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91話

 なんとなく目つきから、ダーシャはそういったアニーの念を感じ取るが、できるだけ穏やかに事は進めたい。いいイメージを持って、旅立っていただく。


「マルツァーン=ヘラースドルフ区。いいなぁ、ベルリンであってベルリンでないような、すごく落ち着いたところだよ」


 自身の語彙力のなさを呪うが、一番近い表現だとこうなる。飾り気のない、素朴な田舎。本当にベルリンかと疑いたくなるほど、のどかで時間の流れがゆっくりとした場所だ。


 だが、いいところだけを凝縮した言い方に、アニーはどうも怪しむ。なにか不都合な点を隠しているような。そんな匂いがする。


「……行ったことないっス。やっぱ嫌っス、怖いです」


 率直な思いを吐露し、一度は決めたことだが覆しにかかる。やはりここが一番落ち着く。


「それに、ボクは花を置きたいって言っただけっス。他の店にヘルプで行くとは違います」


 たしかに、当初の計画とは大きくズレてきている。これならば、花屋さんに行き、オススメの花を見繕ってもらうほうがいいはず、と見積もった。


 一度、アニーが意見を翻すのは読めていたダーシャは、自身の経験も交えてアニーを説得する。


「二日だけだから。ヴァルトの売上を上げるためには、色んな経験が一番。僕もメルボルンとかニューヨークとか行ったし」


 あれは勉強になった、と、ひとり頷く。


 疑いの眼差しを向けるアニーは、納得いかず抗議の意思の表れとして、再度お湯を沸かしだす。一応まだ勤務中。


 その様子を目の端に捉えつつも、ダーシャは会話を続ける。


「それに——」


「?」


 次はダージリンにしようと決めたアニーは、声をかけてきたダーシャに向けて振り返る。


 すると、真剣な面持ちでダーシャが後押しする。

 

「こことは真逆に位置する店だからね。行けばわかると思うよ」


 逃げられなさそうな雰囲気を感じ、それでも一抹の不安を抱えてはいるが、もう玉砕覚悟でアニーは意志を固めた。帰ってきたら、個別に貢ぎ物を要求しよう。


「……わかったっス……」


 幾分か和らいだアニーの表情に、ダーシャは満足する。

 

「うん、よろしくね」


 とりあえず、なんとかなりそうでひと安心。向こうに連絡を入れなければ。

 

「これもお店のためです。そしてユリアーネさんのためです。勘違いしないように」


 店長のためには働きたくないアニーとしては、今回のヘルプに味を占めないよう、しっかりと釘を刺す。


 そのトゲトゲしい口撃を全身に受けたダーシャは、少し怯む。たしかに無茶な注文をしてしまったが、ここまで蔑まれるとは。

 

「……なんか敵意持たれてる? 僕」


「なんでもないっス!」


 さらにぶつぶつと小言を言いながら、アニーは茶葉と熱湯をポットに入れた。

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