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99話

 匂いとは、構成する分子である。そして、人間にはそれを感じ取る約四〇〇個の嗅覚受容体遺伝子を持つ、と言われている。まだ解明されていない分野ではあるが、犬やゾウなどはこの遺伝子の数が多い。


 つまり動物の『鼻がいい』という認識は、遠くのものや薄まった匂いが嗅げる、というよりも、『識別する力が優れている』とするのが正しい。太古の人間も持ち合わせていたとされるこの能力であるが、アニーも優れた力を持っている。匂いで感情や体調などがわかる。


 そしてコーヒーは飲み過ぎると、胃酸の分泌を促し、その結果荒れ、胃痛を引き起こす。その微細な匂いをアニーは嗅ぎ分けた。カフェでは時折感じる匂い。さすがコーヒーの消費量で言えばトップクラスの国。


「もちろんです。特技っスから。カフェラテとか、ミルクの入ったものを勧めてきましょうか? それとも紅茶!?」


 ミルクはそれを抑制することができ、少なくともコーヒーをそのまま飲むよりかは幾分ましだ。アニーの提案はそういった観点から。


 呆気に取られるテオだが、同時に納得もする。


「いや、すごいね。ダーシャの言っていたことはこういうことか」


 アニーの派遣の許可をダーシャにとった際に、『色々とすごい』と言われていた意味がわかった。まさか犬のように嗅覚で判別できるとは、と恐れ入る。


「店長とやっぱり知り合いなんですか?」


 聞いたことのある名前が出てきた。アニーは関係性を探る。いや、店長のプライベートとか知りたいわけではないけど、と自分に言い聞かせる。


 アニーの疑問に対し、テオは首肯する。


「まあね。あいつとはアメリカとかで一緒に働いた仲だよ。全然最近は会ってないけど。それはそれとして、大丈夫。そういう人向けのコーヒー、あるからね」


 そして話をコーヒーに戻す。胃に優しいコーヒー。それなら問題ないだろう。


「……それ、見させてもらってもいいですか?」


 そんなものもあるのか、と以前であれば「へー」で終わっていたアニーが、前のめりで勉強を申し出る。ユリアーネには負けていられない。そのためにも、コーヒーについて詳しくならねば。あ、紅茶が一番だけど。


 その強い眼差しを感じ、喜んでテオは知識を提供する。


「もちろん。コーヒーには色んな酸が含まれているんだけど、胃に作用すると言われているのが『クロロゲン酸』。老化防止にいいんだけど、胃酸を多く出しちゃうわけ」


「ふむふむ」


 大袈裟にだが、頷くアニー。そういったことも知らなかった。

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