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第16球 野球の存在しない世界で

 システィーナの他に、秘書のダリオ。あと名前を知らない戦士風の人たちが3人いた。1人はエルダのような女戦士だ。


「そうそう、紹介いたしますわ。こちらは、わたくしの専属の護衛の方々ですわ」


 システィーナが紹介すると、戦士風の男が俺の方にやって来た。30代くらいの顔に傷がある、いかにもベテランの戦士といった風貌の男だ。


「俺は、システィーナ様の護衛のリーダーをやっている。名前は、ドランだ。キュータっていうのは、あんたかい?」


 ドランと名乗った戦士の男は、冷ややかな視線を俺に向けた。あまりいいようには思われていないみたいだ。


「ああ。俺が球太きゅうただけど……」


「見たところ、武器は持っていないようだが…… 職業ジョブは何だ? 魔術師か?」


 ドランが尋ねてきた。俺は、投石の邪魔にならないよう武器は携帯していないのだ。


「いや、職業ジョブは投石士だけど……」


「投石士? あの石を投げる? そうか…… ふん。いいか? システィーナ様の護衛は、あくまで我々がする。お前たちは、邪魔をするなよ。システィーナ様の話相手でもしていてくれ。分かったな?」


 いかにも俺たちを馬鹿にするような態度である。しかし、投石士の俺はもう慣れっこだった。


「分かったよ。あんたたちの邪魔はしない」


 素直に俺がそう答えると、ドランは鼻を「ふん」と鳴らして去った。


「それでは、そろそろ出発いたしましょう」


 システィーナの声で、俺たちはぞろぞろと歩き出す。隊列は、先頭にドランともう一人の戦士。真ん中に、システィーナと俺とエルダ。後ろを女戦士とダリオが歩く。


 レーンの町を出て南へ向かう街道を進んだ。シエラの町は南方にある。


 システィーナは、まるでピクニックに行くかのような気楽さで鼻歌を歌っている。そして、しきりに俺に話しかけてくる。


「キュータ様。冒険者というのは、とても自由なお仕事ですのね。自由であるというのは、やはり楽しいものなのですか?」


「いや、俺は冒険者になったばかりだから、楽しいかどうかは分からないけど。自由というより、その日暮らしのヤクザ者みたいな職業だと思う。危険な仕事が多いしね」


 まだ俺は冒険者になって、ブラッディベア退治の仕事しかしていない。だが、ブラッディベア退治も相当に危険な仕事だった。楽しいとは正直思えなかった。


「そうなのですね。ところで、キュータ様。先日、お話した時に言っていた『ヤキュー』というのは何なのですか? よろしければ教えていただけませんか?」


「ああ。野球やきゅうのことか」


 このお嬢様。先日の会話をよく覚えている。マイヤ商会を訪れた際「心から望んでいることはないか?」と聞かれて、思わず「野球」と答えてしまったのだ。


 俺は、前の世界で野球が大好きだった。しかし、今の世界には野球は存在しない。悲しい現実だった。


 とりあえず、理解してもらえるとは思わないが。俺は、システィーナに野球を説明してみた。


「野球というのは、ボールを使った遊び。スポーツのことなんだ」


「ボールを使うスポーツですか? フットボールみたいなものですか? 足でボールを蹴る」


 この世界には野球は存在しないのだが、なぜかサッカーは存在する。フットボールと呼ばれている。ただ、子供たちの遊びというレベルだ。プロチームや選手がいる訳ではない。


「フットボールとは違います。ボールを蹴ったりはしません。手で投げるんです。まず、ピッチャーと呼ばれる人がいてボールを投げます」


「へえ。ボールを投げるんですか」


「はい。次に、その投げたボールをバッターと呼ばれる人が、木の棒のような物で打ち返す。大まかに言うと、そういう遊びですね」


「投げたボールを棒のような物で打ち返す。なるほど…… よく分かりませんけど、なんだか楽しそうですわね。キュータ様は、そのヤキューという遊びがしたいのですか?」


 システィーナは、ニコニコしながら聞いてくる。俺だって、できることなら野球はしたいが。


「いえ。子供の頃に、そういう遊びをしていたってだけです。あの場では、何となく野球と言ってしまっただけで、深い意味はありません」


 俺は、本心を隠して答えた。野球をするには道具がいる。サッカーならボールが1つあればいいが。野球は、ボールの他にグローブやバットがいるのだ。この世界でそれを揃えるのはハードルが高い。


「へえ。ヤキューっていうのは、そういう遊びだったんだ。私は、てっきりキュータの元カノの名前かと思っていたよ」


 エルダが突然、話題に入ってきた。俺とシスティーナが話しているのをずっと聞いていたようだ。そして、思いついたように言う。


「でも、ボールを投げる遊びだって言うんなら。投石士のあんたにピッタリの遊びなんじゃないのかい?」


「それは…… まあね」


 皮肉なことに、前の世界ではヘボピッチャーの俺だが。この世界に転生して、投石のスキルを覚えたことにより、今では時速145㎞のストレートとツーシームの変化球を投げる事ができる。プロ野球の世界でも通用するレベルだ。この世界に野球がないことが本当に悔やまれる。


「そういえば、キュータ様は初めてお会いした時。ひったくりにポラの実を投げて、見事に命中させておられましたね」


 システィーナが思い出したように言った。そして、俺の顔を見てニッコリと笑う。


「ふふふ。キュータ様。わたくし、そのヤキューという遊びに興味が湧きましたわ。今度、是非やってみたいですわ」


「でも、野球をするにはボールの他に、それを打つバットと呼ばれる木の棒。ボールを捕るためのグローブと呼ばれる道具が必要になるんです。他にも細かいルールが色々とありますし……」


「そうなのですね。でも、まずは似たような事。簡単にできる事から始めてみてはいかがでしょう?」


「そうですね…… それなら、できない事はないかもしれないけど」


 まあ、投げて打つくらいはできるかもしれない。言われて気づいたが、いきなり本格的な野球を実現するのではなく。少しづつなら野球に近い事はできるかもしれない。



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