とは違う」
「でも、歌に迷いが出てた」
「……!」
「誰かのために曲を書こうとすると、迷うよね。特に、気になる相手なら」
図星だった。
彼女は微笑むと、俺の手元にノートを差し出した。
「これ、君と最後に作った未完の曲。あのときは、どうしても完成できなかった。でも――」
「……今なら、書ける?」
「たぶんね。でも、君の“今の声”が必要」
「……なんで、戻ってきたんだ?」
「簡単よ。陸に、もう一度会いたかったから」
冗談のように言うその一言が、やけに重かった。
―
夕方、学校帰りのほのかと会った。
レコーディングの余韻が冷めきらず、どこかぎこちない雰囲気だった。
「美咲さんと……何、話してたの?」
「昔作った曲の話。未完だったのを、今なら完成できるかもって」
「そっか……完成させるの?」
「……迷ってる。けど、彼女は俺にとって、音楽を始めた原点だったから」
ほのかはしばらく黙ってから、ぽつりと呟いた。
「私ね、わかってた。いつか陸くんには、音楽を通じて誰か特別な人が現れるんだって」
「……ほのか?」
「でも、負けたくない。たとえ音楽の才能じゃ敵わなくても、私は私の声で、陸くんに届きたい」
そう言った彼女の瞳には、強い意志が宿っていた。
「……期待してるよ。ほのかの声は、もう誰にも真似できない」
俺はその手を、そっと握った。
まだ答えは出ない。
でも確かに、心は動き始めていた。
美咲と過ごした過去。
ほのかと描きたい未来。
その狭間で、俺の心は揺れていた。