第5球 女戦士エルダ
怒声を上げる女戦士。美人が怒るとさらに恐い。俺は、黙って村長に任せることにした。
村長は、腰を低くして女戦士をなだめる。
「まあまあ、エルダ殿。エルダ殿への報酬はお約束どおり、きっちりと支払いますので。ここは年寄りのお節介と思って、何とかこのとおり! お願いしますじゃ!」
「ふん! そこまで言うならいいだろう。ただし、少しでも私の邪魔をしたら、ただじゃおかないよ! やい、投石士! あんた。名前は?」
女戦士は、すごい目つきで俺を睨みつけてくる。ものすごい迫力だ。正直、恐い。
「球太と言います。よろしくお願いします」
「キュータ? 変な名前だね。いいかい? 私の邪魔だけはするんじゃないよ! 分かったかい? キュータ!」
「は、はいッ!」
俺は、背筋を伸ばして返事をした。上司に怒鳴られたサラリーマン時代の若い頃を思い出す。
村長は、ホッと安心したかのような顔で俺に言った。
「モンスター退治は、明日やってもらいますので。キュータ殿も今夜はうちに泊まってくだされ。他のくわしい説明はわしからしましょう」
今日の宿泊場所が確保できたのは嬉しい。野宿せずに済むのでラッキーだ。
「チッ! 村長。私は酒場に行ってくる。飲まずにやってられるか!」
女戦士エルダは、舌打ちして部屋を出て行った。再び村長と2人だけになって、場の緊張感が和らいだ。
それから、俺はモンスター退治についての詳細を聞かされる。
今回、退治するのはサボテン人間というモンスター。サボテンと人間を合体させたような、名前のとおりのモンスターだ。
植物タイプのモンスターで、知能はほとんど無いらしい。ただし、近寄る者には問答無用で襲いかかってくる凶暴なモンスターとのこと。
現在、村の外れに廃墟となった教会があり。そこに約10匹ほどのサボテン人間が住み着いているらしい。
サボテン人間は動きものろく、初心者の冒険者でも倒せるモンスターだが。放っておくと、繁殖してどんどん数が増えるので早めに退治をする必要があるのだとか。
10匹程度ならまだいいが、100匹以上まで増えるとさすがに村が危険になる。そこで隣町にある冒険者ギルドに依頼を出したそうな。
「ふーん。冒険者ギルドね……」
村長の話を聞いていて気になった。町まで行けば冒険者に仕事を斡旋してくれるギルドがあるようだ。
そこは、今の俺みたいな境遇の人間にとって、ピッタリの場所なんじゃないかと思われた。危険な仕事が多そうではあるが、背に腹は代えられない。
その日の晩は、村長の家にお世話になり、夕食もごちそうになった。温かいスープなどを食べて、久しぶりのまともな食事に感激した。
そして、ベッドで寝る。モンスターの夜襲を気にせず、ぐっすりと眠ることができた。
次の日の朝―――
「さあ、準備はいいかい!? キュータ! まさか、昨夜はビビって眠れなかったんじゃあるまいね?」
女戦士のエルダさんは朝から元気いっぱいだ。朝からこのテンションはダルいが、俺はきちんと返事する。
「いえ。昨日はぐっすり寝れました。大丈夫です!」
「ふん。まあ、あんたは後ろから石を投げるだけだからね。気楽でいいもんさ」
エルダは顔を近づけて凄む。吐息が当たるほどの近さに、思わずドキドキしてしまう。
「最前線で体張るのは私なんだ。それを忘れんじゃないよ! いいね?」
「はい! 肝に命じます! エルダ様!」
恐い女性だ。彼女には逆らわない方がいいと、直感的に判断した。
そして、エルダを先頭にして俺たちは村の外れにある廃教会へと向かった。
一時間ほど歩くと目的地に着いた。歩いてる間は、ずっとお互い無言だった。ていうか、恐くて話しかけれませんでした。
廃墟となった教会の周囲に人影がある。それを見て、俺はゾッとした。
緑色の肌をした人間にトゲトゲが生えている。サボテン人間とは、ぴったりのネーミングだ。目と口は、空洞になっており。ゾンビのように、よろよろと歩いていた。
とりあえず、教会の前には2匹のサボテン人間がいる。中にはもっといるはずだ。
「ふん。気味の悪い化け物だね。さっさと倒しちまうよ!」
エルダが剣を抜く。高まる緊張感。俺は勇気を出して彼女に声をかけた。
「待ってください。エルダさん。俺の投石なら、遠距離から攻撃できます。ここは、まず俺にやらせてもらえませんか?」
エルダは無言で俺をにらみつける。すごい恐い。サボテン人間より、よっぽど恐いかもしれない。
少し間を置いて、彼女は口を開いた。
「いいだろう。やってみな! どうせ、石を投げたくらいで倒せる訳ないが。お手並み拝見といこうじゃないか」
お許しがもらえたのでホッとする。よし。ここは腕の見せ所だ。
「ありがとうございます。じゃあ行きます! スキル発動! 石精製魔法!」
俺はスキルを発動させた。左手に光の粒子が集まってくる。そして、丸い石となった。
ターゲットのサボテン人間までの距離は、およそ18メートル。ちょうど、野球で言うとピッチャーからバッターまでの距離だ。
「ふぅーッ!」
息を大きく吐く。そして大きく振りかぶった。左の太ももを上げて投球モーションに入った。
投げる球は、もちろん『ツーシーム』だ。今の俺の中で、最も攻撃力のある変化球である。