エピソード。 8: 人間性を持ち続けることは、半分人間で半分獣の子供にとって助けになりますか?
ランク上げの試験を受けてから、六日が過ぎた。俺の冒険者プレートは銅色から青銅色に変わっている。この世界では、その小さな金属片が「ゴミ」として扱われるか「敬意」を払われるかを決める。俺は召喚されて以来、初めてと言えるほどの穏やかな気持ちで王都のメインストリートを歩いていた。
その日は、どんな依頼も受けないと決めていた。クラリッサの前で下手なフリを演じ続けた体は休息を欲しており、システムの監視から離れる時間が必要だった。気分は最高だった。今まで見たことのない路地裏を探索し、屋台の食べ物を買い漁った。鹿肉を使ったスパイシーな串焼きから、口の中でとろけるような甘いパンまで、存分に堪能した。
日が城壁の向こうへ沈み始める頃には、腹がはち切れそうだった。だが、それは満足感のある疲れだった。しかし、自然の光が消え去るにつれ、街は別の顔を見せ始める。魔導ランプが一つ、また一つと灯り、街路は不気味に伸びる影と、黄色い光に包まれた。
俺は宿への近道として、細い路地に入ることにした。その時だ。鼻をつく臭いが、すべてを一変させた。食べ物の匂いではない。それは、絶望と不潔が混ざり合った、鉄臭く腐ったような臭いだった。
「……なんだ、これは?」
俺は足を止めた。狭く汚れた路地の真ん中に、小さな影がうつ伏せで倒れていた。子供だ。大きさからして、九歳か十歳そこらだろう。ボロボロになったリネンの服からは、痛々しいほどに浮き出た肋骨が見える。脚は泥と瘡蓋で覆われていた。
俺の中の生存本能――日本でも、そしてこの世界でも俺を生かしてきたその本能が警鐘を鳴らす。『関わるな、ケンジ。助ければリスクになる。この街にはこんなガキは腐るほどいる』。
俺は無視して一歩踏み出した。子供の呼吸音が聞こえる。弱々しく、喘ぐような息。肺が限界であることを示す、ひゅーひゅーという乾いた音が混じっている。十歩歩いた。さらに五歩。角を曲がろうとしたその瞬間、泥を握りしめた子供の小さく汚れた手のイメージが、脳裏に焼き付いて離れなかった。
「……クソが」
俺は毒づき、来た道を引き返した。
★★★
しゃがみ込んで、その体を仰向けにする。顔を見た瞬間、俺の指先が凍り付いた。ただの人間ではない。もつれた茶髪の間から、小さく毛深い耳が突き出していた。今は傷つき、力なく垂れ下がっている。亜人――獣人の子供だ。この王国において、彼らは単なる「ゴミ」として扱われる。
息があることを確認した。消え入りそうな灯火だが、確かにまだ燃えている。
「このまま放っておけば、夜明け前に死ぬだろうな」俺は、彼に理解できないと分かっていながら呟いた。「寝る前に、あんな光景を思い出したくないんだよ」
俺は子供を抱き上げた。あまりの軽さに鳥肌が立った。まるで枯れ木の枝を束ねて持っているかのようだ。目立たないように外套の下に隠し、急いで宿へと向かった。宿に入ると、いつも笑顔で迎えてくれる店主が、俺の腕から覗く素足と獣の耳を見て表情を強張らせた。
「怪我をしている。……部屋を一つ、貸してくれないか。頼む」
俺は店主を真っ直ぐに見据えて言った。男は嫌悪感を露わにしながらも、俺の願いを受け入れた。だが、その瞳には深い迷いが見て取れた。どうやらこの王国において、亜人を助けることは犯罪に等しい行為らしい。店主は空いている部屋を指差し、俺はそこへ上がった。
★★★
清潔なベッドに子供を横たえた。白く柔らかなシーツと、痣や火傷、汚れにまみれた子供の体が、ひどく残酷な対比をなしていた。俺は椅子の背もたれに体を預け、苦しそうに上下する胸を見守った。この子の姿を見ていると、この世界がいかに過酷であるかを改めて思い知らされる。
数時間後、子供が身悶え始めた。瞼が震え、やがて開かれる。その目は大きく、暗闇の中で琥珀色に輝いていた。
「……気分はどうだ?」
俺は適度な距離を保ちながら声をかけた。
声を聞いた瞬間、子供の反応は劇的だった。助けられたことを喜ぶどころか、剥き出しの恐怖を見せたのだ。怪我をしているとは思えない敏捷さでベッドから飛び退くと、壁際に追い詰められた獣のように、歯を剥き出しにして唸り声を上げた。
「落ち着け。殴りゃしない」俺は武器を持っていないことを示すために、両手を広げて見せた。「路地裏で倒れていたお前を連れてきただけだ。出ていきたければ勝手にしろ。鍵はかかっていない」
子供は固まった。やがて唸り声が止まり、代わりに制御不能な震えが彼を襲った。
「……なんで……人間が……助けるの?」
枯れた、掠れたような声だった。
「さあな。自分でも納得のいく答えは持っていない」俺はいつもの冷徹な口調で返した。「いいか、そこにいろ。飯を持ってきてやる。噛み付こうとしたら、その瞬間に表へ叩き出す。分かったか?」
俺は下の階へ降り、トレイを持って戻ってきた。具だくさんの野菜スープ、柔らかなパン、そして水の入った水差しだ。それをベッドの上に置くと、漂ってきた匂いが子供の最後の理性を断ち切ったようだった。彼は皿に飛びついた。それは「食事」というより、飢えた獣が生命を維持するための執念だった。
「名前はあるのか?」落ち着いたのを見計らって尋ねた。
「……レイ」汚れた足元を見つめたまま、彼は呟いた。
「レイか。俺はケンジだ。……ここに残りたければ居ればいい。だが、行きたければ行け。お前の人生だ、好きにしろ」
俺は振り返らずに部屋を出た。外の空気が吸いたかった。彼を助けたことで、この世界で最も感じたくなかった感情――「責任」という重みを、感じ始めていた。
★★★
閉ざされたドアを、レイはじっと見つめていた。空気を嗅ぐ。ケンジという人間の匂いは、今まで会った誰とも違っていた。憎悪も、奴隷商が自分たちを叩く時に見せる残酷な興奮も感じられない。雨上がりの森のような、どこか無機質で静かな匂いだ。
レイはベッドの上で体を丸めた。記憶にある限り、こんなに柔らかいものが体に触れたのは初めてだった。シーツからは清潔な匂いがする。




