②
「でもよー、なんで雄星って彼女をつくんないの? けっこう告られてんじゃん?」
「またそれ訊く?」
体育の授業の後、俺たちは非常階段に並んで腰掛けていた。戦利品であるたまごサンドを真朱と分け合っていた俺は、面倒そうに答える。
「だから、良く知らねえ相手とは付き合えねぇって言ってるだろ」
「それはよー、追々知ってくもんなんじゃねぇの。吉川はそうだよな?」
「まあな」
吉川は後輩と付き合っている。嫌いじゃないからという理由で交際を承諾したというが、なんだかんだ一年も続いている。
「お前って馬鹿なのに何でモテるの? 二組の鈴城さんなんて準ミス青葉だぞ」
「真朱の方が可愛くねぇ?」
隣にあるほわほわの髪を撫でれば「やっぱりいぃぃ? 雄ちゃんそう思うぅ?」と真朱が胸にすり寄った。
「雄星たまにそれ言うけど、真朱は顔こそまあまあ可愛いけど、声は低いし、身体もかてぇし、チンコあるし、おっぱいもねぇからな」
「雄星さ、あんまり断り続けてたら変な噂が立つぞ」
吉川がパックジュースにストローを挿しながら言う。
「でも俺は、いいと思った相手と付き合いたいから。そこは譲れねぇんだもん!」
「そこは妥協しろよ。柔軟性は大事だぞ。な、真朱もそう思うよな?お前は基本来るもの拒まずだしな」
榊原から話をふられた真朱は少し考え込む仕草をした。直ぐに答えることをせず、たまごサンドにかぶりつき、もぐもぐと口を動かしながらようやく返す。
「どちらかっていうと俺は逆かな」
「それってどういう意味?」
すかさず食い付いた俺を真朱が見上げる。
俺は至近距離にある愛らしい顔にどぎまぎしながら答えを待つ。
「俺っていつも“真朱君ってよくわからない”ってフラれるんだよな。それこそ恋愛的に盛り上がる前にさ。だから、もーそろ理解されたいっていうか」
「理解も何も真朱はそのまんまだろ」
榊原の言葉に真朱が小さく笑う。
「……まあね。それが信じられないんじゃないのー?こんな優しくて明るいイケメンがこの世に存在するわけないって思わせちゃうんだろーねぇぇ!」
おどける真朱を友人たちが小突く。
俺はそれ以上深く訊ねることが出来ず、手の中のたまごサンドを口に押し込んだ。
――わかっている。
真朱は女の子が好きなノーマルな男だ。いくら間口が広いとはいえ、男を恋愛対象にするなんて考えてもいないだろう。俺も元々ゲイだったわけじゃない。初恋は女子だったし、普通に女子に欲情もする。真朱が特別なのか、もしくはバイというやつなのだと思う。
真朱を恋愛的な意味で好きだと自覚してから、俺は色々考えた。
考えた上で、真朱に気持ちを打ち明けないことを決めていた。
どうせ来年の春になれば、俺たちは離れる。それぞれが新しい生活に順応しようと懸命になるだろう。そうしているうちに、自然と思い出さなくなるはずだ。
せめて高校の間だけでも、親友として真朱の側に入られたら、それでいい。
「俺に言わせれば、お前ら二人は努力が足りない。見かけだけじゃ人はわからないし、一緒にいれば相手の考えが読めるなんてこともあり得ない。所詮違う人間同士なんだから、言葉や態度に出さないと伝わらないし、わからないことは訊かないとわからないまんまだ」
紙パックのジュースを手に、吉川が力説する。榊原が手を叩き称賛した。
「おー、当たり前だが深い発言。ぜひとも実践したいところだけどな。相手がいねぇ」
「女の子の考えていることは大抵わかるんだけどな―」
真朱は口の端についた卵ペーストを親指で拭う。指についたそれを赤い舌でぺろりと舐め取った。その艶めかしい仕草に、肌がぞわっと波打つ。
俺は尻を浮かしてそっと真朱から離れた。
真朱は人の感情に敏感だ。細やかな気遣いを施しつつ寄り添っているうちに女の子の気持ちを掴む。それは同性に対しても、道行く他人に対しても同じだ。相手が望むことや欲しい言葉を無意識に感じ取っているように見える。
だからこそ、俺は怖い。
真朱の隣にいたいが、この気持ちを真朱に気づかれたら……
きっと、その時点で、真朱は俺を友だち枠から外すだろう。容赦なく、巧妙に俺を遠ざけるに違いない。
真朱は面倒な感情には近づかない。恋愛にしても、明るく軽い“ごっこ遊び”を楽しんでいるだけなのだ。“理解されたい”と口では言いながら、決して誰にも深入りしないしさせない。
吉川が言うように、俺と真朱の場合においては、全部晒して理解し合うことは難しい。
何も言わず上手く隠して知らないふりを決め込む。それがベストなのだ。
俺は卵サンドのパッケージを丸め、ポケットに突っ込んだ。