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90話

 気落ちしながらも、ダーシャは次の策を講じる。


「……じゃあユリアーネちゃんに——」


「ダメです」


 即座にアニーは断る。そしてカップを静かにテーブルに置く。


「明日明後日は休んでもらいます。そもそもオーナーなわけですから。休むのも仕事です」


 間違っていない。オーナーは経営することが重要なわけで、自身が働くことが目的ではない。自信を持って断言する。


「……アニーちゃん、頼むよ」


 か細い声でダーシャが縋ってくるが、アニーは聞く耳を持たない。そもそも急すぎるし。


「いやです。明日はユリアーネさんのために、お世話をする予定が入ってます。案外、生活力ないっスからねぇ」


 でも寝顔は天使なんスよぉ、と惚気るが、ダーシャはため息をついてアニーの言葉を遮る。


「ちなみに、ユリアーネちゃんからは、アニーちゃんお願いしますって言われてるよ」


「嘘っス。ユリアーネさんはボクにお世話されたいはずっス」


 少しアニーは盛った。特にそんなことは言われていない。だが、ユリアーネの態度や発言などを、自分に都合のいいように解釈すると、そんな風になる。


 しかし、強気なアニーの急所を、事情を知っているダーシャが突いていく。


「僕がいない時になんかあったんだって?」


 先日、ユリアーネの家まで無断で着いて行き、恐怖を覚えるまでメッセージを送ったこと。カッチャからその話を聞いた時、ダーシャはユリアーネには悪いが、揺さぶりに使えると、奥の手として秘めておいた。


 すると、じわじわと効いてきたようで、余裕だったアニーの表情が少しずつ歪んでいく。

 

「ぐぬぬ……!」


 それを言われると、アニーも返す言葉が見つからない。むしろ、また暴走しないように気をつけなければいけないこと。そんな学習結果を踏まえ、あっさりと投降することにした。


「……わかったっス……」


 口では受け入れているが、表情は真逆。心境は複雑だ。アールグレイでも落ち着けないほどに、情緒が乱れる。


 なんとか既定路線に持っていくことができたダーシャだが、もちろんただ自分が行きたくないからだけではない。お店の重要な位置にいるアニーに、様々な経験を積ませるという親心から。


「はい、決まり。それに他店での経験は、お店で活かせることも多いからね。なにか学びとってくれば、ユリアーネちゃんのためにもなるよ」


 二杯目のアールグレイも一気に飲み干し、ひとり唸るアニーだが、少しずつ平静を取り戻す。本人もそれは大事なことだとわかっている。


「……上手く口車に乗せられた感もありますが、仕方ないっス……で、どこですか。店は」


 あくまで、お店とユリアーネのため。断じてこのおっさんのためではない。そう、自分に言い聞かせる。

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