第2話ヒロインは、めんどくさい。
「……君さ、本当に高校生?」
控室のソファに座り、ペットボトルの水を口にしながら、ほのかが俺を見つめる。
「それ、さっきから三回目。年齢確認ならもう済んでるよ」
「ううん、そういう意味じゃなくて。なんていうか……あんな曲を書いて、あんな行動して、落ち着きすぎてるっていうか、なんか腹立つというか」
「素直に褒めてくれていいんだけどな」
「褒めてないよ、むしろ警戒してるの」
「え?」
「私、そう簡単に人を信用しないから」
この子、めんどくさいな――。
それが、俺の率直な感想だった。
ライブの騒動から一夜明けて、なぜか俺はほのかの事務所に呼ばれていた。
理由は簡単。「昨日の騒動の件、本人からお礼がしたい」とのこと。
でもその割には、彼女はずっと不機嫌そうな顔をしていた。
「君さ、昨日のこと覚えてる?俺が助けた時、あんまり驚いた顔してなかったよな」
「え? してたでしょ? すっごい驚いてたよ、内心では」
「……内心?」
「そう。私って、顔に出にくいタイプなの。アイドルだから。プロ意識ってやつ」
「そっか。じゃあ、いまのその睨み顔も、プロ意識ってこと?」
「それは本気で睨んでる」
「こわっ!」
でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、こうやってズケズケと本音をぶつけてくる彼女に、俺はどこか惹かれ始めていた。
「でもさ、昨日ああやって君の前に飛び出したの、本当に偶然なんだよ。誰かが助けなきゃって思っただけで……」
「ふーん。ヒーロー気取りってやつ?」
「……そう思うなら、それでもいいよ」
「……冗談だよ。助けてくれて、ほんとうにありがとう」
さっきまでの刺々しさが、急に消える。
まるで気まぐれな猫みたいに、彼女の感情はくるくると変わっていく。
「それでさ、昨日のことがあって、私ちょっと思ったんだ」
「何を?」
「――もっと、あなたと一緒にいたいって」
「……は?」
「勘違いしないでね?恋愛とかじゃなくて。仕事の話。曲の話」
「あ、そっちか……」
「なに、そのガッカリした顔」
「してない。してないけど!」
俺は慌てて顔を逸らした。
「昨日の曲、すごく良かった。私の気持ちにぴったりで。これからも、あなたに私の曲を書いてほしい」
「それは、嬉しいけど……いいの?俺、まだ無名だし、プロでもない」
「でも、私にはあなたの曲が一番響いた。だから、事務所にはもう言った。『今後のメイン作家は彼で』って」
「マジかよ……」
急展開すぎて、頭が追いつかない。
でも、それだけじゃ終わらなかった。
「ついでに、私のマネージャーにも言ったの。『これからのスケジュール、できるだけ彼と一緒に動くように』って」
「待て待て待て、それはおかしいだろ!?」
「うるさい。私がそうしたいの。だから、あなたはそれに従って」
「……アイドルって、そんなにワガママ言える職業だっけ?」
「トップアイドルならね」
どや顔で言うな。
しかも、妙に説得力があるのがまた腹立つ。
「それに、私はあんまり他人に心を開かないから、こうやって素を見せてる相手って、少ないの」
「……それは、ちょっと嬉しいかも」
「でしょ?だから、あなたもちゃんと責任持ってね」
「責任って?」
「私の感情を刺激したんだから、最後まで面倒見てよ」
「だから、それはどっちの意味なんだよ……」
彼女のペースに巻き込まれっぱなしで、気づけば日が暮れ始めていた。
でも、そんな彼女が、ふと真剣な表情になる。
「……ねえ、陸くん。ひとつだけ、約束して」
「何?」
「もし、私がアイドルじゃなくなっても――私のこと、見捨てないでね」
「……?」
「なーんてね。冗談。今のナシ」
そう言って彼女は立ち上がり、背中を向ける。
でも、俺は気づいていた。
その背中が、ほんの少しだけ、震えていたことに。
「……わかったよ。約束する」
「え?」
「君がどんな立場になっても、俺は――君の歌を書くよ。ずっと」
その言葉に、彼女は小さく「ふふ」と笑った。
「じゃあ決まりだね。これから、よろしくね――陸くん」
その時の彼女の笑顔は、アイドルのものじゃなかった。
素の、一人の女の子の顔だった。
そして俺は、気づき始めていた。
この子との関係は、音楽だけじゃ終わらない――
そんな予感が、胸の奥で静かに鳴っていた