第4話ヒロインは、めんどくさい。
「おーい、陸。久しぶり!」
声をかけてきたのは、俺の中学の同級生・佐伯美咲だった。
「え、美咲?なんでここに――」
「転校してきたの。今日からこの学校に。まさか陸がいるなんて、びっくりだよ!」
そう言って、無邪気に笑う彼女。
彼女とは中学のとき、一緒にバンドを組んでいた。俺がギター、美咲がボーカル。音楽の趣味も合っていて、何となく気まずくなることもなく、自然に一緒にいた記憶がある。
「へえー、音楽室、まだ使ってるんだね。相変わらず真面目」
「お前も変わらないな、元気そうでよかったよ」
「うん、元気。あ、あとで時間ある?少し話したくて」
「え? まあ、大丈夫だけど……」
そんな会話の最中――
「……誰、それ?」
背後から、冷たい声がした。
「えっ、ほのか!?」
立っていたのは、制服の上にパーカーを羽織った“普通の女子高生”の姿のほのか。
だけどその目は、完全に“芸能界の修羅場を見てきた女”のそれだった。
「え、えっと……この子は中学の同級生で、美咲って言って――」
「へえ。中学の頃の“バンド仲間”ね。なるほどなるほど」
「いや、なるほどって……」
「……あなた、彼女?」
いきなり核心を突いたその問いに、美咲は驚いたように目を瞬かせた。
「え? 陸の彼女ってこと? ちがうちがう!そんなのじゃないよ!」
「じゃあ、なんでそんな親しげなの?」
「いや、それは昔の仲間だからで……」
「ふぅん……でも私は、今“彼”と一緒に曲作りしてるの。つまり、音楽的なパートナー。そういう関係なの。わかる?」
「う、うん……なんか、ごめん……?」
「……ほのか、お前ちょっと言い方が――」
「なに? 私、何か間違ったこと言った?」
間違ってはない。間違ってはないけど、トゲがすごい。
鋭利すぎて、聞いてるこっちが出血しそうだ。
美咲は苦笑いしながら「また今度話そうね」と小さく手を振り、音楽室をあとにした。
ドアが閉まった瞬間――
「……陸くんって、ああいうタイプが好きなの?」
「は?」
「ほら、なんか清楚系で、気配りできて、昔からの付き合いとかそういうのが強みの……」
「いやいや、そういう話じゃなくて。美咲とはただの友達だって」
「ふーん、でも“ただの友達”とあんなに自然に話せるのね」
「……ちょっと機嫌悪くない?」
「悪くない。別に」
完全に悪いですこの人。
「ほのかさ、もしかして――」
「何?」
「嫉妬してる?」
「……してない」
「してるよな、絶対してるよな」
「してないって言ってるでしょ!」
耳まで真っ赤じゃないか。
「……でも、ちょっとイラっとしたのは本当。だって私、あなたの曲だけを信じてここまで来てるのに、いきなり他の女が出てきたら、そりゃいい気はしないよ」
「……ごめん。でも、何もないって信じてくれよ」
「……うん。信じる。でも、お願いがあるの」
「お願い?」
「私以外の女の子に曲、書かないで」
「……え?」
「陸くんの曲って、すごく心がこもってる。それを、他の誰かに向けられるの、私、たぶん耐えられない」
「……それって、仕事の話じゃないよな?」
「さあ? どっちだと思う?」
彼女は、俺の目をじっと見つめてきた。
ふざけているようで、本気。
その目の奥には、独占欲という名の感情が、静かに燃えていた。
「……わかった。今は君のためだけに、曲を書くよ」
「ほんと?」
「うん。今は、君のためだけの音楽を作りたい」
その言葉に、ほのかはようやく機嫌を直したように笑った。
「じゃあ今日も、よろしくね。パートナーさん?」
「はいはい、こちらこそ」
笑って返したその胸の奥で、なにかがきゅっと締め付けられる気がした。
――この気持ちは、作曲家としての感情じゃない。
そんなこと、もうとっくに気づいてた。




