表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

 俺は内心胸をなで下ろしていた。

 己の暴走はまったく想定外のことであり、俺自身が激しく戸惑っていたからである。

 煽ったはいいが、その後のことは一切考えていなかった。

 俺はドリンクを手に取り、乾いた喉へと流し込んだ。


 その後は、和やかに時が過ぎていった。

 真朱も蒸し返すつもりはないようで、俺も気にしないフリをする。そのうち、自然な流れで進路や将来の話になった。

「雄星は東京の大学を受験するんだよな」

「うん。とーちゃんも向こうにいるから」

「じいちゃん一人になっちまうの?」

「近くに住んでる叔父さんが、じいちゃんの様子を見てくれるって。俺も出来るだけ帰ろうと思ってるし」


 生まれてすぐに母を病気で亡くした俺が、父に連れられてこの土地にやって来たのは、もう十五年も前のことだ。もちろん記憶などない。祖父母と父と俺の四人。俺の中では、それが当たり前の家族の姿だった。

 中学一年の時に父の東京への転勤が決まったが、俺はここに残ることを選択する。祖父母はまだ元気だし、野球もしたいし、友達もいるし……というなんとも子供っぽい理由だったような気がする。

 とはいえ、ここに残る選択をしたことは悔やんではいない。少なくとも、祖母の最期を看取ることができたのだから。


「つか、当のじいちゃんが独り立ちしろってうるせぇんだよ。だから、お望み通り旅立ってやろうと思って」

「権蔵じいちゃん豪気だもんなぁ」


 それでも、祖母が亡くなって暫くは仏壇の前で肩を落としていた。その小さな後ろ姿を見て、幾度となくいたたまれない気持ちになったものだ。


「ばあちゃんは高校に入る前に亡くなってるんだっけ」

「うん。中三の四月。急だったな。心筋梗塞で」


 居間で倒れていた祖母を見つけたのは俺だった。

 帰宅し、ビクとも動かない祖母を見て直ぐじいちゃんに連絡した。救急車も呼んだ。警察も来た。

 祖母が居なくなったという実感も持てないまま、慌ただしく過ぎる日々。

 ようやく日常に戻ったかと思われた時、突然と、罪悪感に襲われた。


 ――そう、あの日に限って、俺は寄り道をしてしまったのだ。

 公園で草野球に興じていた友人に誘われ、1イニングで終わるつもりがつい3イニングもバッターボックスに立ってしまった。部活以外の場所でやる野球が思いのほか楽しくて、夢中になってしまったのだ。

 もし、友人の誘いに乗らなければ。

 1イニングで済ませておけば。

 俺がもっと早く帰宅していれば。

 ――祖母は命を落とさなかったかもしれない。

 その後悔は、毎夜悪夢となって俺を苛むようになる。

 受験のプレッシャーと悪夢による寝不足で、俺は日に日に追い詰められていった。

 しかし、誰にも相談は出来なかった。

 そんな状態で迎えた受験の日。

 俺は駅で真朱に会い、ようやく悪夢を手放すことができたのだ。


「だからって野球まで辞めることなかったのに」


 真朱の発言に、俺を含めた三人は動きを止めた。


「雄星が高校で野球部入らなかったのって、雄星のばーちゃんと何か関係あんの?」

 吉川が俺を見る。俺は内心の動揺を抑え、首を振った。

「いや、関係ないよ。最初っから部活は中学までって決めてたから、それだけだよ。バイトもしたかったし」

「そうだな、雄星は高二までバイト三昧だったよな」

「カラオケでバイトしてる時は入り浸ったよなぁ」

「あれな、迷惑だったわー」


 話題が他に移り、ホッとした俺は真朱を盗み見る。真朱は気まずげな表情で窓の外に顔を向けていた。


 祖母が亡くなった日の詳細は誰にも話したことがない。

 もちろん、野球のことも。

 それなのに、なぜ真朱はあのようなことを口にしたのだろう。

 俺はゾッとして、腕を擦る。

 真朱のことが、急に、得体の知れない怪物のように思えてきた。


 その日を境に、俺はますます真朱を避けるようになる。

 偽装彼女の存在を駆使し、逃げ回ったのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ