第1球 死球
よく晴れた日曜日の午前。青い空がどこまでも広がっている。グランドの芝も青々と茂り。本日は、絶好の野球日和である。
俺の名前は、不死川 球太。みんなからはキューちゃんと呼ばれている。35歳の冴えないサラリーマンだ。
俺の趣味は、そう野球。観るのも好きだが、自分でプレイするのも好きだ。草野球のチームに入り、休みの日にはこうして集まって、わいわいと野球を楽しんでいた。
「不死川さん。今日の相手チームのピッチャー。ヤバいですよ! 大学生の野球部員に助っ人を頼んだらしくて。すっげー速い球投げてます」
チームメイトの山田君が声をかけてきた。ベンチからピッチャーマウンドを凝視する。
シュルルルルッ! ズバンッ!
「ストラーイクッ!」
審判の声が響いた。確かに速い球だ。ボールの回転音がここまで聴こえてくる。俺は思わずつぶやいた。
「ひょえー! すごい球だな。俺もあんな球を投げてみたいよ」
そう、俺のポジションも投手。しかし、相手チームの投手と比べたら月とスッポン。学生時代も野球はしていたが万年補欠のヘボピーである。
「ボール! フォア!」
審判の声が響く。バッターが四球を選んで出塁した。これでワンナウト一塁。
「あのピッチャー。球は速いけど、コントロールはいまいちみたいですね。不死川さん! 球よく見て行きましょう!」
「へいへい」
次は、俺の打席だ。山田君に送り出されて打席に立つ。そしてバットをかまえた。
「さて、まずはどんなものか一球見させてもらおう」
最初の球は打つ気がなかった。傍から見るのと打席から見るのでは、球の速度も変わってくる。まずは一球、様子を見て球筋を見極めようとした。
相手のピッチャーがセットポジションに入る。ランナーが一塁にいる。振りかぶらずにクイックモーションでボールを投げた。
「あッ……」
それは一瞬の出来事だった。まるで周囲の時間が止まったように感じられた。相手のピッチャーが投げた球の軌道が読めた。
(これは死球だ! しかも頭に当たる!)
そう思った次の瞬間。頭部に衝撃が走る。ヘルメットをかぶっていたが、そんなんじゃとても防げない。一瞬で頭が真っ白になった。
そして、記憶が遠のいていった……
気がつくと森の中にいた。木々が生い茂り、優しい木漏れ日が降り注いでいる。
「ここは? 俺は野球の試合をしていたはずなのに……」
体を起こそうとして気づく。着ている服が野球のユニフォームではなかった。何というか、粗末な布製の服になっている。
「気づいたようですね」
突然、背後から女性の声。慌てて振り向くと、そこに1人の女性が立っていた。白い綺麗なドレスを着ている。そして、めちゃくちゃ美人だ。思わず見とれそうになった。
しかし、今は美人に見とれている場合ではない。俺は女性に尋ねた。
「あ、あなたは……?」
「私の名前は、ヘレスティア。この世界の女神です」
それは透き通るような美しい声だった。自らを女神と名乗った女性は話を続ける。
「不死川 球太さん。あなたは一度死にました。前の世界で、野球の試合中に頭部に死球を受けて。そして、この世界に新たに転生したのです」
「へッ!? 俺が死んだ? そして転生だって!?」
「自分の体をよく見てみなさい。今のあなたの肉体は、前の世界の35歳の肉体ではありません。この世界では18歳の肉体になっています」
そう言われて自分の体を見てみるが、いまいち違いが分からない。首を傾げると女神は言った。
「よろしい。それでは『ステータス・オープン』と言ってごらんなさい」
「ステータス・オープン?」
聞き返すように、その言葉を言った。その瞬間、信じられないことに目の前にパネルのような物が出現した。パネルの中にはRPGゲームのように色々と書かれてある。俺は、恐る恐るそれを覗き込んだ。
名前:キュータ
ジョブ:投石士
レベル:1
タイプ:右投右打
HP:20
MP:10
スキル①:投石
球速:100km
コントロール:G
スタミナ:G
変化球:G
スキル②:ツーシーム
スキル③:石精製魔法(レベル1)
スキル④:生活魔法(レベル1)(種火、水)
「何だ、これは…… ゲームのステータスみたいだ。何故か途中から野球ゲームみたいになってるけど」
「それが、この世界でのあなたのステータスになります。それにしても…… ジョブが投石士でしたか…… そうですね。これも運命なのでしょう」
投石士という言葉を口にした途端、女神は一瞬渋い表情になった。だが、すぐに元の表情に戻ると説明を続けた。
「この世界では魔法が存在します。あなたは、既にスキルとして石精製魔法と生活魔法を使う事ができます。さっそく使ってみましょう。『スキル発動! 石精製魔法!』と唱えてください」
さっきのステータス・オープンで既に女神の言うことを信じるようになっていた。俺は、言われたとおりに口にする。
「スキル発動! 石精製魔法!」
すると左手の手のひらが青白く光り輝く。光の粒子みたいなものが集まったかと思うと球状になった。そして、気がつくと左手に石を持っていた。野球ボールくらいの投げるのにちょうど良さそうな石ころだ。
「すげえ! これが魔法か……」
「ひとつ注意が必要です。魔法を使うとMPを消費するので使い過ぎに気をつけてください。MPは休むと回復します」
女神にそう言われて、すぐにステータスを確認した。確かにMPが10から9に減っている。
「それでは、最後に私からの祝福としてスキルポイントを100授けましょう。これで好きなスキルを強化してください」
「えッ!? 最後に? 説明はもう終わりですか? まだ俺、この世界のこと何にも知らないんですけど……」
「じゃあ、最後の最後に特別サービスです。スキル『鑑定』を授けましょう。これで本当に最後ですからね」
そう言うと、女神の体は下半身から透明になり、スゥーっと消えていった。その場には、ポツンと俺だけが取り残される。
「これから、俺はどうすればいいんだ?」
思わず不安を口にせずにはいられなかった。