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95話

「ま、立ち話もなんだし、奥へどうぞ。服も用意してあるから」


 そう言って、テオはアニーを事務所へ案内するため、先を示す。着替えなどはそちらで。


「服っスか? 一応ヴァルトのは持ってきましたけど……」


 服の指定までは聞いていなかったため、一応ヴァルトで使う上下をアニーは持ってきていた。まさか貸してもらえるとは。少し悩んだが、せっかくなので貸してもらおう、という結論に達する。郷に入っては郷に従え。この店の制服で。


 そしてさらにテオは、この店の特殊な形態について解説する。


「ここは昼はカフェだけど、夜にはビアホールになるからね。まぁ、あんまり変わらないけど」


 ベルリンにはそういう店は多々ある。夜だけバーになるカフェやレストランなど、客層もガラリと変わるが、この店の環境からすると、あまり変化はないように思われる。それでも、カフェに似つかわしくないほど、様々な種類のビールがキッチンに用意されている。


 そういった店で働いたことはないため、アニーは一瞬たじろぐ。少しダークなイメージがあるため、ドキドキと心臓が速まる。


「ビアホール……ですか?」


 接客して食事を提供するというシステムは変わらないと思うが、不安が少しだけ芽生えた。ビールジョッキを落とさず持てるだろうか。酔ったお客さんに絡まれたらどうしよう。とはいえ、そういう経験もなにかしらヴァルトに活かすことができるかもしれない、と前向きに考える。


 そんなアニーの心情を察したテオだが、ビアホールになっちゃうものはしょうがない。できる範囲内でお願いしたいところ。


「食事するところが、ここしかないからね。色々と需要があるのよ」


 集落で唯一の食事処。色々と兼ねないと、人々の欲求を満たせないがゆえの選択。このあたりも、都心部とは違う理由。


 しっくりきたアニーは、それぞれのピースをかき集め、この店というものを理解していく。


「なるほど……需要ですか……」


 店の立ち位置。それを一度明確にする必要がある気がした。自分達の理想だけではなく、必要とされていること。他の店がやっていないこと。それらについて議論すべきかもしれない。


 そのままバックヤードへ。ヴァルトとあまり変わりなく、四人がけのテーブルとイス、そして部屋から扉一枚隔てたロッカー兼更衣室。テーブルの上には制服が置かれている。


「はい、じゃこれ。着方、わかる?」


 その制服をテオはアニーに手渡す。新品らしく、袋に入れられている。


 受け取りつつ、アニーは驚きの表情へと変わった。ヴァルトではキュロットだが、見るからにスカート。そしてそれは見覚えがある。


「これって……」


 うん、とテオが頷いた。

 

「そう、ディアンドル。オクトバーフェストとか、ビアガーデンなんかではよく見るね。最近は少しずつ衣装の雰囲気も変わってきて、袖やスカートの丈が短くなってきてるとかあるみたいだけど、これは昔ながらのヤツ。エプロンの紐は、結び目の場所に気をつけてね」

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