⑤
「雄星、マックンドナルハンド行く?」
放課後、ダメもとでいう雰囲気で声をかけてきた榊原に「行く」と即答すれば「ええっ、行くの?!」と返された。
まあ突然だ。そんな反応になってしまうぐらいには、断り続けてきたのだから。
それは同時に、奴らが根気強く誘い続けてくれたということでもある。ありがたいことだと思う。
あまりに断り続けるのも却って不自然だし、そろそろ付き合ってもいいだろう。
ちょうどそう考えていたところだった。
「久しぶりだよなぁ、こうして四人で遊ぶの」
吉川が俺の肩を抱く。反対側から榊原が脇腹を突いた。
「雄星がびっくりするくらい彼女を優先するからなぁ」
「明日は二人で出掛ける予定だから、今日は許してもらった」
演出がすこしばかり行き過ぎていたせいか、俺の彼女は“束縛が強いオカルト系女子”として認定されてしまっていた。
俺を強引に誘ったり、休み時間の通話を邪魔したりすれば、彼女に恨まれる。そして、弁当に箸を入れ忘れる、教室にカメムシが入ってくる、体育館前の自販機が故障する等のちょっとした不幸に見舞われる。……という、もはや妖怪か都市伝説かといったレベルの扱いをされているのだ。
もちろん彼女など実在しないのだが、彼氏としてこのままにしておくのはどうかと思う。ぼろが出ない程度に彼女のことを話し、イメージアップに努めようと思っていた。
まあ、色々理由を並べてみたが、正直なところ、俺は単純に奴らと遊びたかったのである。
放課後デート偽装のため早い電車に乗る俺は、そのまま乗り継いで隣町の図書館へ行く。そして、ひたすら孤独に勉強した。勉強は捗ったし志望校判定も上がったが、潤いが圧倒的に不足していた。
その反動で、夜は必ずと言っていいほど真朱を穢す夢を見る。真朱に抱えるモヤモヤした気持ちも手伝って、かなり際どいプレイを強要していた。そして、朝目覚めては、罪悪感に苦しむのである。
その実、俺はかなり疲労していた。
気の置けない仲間とくだらない話をして笑い合う。そんな穏やかな時間を、強く欲していたのである。
「彼女にはくれぐれも強制したわけじゃないって言っておいてね。恨まないでってお願いしておいて」
「だから、人の彼女を祟り神みたいに言うのやめろ」
「おい、窓際の席空いてるぞ」
真朱が目的のファーストフード店を指差した。俺たちは勝手知ったる店内の中を進み、早速窓際の席を陣取る。いつものようにじゃんけんをすれば、俺と真朱が勝利した。負けた榊原と吉川が注文役となりレジカウンターに向かう。
真朱と二人きりになってしまった俺は、少し緊張しつつも平気な顔を装って、椅子に凭れる。真朱はテーブルに頬杖をつき、こちらへちらりと視線を向けた。
「雄星、彼女と順調なんだ」
「えっ、うん、まあね」
俺は少々動揺するも、なんとか返答する。
真朱は、俺と彼女について、他の二人のように揶揄うことをしない。むしろ、その話題を避けているようにさえ見えた。だから、真朱自らその話題を振ってきたことが意外だったのだ。
俺は警戒し、偽彼女に関する情報を頭の中でリロードする。
ここでしくじるわけにはいかない。なんたって真朱を欺くのだから、俺だってかなり綿密に計画を練ったのである。根回しだって万全だ。
画像は従姉妹のものを少し加工した。もちろん、従姉妹には了承済みだ。明日のデートはその御礼であり、推しのコラボカフェなるものに連行される予定である。幸いにも従姉妹は協力的であり、もしもの時は彼女のふりをしてあげてもいい、とまで言ってくれている。更に高い報酬を要求されるのは覚悟しなければならないが。
しかし、身構える俺に対し、真朱が投げかけたのは予想外の質問だった。
「勉強はちゃんとやってんのか?」
「ちゃんとやってるよ」
「……お前、根を詰めるたちだから気をつけろよ。たまには息抜きしろ」
真朱は俺をじっと見ながら、噛んで含めるように言う。
「なんだよ、えらそうだなお前。親戚のおっちゃんか? 俺より偏差値低いくせに」
「だってお前、高校の受験当日だってヘロヘロだったじゃねぇか」
「あれは……てか、覚えてたのか」
「忘れねぇよ。あんな真っ青な顔してベンチにへたりこんでる奴。びっくりしたわ」
「あれは、あん時は、受験と悪夢に悩まされてて結構やばい状況だったから。でも、もう解消されたしな」
「ふぅん」
「今回は順調だから心配すんなよ」
真朱は窓の外へ視線を移すと、ぼそりと訊いた。
「彼女効果?」
「……は? ああ、そうだな。彼女のおかげでモチベーションは上がってるかな。邪魔にはなってねぇよ」
「毎日昼に電話して平日も会ってるのに?」
「そんぐらいたいしたことねぇよ。真朱だって彼女には結構マメに尽くすタイプだろ?」
真朱は「まあ……」と認めた後、黙り込んだ。
さて、その後の俺の言動だが、今から思い返してもどうしてあんなことを言ってしまったのかわからない。沈黙を破ろうとしたのか、久しぶりに真朱と話せたことで気分が高揚してテンパったのか……
「真朱こそ、他人に合わせすぎじゃねぇの」
「は?」
真朱はいつもの軽薄な表情を引っ込め、俺を睨む。
しまった。と思ったが、引っ込みがつかなくなった俺は言葉を続けた。こんな時こそスラスラ出てくる空気の読めない流暢さが憎い。
「別に好きでもねぇ相手と付き合ったりさ。別れる時もわざとフラれた感じに誘導するだろ。ある意味すげえよな。そんな手間をかけてまで、あれってなに? 傷つけんのが嫌だから?」
「……別に、そんなつもりはねぇよ」
「表立って傷付けないことが優しさかっていうと、それは違うと思うけどな―」
「なんなんだお前。突然」
止まらない口に焦りながらも、俺は、真朱に対する不満がこみ上げてくるのを感じていた。
そうだ、真朱は優しい。そして、卑怯だ。
極力他人の感情と向き合うことをせずにやり過ごしたいと考えている。そのために人を操作するのだ。
――俺に元カノを斡旋してきたように。
「でもさ、それって、結局は自分が傷付きたくないだけだろ」
真朱は、回りくどいやり方で俺の口を封じた。暗に、俺の気持ちは迷惑だと伝えてきたのである。元カノを利用して。
「そのくせ嫌われたくないとか、調子いいよな」
あのようなやり方で牽制されたことはとても恥ずかしく、俺は深く傷付いた。こんなことなら、玉砕覚悟で告白した方がマシだったとさえ思ったのである。
「おい、てめぇの憶測を押し付けんなよ。きめぇな」
琥珀の目が怒りに燃えている。それでも俺は怯まなかった。
「他人を舐めんのもたいがいにしとけって言いたいんだよ俺は。調子に乗んな」
極限まで顎をしゃくり、低い声で煽れば、真朱は即座に反応した。
「はあ? なんつったてめぇ、ふざけた顔しやがって」
真朱は拳を握り、身を乗り出す。
しかし、その直後、てんこ盛りのポテトに阻まれた。
「ポテトをメガサイズにしてやったぞ! キャンペーン中でLサイズの値段で買えたんだぜぇ!」
「後でソフトも食おうぜ。今なら10パーセント増量なんだってよ。何巻追加になんのかな」
すきっ腹の二人が、俺と真朱の醸し出す不穏な空気に気付くことはなかった。
奴らは、ジャンクフードが積み重なったトレイをテーブルに置き、ポテトを口にわしわしと放り込みながらハンバーガーの包装を剥き始める。
「うっま、しょっぺ、いもうっま。ふぉい、ほまへらもふえ(お前らも食え)」
食欲に支配され退化した友人らを目にし、真朱は拍子抜けしたらしい。ゆっくりと身体を戻してポテトを摘まみ始めた。