85話
ユリアーネが所在地を白状したことで、一目散にアニーは向かおうとするが、またもドア前でカッチャに阻まれる。一瞬立ち止まり、意を決して突撃するが、全くダメージを与えられず「ぷえ」と、悲鳴をあげて跳ね返される。
「おーっと。ちゃんと了承するまで行かせないよ。録音もさせてもらうからね」
一歩退いたアニーに向かい、カッチャは録音ボタンを押して携帯を見せる。証拠を確保するため、音声を残すつもりだ。
うずくまり、顔を上げながら顰めっ面でアニーがこぼす。ぶつかったが、特にケガはない。
「……卑怯っス」
覚悟を決めて、カッチャに従うしかないと悟る。色々と腑に落ちないが、それしかない。
「人の家まで後ろからついて行くヤツの言うことか」
「ぐぬぬ……」
痛いところをカッチャに突かれて、アニーは歯を食いしばる。たしかに言われてみれば、少しやりすぎたかもしれない。あくまで少しだけ。形式的にだが、認めるしかない。
「……わかったっス。メッセージも控えめにしますし、家にはそんなに行きませんし、店長と話してても五分は様子を見ます」
くぅぅ……! と、悔しさを全面に押し出しながら、そこは受け入れる。
「……だいぶ甘くしてない?」
なにやら、ちょいちょい都合のいいように改定されている気がして、左右非対称の顔をカッチャは作った。最後まで諦めの悪いやつ……!
ぷい、と横を向いて視線を合わせず、アニーは話を打ち切ろうとする。
「気のせいです。それよりどいてくださいっス」
拗ねて、頬を膨らませる。食べ物を隠すリスのようだ。
まぁ、こいつにしては我慢できたほうか、と息を吐き、カッチャはあとのことはユリアーネに任せることにした。
「……もういい?」
<はい。お手数をおかけしました。ありがとうございます>
そのユリアーネの力強い肯定を聞き、ユリアーネは道を譲った。やっと終わった。
「ユリアーネさんッ!」
鎖から放たれ、いつもの席へアニーは向かう。現在、勤務中なのだが、そんなことは頭にはない。ユリアーネ以外は全部モザイクでもかかっているかのように、鮮明には映らない。
自分には目もくれず、ささっと通過していくアニーに、足でも引っ掛けてやろうかと悪巧みしたが、カッチャはやめた。これ以上関わるのもアホらしい。未だ直立するオリバーに「働くよ」と、声をかけ、ホールへ向かう。
一方、窓際の席で優雅にラテを飲んでいるユリアーネのテーブル横では、アニーが俯きながら言葉を探す。間接照明が後光となり、表の素顔が暗く見えづらくなる。まずは謝らなきゃ。
「……ごめんなさいです。困らせるつもりは……なかったっス……」
早くユリアーネの元へ、と考えていたが、実際にその場に立つと、目を見て話すことができない。言い訳をしてしまったことにハッとしたが、言ってしまったら戻れない。余計、言葉に勢いがなくなる。




