第18球 牽制球
「グオオオーンッ!」
キングダークウルフが、すごい勢いで駆けてくる。その距離は、およそ5メートル。今から投球モーションに入っても間に合わない。
(こうなったら、ギリギリまで引きつけて……)
野球には『牽制球』というものがある。ランナーが塁を離れている際、投球モーションに入る前に牽制して塁に投げる事ができるのだ。守備行為のひとつであり。つまり、投球モーションに入っていなくても素早い投球が求められる場合がある。
「グルルオオオオーッ!」
キングダークウルフは、目前まで迫る。大きな口を開けて牙を剥きだしにする。噛まれたらひとたまりもないが。
「よし! 今だッ!」
俺は、野球で牽制するかのごとく、最小限の動きで素早く石を投げる。投げた石は、爆裂石だ。キングダークウルフの大きく開けた口の中に入っていく。そして。
バッゴォーン!!!!
大きな爆裂音が響く。キングダークウルフの頭部は、花火のように砕け散った。頭を失くした体は、そのまま光の粒子となって、宙に溶けていくように消えていく。
「力いっぱい投げるのだけが投石じゃないぜ。こういうアウトの取り方もあるのさ」
俺は、勝利の台詞をつぶやいた。
キングダークウルフを倒すと、ダークウルフの群れはたちまち統率を失っていく。そして、散り散りに逃げ去って行った。嵐のようなダークウルフの襲撃は終わった。
「やったな、キュータ! さすがだよ!」
エルダが笑顔で俺の元にやって来る。
「ああ。それよりケガはないか?」
俺は、エルダの体を見る。エルダは首を横に振って答えた。
「大丈夫さ。せいぜいかすり傷だよ」
他の戦士たちの方も見る。大きな怪我をしている者はいないようだ。俺はホッと胸を撫で下ろす。
そこへ、護衛リーダーのドランがやって来た。
「投石士の…… 名前は、確かキュータだったな?」
ドランは、俺の元に来ると突然頭を下げた。
「感謝する! キュータ殿。お前のおかげでシスティーナ様を守ることができた。お前がいなかったら、いや…… 俺たちだけだったら、どうなっていたか分からない」
「気にするなよ。俺は、ただ後ろから石を投げていただけだ。大したことはしていない」
「いや、お前の投石が無ければ。あのキングダークウルフを倒すことはできなかっただろう。投石士など石を投げることしかできない役立たずだと…… 内心馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。許してくれ!」
俺に許しを請うドラン。俺は笑って答えた。
「キングダークウルフを倒せたのは、俺一人の力じゃない。ドランたちが前に出て戦ってくれたから、俺は石を投げて戦うことができたんだ。だから、これはみんなの勝利だ」
「しかし、最後の投石は見事だった…… 本当に感謝するぞ。キュータ殿」
ドランは握手をしようと手を差し出してきた。俺は、その手を強く握り返す。男同士の固い握手を交わしたのだった。
「お疲れさまでした。キュータ様」
最後に、システィーナも俺の元にやって来る。
「ダークウルフの群れに襲われるなんて、初めてで…… びっくりいたしましたわ。でも、キュータ様の投石のおかげで事なきを得ました。ありがとうございます」
「いえ。護衛の仕事ですから、当然のことをしただけですよ。気にしないでください」
俺は、首を横に振って答える。システィーナは、真面目な顔をして言った。
「わたくし、冒険者の気分を味わいたいから歩いて旅をするなどと…… 結局、冒険者の方を甘く見ておりましたわ。このような危険と常に隣り合わせでいらっしゃるのね? わたくし、何も分かっておりませんでした」
システィーナは、シュンとしてしおらしくなる。彼女にしてはめずらしい。エルダが横から声をかけてきた。
「いや、キングダークウルフが現れるなんて滅多にないことだから。ここまで危険なことは、そうそうないよ。あんまり気にしなくていいよ。システィーナさん」
「そうなのですか……? 分かりました」
エルダにそう言われて、システィーナの顔に微笑みが戻った。
「そろそろ、旅を再開しましょう。またダークウルフが現れるとも限りません。急ぎましょう!」
護衛リーダーのドランの声で、旅を再開する。シエラの町を目指して街道を南へと進んだ。
結局、その日はそれ以降ダークウルフなどのモンスターが現れることはなかった。夕暮れになる頃、俺たちは街道の横で野営することになった。
キングダークウルフとの戦い以降、ドランたち護衛の戦士たちの態度がまるで違う。
「キュータ殿は休んでいてください。食事の用意は、我々がしますから」
最初は、ゴミでもみるような目だったのに。いつの間にか、すごい気を使ってくれるようになった。
「いや、俺たちも手伝いますよ……」
そう言ってみるが。
「いえいえ、本当に大丈夫です! システィーナ様と一緒に座って待っていてください! すぐに準備しますから」
強く断られた。
「お言葉に甘えるとしようよ。キュータ。みんな、あんたの力を認めてくれたんだ」
エルダが隣に座る。俺を見てニヤニヤと笑っていた。
「認めてくれたのは嬉しいけど…… そこまで気を使わなくてもいいのにな」
「まあ、いいじゃない!」
エルダは、俺の肩をポンポンと叩いた。何故だか、彼女は嬉しそうだった。




