82話
「そういうこと。あんたのその頑なーな頭は、それぐらい使わなきゃ柔らかくなんないの。ほい、できた。アイスジャスミンラテ」
スッと差し出すカッチャの指先から、氷と雪を溶かす魔法。それは白く、褐色で、アニーの心を包む。
「アイス、ジャスミンラテ……」
「最高級のコーヒーを使った、ね。あのヒゲには秘密よ。勝手に使ってるから」
惑うアニーに、補足の言葉をカッチャは追加する。禁断の禁忌魔法。頬杖をついて、優しく見守る。
グラスを手に取り、アニーは一度カッチャのほうを見るが、すぐさまグラスに目を移し、少しずつ喉を通す。そして微笑む。
「……優しい味っス。苦くて、甘くて、落ち着く」
もうひと口。様々な味が複雑に絡むが、バランスが崩れることなく、ゆっくりと体に染み込む。吐く息にも、爽やかな風が箒星のように後を追う。
「で、落ち着いたところで、そろそろ話してくんない? 一応、勤務中だから」
そろそろ幕を引きたい、とカッチャが申し出る。今回の件。さんざん迷惑をかけられまくった。さっさと終わらせよう。
「なにをっスか? 別に話すようなことはなにも——」
「いいから」
とぼけるアニーをカッチャが一喝。早く仕事行きたいっつってんだろ。
すると、なんだかんだで心当たりがないこともないようで、アニーは溜めに溜めたあと、少しずつ語り出す。
「……ユリアーネさんが、店長と仲良くコーヒーの話で盛り上がるから悪いんス……」
「はぁ?」
カッチャは耳を疑うような中身を告白された気がする。盛り上がったから?
「だって、だってっスよ? ボクと話してるより、店長と議論してるほうがイキイキしてるんスもん……ボクだって、コーヒーのこと勉強したり、してるのに……」
すっかりとしょげ返り、縮こまってポツリポツリとアニーは独白する。要するに、見たことのないユリアーネの笑顔が、店長との会話でのみ見えた。
すっかりやる気を失ったカッチャが、とりあえず話を進める。
「……で、取られると思った、と?」
一瞬間を置き、コクッとアニーは小さく頷く。
「バッ…………カじゃないの」
想像以上に想像以下の理由。こんなのにあたしは、昨日から付き合わされたのか、とカッチャは怒りを通り越して悲しくなる。
「……」
アニーはコッコッと喉を鳴らしてラテを飲む。落ち着いてくると、喉が渇いていたことに気づく。体だけではなく、心にも浸透していく。そして全部飲み終わると、グラスを置いた。
「……それにしても、カッチャさんも、コーヒーとか紅茶とか北欧のテーブルウェアとか、詳しいんスね。見直しました」




