第19球 九英雄の伝説
「なあ、エルダ? ちょっと聞いてもいいか?」
俺は、隣に座っているエルダに尋ねた。エルダは、俺の顔を覗き込むように見る。
「何だい? 改まって。聞きたいことってのは?」
「ああ。最近はもう慣れっこなんだが。出会う人間、俺の職業が投石士と聞くと、みんな嫌な顔をするよな? あれか? 投石士っていうのは、そんなにイメージ悪いもんなのか?」
それを聞いて、エルダは腕を組んで「うーん」と唸った。そして、口を開く。
「それは、あれだね。やっぱり『九英雄の伝説』からだろうね」
「なんだ? その『九英雄の伝説』っていうのは?」
「大昔に、魔王を倒した九人の英雄たちの話さ。この国じゃ知らない者はいないよ」
エルダの話によると、この世界にはかつて魔王と呼ばれる存在がいた暗黒の時代があったそうな。魔王は、強力なモンスター軍団を率いて、人々を苦しめていた。
そこで立ち上がったのが、九英雄と呼ばれる9人の英雄たちであった。剣の英雄、槍の英雄、魔術の英雄と様々な職業の彼らの中に、投石の英雄がいた。
その投石の英雄の名は、ディック。彼は9人の英雄たちの中で最弱で。後ろから石を投げることしかできない役立たずだった。
さらに、性格も卑怯で狡猾。とても英雄とは思えない嫌われっぷりであった。
「それだけでなく。投石の英雄ディックは、最後には裏切って魔王の陣営についてしまうのさ」
挙げ句の果てに味方を裏切り敵につく。投石士という職業がここまで嫌われているのは、この投石の英雄ディックのイメージがあるからだそうだ。
「それは何とも、俺にとっては迷惑な話だな。そいつのせいで投石士全体が嫌われてるんじゃ」
エルダは「ははは」と笑った後、真面目な顔になる。
「九英雄の話のせいで、私も投石士に良くない印象を持っていた。初めてキュータに出会った時、後ろから石を投げることしかできない卑怯者と罵ってしまった」
そう言いながら、エルダは空を見上げる。
「でもキュータと一緒にいて分かったのさ。投石士は役立たずの卑怯者なんかじゃない。味方にいるとどんなに心強い存在か」
「それは言いすぎだな。エルダ。後ろから石を投げることしかできないのは事実だからな。ふっ……」
俺は照れ隠しに鼻で笑う。しかし、エルダは真剣な目で俺を見つめてきた。
「いや、あんたはすごいよ。ブラッディベアもキングダークウルフもあんたがいなきゃ倒せなかった。あんたの投石は誇っていいよ。大したものさ」
「そ、そうか……」
ここまで言われると照れるのを隠しきれなくなってしまう。そんな俺にかまわず、エルダは話を続けた。
「だから、キュータを見ていて思うのさ。九英雄の伝説も本当なのかなって。投石の英雄ディックも本当は、役立たずの卑怯者なんかじゃなかったのかもね。あんたと同じように強い投石士だったんじゃないかって……」
「それは、どうだろうな」
俺は、自分以外の投石士にまだ出会ったことがない。他の投石士がどんなものなのか、想像もつかなかった。
「キュータ殿、エルダ殿。食事の準備ができました。向こうで食べましょう」
護衛リーダーのドランが呼びに来てくれた。
「九英雄の伝説なら、もちろん知ってるさ。投石の英雄ディックは、キュータ殿と違って最低の投石士だな。役立たずの卑怯者で、さらに裏切り者だ」
夕食をとりながら、ドランに九英雄の伝説について尋ねてみた。彼もやはり知っていて、エルダと同じように投石士に対して悪いイメージを持っているようだった。
「しかし、あれだな。実際に、キュータ殿の投石を見た後だと。投石士というのは役立たずとは思えなくなった。戦力として充分に成り立つ職業だ」
ドランは、食べながら言った。そして、笑う。
「はははは。まあ、キュータ殿以外の投石士を見たことがないから、実際には分かりませんがね」
結局、俺と同じ結論に至る。そうなのだ。この世界の投石士の情報が少なすぎるのだ。
「まだ九英雄の話を引きずってるのかい? キュータ」
食事を終えたエルダが話しかけてくる。
「いや、まあ。ちょっと気になってな……」
「あんまり気にしないようにね。あんたは、投石の英雄ディックとは違うんだから。立派な投石士で、私の大事な仲間なんだから」
「分かったよ。ありがとな」
少し微笑んでエルダに答える。
そして、就寝の時間。
「見張りは我々がしますから、キュータ殿はゆっくり休んでください」
ドランの言葉に甘えて横になって休む。しかし、すぐには寝つけない。
夜空を見上げると満天の星空だった。星を見ながら思った。
(投石の英雄ディック。彼は、なぜ味方を裏切ったのだろうか?)
エルダの話によると、投石の英雄ディックは最後、他の英雄たちを裏切り、魔王の陣営についたと言われる。
俺には、その裏切った理由が気になった。
投石士が、後ろから石を投げることしかできない、役立たずの卑怯者と呼ばれるのは、俺でも何となく分かる。
実際、投石士は前に出て戦うことはできない。俺にできるのも後ろから石を投げることだけだ。それを卑怯と言われれば、そのとおりである。
だが、それが仲間を裏切る理由になるだろうか?
投石の英雄ディックには、もっと別の理由があったんじゃないか?
そんなことを考えてるうちに、だいぶ眠くなってきた。瞼を閉じて、考えるのをやめる。そして、俺は眠りに落ちていった。




