第8球 ダブルプレー
次の日の朝、俺とエルダはレーンの町へと向けて旅立った。
村長が見送りに来てくれた。餞別にと、背負い袋や水筒などを譲ってもらう。俺の見た目は、だいぶ旅人っぽくなった。
ここラオの村からレーンの町までは、歩いて一日ちょっとの距離。途中で野宿をしなければならない。
ただ、一人で森の中をさまよい歩いた時と違って。今は、エルダという仲間がいる。
たわいもないことを話しながら歩いたり。一人でいる時より、ずっと楽しかった。
しばらく旅行気分で楽しく歩いていたが。突然、エルダが立ち止まった。
「キュータ。止まって。向こうから何か来る」
エルダの視線の先を見る。向こうから黒い犬のような影が見える。
エルダは、腰から剣を抜いた。途端に緊張感が高まる。
「キュータ。あれは、ダークウルフだ。狼タイプのモンスターだよ。こっちに向かって来てる。どうやら戦うしかないね」
ダークウルフ。その名のとおり、黒い毛並みの狼みたいなモンスターだ。
白く鋭い牙をちらつかせながら、こちらへ真っすぐに走って来る。凶暴そうな顔をしていた。
「チッ! 動きが早い! 投石を当てるのは難しいな……」
俺の投石の弱点は、高速で動きまわる標的には命中させにくいことだ。まあ、投石に限らず射撃武器全般に言えることだが。
サボテン人間と違って、ダークウルフの動きは速く。ワイルドボアみたいな単調な動きでもない。
「私が、やつの動きを止める。キュータ! お前さんは、その隙に攻撃しておくれ!」
そう言うと、エルダはダークウルフに向かって突撃する。剣を振って、果敢に斬りかかった。
エルダの攻撃を受けて、ダークウルフの足が止まった。今がチャンスだ。
「スキル発動! 石精製魔法!」
スキルを発動させて、左手に石ころを出現させる。そして、ダークウルフの頭部に狙いを定めた。
流れるようなフォームから投石を繰り出す。時速140kmのツーシームだ。
シュルルルルル…… ズバンッ!
石は、見事にダークウルフの頭部を撃ち抜いた。「ギャンッ!」と短い悲鳴を上げて、ダークウルフは倒れた。光の粒子となって消えていく。
「やるじゃないか! キュータ。相変わらず見事な投石だ」
エルダは、剣を納めて俺の元へ来た。俺とエルダは、ハイタッチをする。
「エルダが敵を引きつけて、動きを止めてくれたからだよ。二人の勝利だ」
これは謙遜ではない。事実、エルダがダークウルフの動きを止めたからこそ、投石を当てることができた。野球で言えば、ダブルプレーを決めた時のような、見事な連携プレーだ。
「思ったとおり、私たちは良いコンビになれそうだね。キュータ。ふふふふ……」
エルダは、満足そうに微笑んでいる。俺も笑顔で応えた。
ダークウルフが消えた後には、例によって魔石が落ちていた。冒険者ギルドで換金できるアイテムだ。
魔石を拾うと、俺たちは再び町を目指して歩く。その後は、モンスターに遭遇することもなく、順調に旅は進んだ。
やがて、日が暮れ始めて周囲は次第に暗くなってきた。
「今日は、ここらで野宿にしよう」
エルダの提案を受けて、街道の脇でキャンプをすることになった。キャンプといってもテントを張る訳ではない。その辺に雑魚寝である。
俺は、生活魔法の『種火』を使って火を起こす。夜は、まだ肌寒いので暖をとった。
辺りは、すっかり暗くなった。今日の夕飯は、干し肉とほとんど具の入ってないスープだ。塩味の濃いスープで、あまり美味しくない。肉に至っては、何の肉かも分からない謎肉だ。
食事を終えて落ち着いたところで、俺はエルダに話しかけた。
「なあ、エルダ。前の仲間とは、喧嘩して別れたと言ってたが…… 何で喧嘩になったんだ?」
本当は、今聞くべき話題ではないだろう。しかし、俺はどうしても気になっていた。命を預ける仲間として、きちんと彼女のことを信頼したい。
エルダは、こっちを見ずに少しうつむいて言った。
「別に…… 取るに足らない、くだらない理由さ……」
「話したくないかもしれないが、よかったら聞かせてくれないか? 俺は今、エルダの仲間だ。仲間のことは、ちゃんと知っておきたいんだ」
俺がそう言うと、エルダはこっちを向く。そして、俺の目をジッと見た。
「分かったよ。前の仲間は、カミュ―ていう男だった。私と同じ戦士でね。二人でパーティーを組んでた」
エルダは、少し暗い顔で話し始める。俺は、彼女の話に耳を傾けた。
「二人ともまだ駆け出しの冒険者でね。モンスターと戦っては苦戦してた。やがて、それをお互いのせいにして言い争うようになった。要するに二人とも未熟だったのさ……」
エルダは、鼻でフッと笑った。
「な? くだらない理由だろ?」
「いや、話してくれてありがとう。よく分かったよ……」
俺は、感謝の意を述べた。それから言い加える。
「エルダ。俺は、後ろから石を投げることしかできない投石士だ。今日のダークウルフとの戦いでも、エルダに守ってもらわないと戦えなかった。その、色々と不満はあるだろうけど。何でも言ってくれ! 仲間として、ちゃんと受け止めたい!」
エルダは一瞬キョトンとした表情になったが、すぐに微笑んだ。
「キュータ。お前さんは今のままで充分だよ。あんたの投石の腕は大したもんだ。もっと自分に自信を持ちな。あんたが後ろから石を投げて倒してくれるから、私は前に出て戦えるんだよ」
「そうか……? それならよかった」
お互い顔を見合わせて「ふふふ!」と笑った。良い仲間ができた。俺は、心の中でそう思った。
そして、夜は更けていった。