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89話

 蒸らしている時間は、アニーがそのまま喋り続ける。


「とは言っても、テーブルの上に大きいのがあると邪魔かもしれないですし、せめて一輪。花瓶に挿しておきたいわけです」


 事実、ベルリンのカフェでは花が置かれていることが多い。特に取り替えたりする必要のないドライフラワーが、テーブルや壁やレジなどに。時には花器などに入れられたりすることなく、無造作に置かれていることも。しかし、それが絶妙にマッチしてしまうのが、カフェという空間なのだ。


「……最近、なんだか紅茶以外にも目を張るようになったね。どうしたの?」


 今までは、いかに隠れて紅茶休憩を取るか、くらいしか考えていないと思っていたが、どうやら少しずつ変わってきているらしい。それもこれも、ユリアーネという少女が来てから。


 あと一分。蒸らしを待ちながら、アニーは片手間にダーシャに返事をする。


「ユリアーネさんが働きすぎてますからね。ボクが半分くらい持たないとっス」


 イスに座り、両肘をテーブルにつきながら、両手を顔の前で組んで待つ。心の中でカウントダウン。待ったほうが美味しくなる不思議。


「ということは、たくさん学びたいってことでいい?」


 なにか企んでいる顔で、ダーシャがアニーの意見を曲解する。我ながら、ちょっと無理あるかな、と焦る。


 しかし残り数秒を待つアニーは、キッパリと否定する。


「いや、よくないっスけど。なにかあるんですか?」


 一五、一四、一三……と数えつつ、一応聞いてほしそうなので、疑問の形で渡してあげる優しさ。


 その理由をダーシャが述べる。

 

「よくないんだ……いやね、オーナー……この店では前のオーナーか、が経営してる他のお店のこと知ってるでしょ? そこで明日明後日どうしても人手が足りなくて、ヘルプで来れる人がいたら、って話がきててね」


「なるほど。いってらっしゃい」


 ゼロ。ティーストレーナーで漉しながら、アニーは円を描くようにカップに注ぐ。華やかな紅茶の茶葉の香りと、ベルガモットの爽やかな香りが混ざり合い、鼻腔をくすぐる。そして飲む。


「……ほわぁ」


 感嘆の息が漏れ、一日の疲れが吹き飛ぶ。このために生きている、というと少し大袈裟だが、これがなければ生きていけない。正確にはフレーバーティーなので、紅茶かというと微妙なところだが、紅茶の茶葉が使われていればなんでも美味しい。

 

「……」


 無言でなにかを訴えかけてくるダーシャの視線を感じ、アニーは冷たくあしらう。


「なんスか? 明日はオリバーさんもビロルさんもカッチャさんもいますし、店長がいなくてもなんとかなりますよ」


 遠回しに『自分で行け』と伝える。言われた本人が行く。当然のこと。自分は紅茶を飲むことで忙しい。

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