81話
気を取り直して、カッチャは続ける。
「まぁ、あんたなら部屋に入ってきたときの香りで気づいたと思うけど、これはエチオピア産のコーヒー豆『ゲイシャジャスミン』。浅く煎ると、ジャスミンの香りがしてくる、最高級の豆よ」
さらに柑橘系のフルーティさや酸味、それでいてビターなチョコレートのような苦味。様々な顔を見せる、それが『ゲイシャジャスミン』。その一杯が、この中に。
それでも認めたくないのか、アニーは唇を尖らせて否定する。
「……でも、コーヒーっス」
自分が好きなのは紅茶。フレーバーティー。
「ヒゲのおっさんだけじゃなくて、コーヒーも嫌いになったの? ユリアーネも悲しむわぁ」
意地悪に、カッチャはアニーが求める女性の名前も口にする。その人が好きなものは嫌いと、結論づける。
ユリアーネの名前が出て、少し考え直す。基準を緩く。ちょっとずつすり寄る。
「……苦いっスけど、香りとかは好きっス。色……とか」
色? と自分で言っておいて、褒めるところがおかしいと気づく。
「まぁ、ジャスミンは最高とか言っちゃったもんね」
ニヤニヤと笑いながら、カッチャが顔を近づける。じわじわとアニーの頑なな仮面を剥いでいく。
そのじれったさに、ストレスの溜まったアニーが声を上げる。
「で、なんなんスか? コーヒーからジャスミンの香りがしたからって、言いたいことがさっぱり——」
「こうする」
ピッチャーの取手を掴み、カッチャはジャスミンティーの中にミルクを投入。黄色味がかっていたジャスミンティーが乳白色に変わり、新しい飲み物へ。穏やかな色。優しい白。
その花開いた香りにうっとりしつつも、アニーは思い直し、ティーを凝視する。騙されない、という意思表示。
「ミルクジャスミンティーですか? 別に珍しくもなんとも——」
「で、さらにこう」
ぶっきらぼうに、カッチャはグラスにキューブアイスを五個混ぜ込むと、さらにタイカのカップに入ったコーヒーを、ゆっくりと全量注ぎこむ。熱いコーヒーを氷が急速に冷やし、混ざり合うと乳白色は段々と濃さを増していく。
「……これって……」
変わりゆく様をじっと見つめながら、アニーは淡いため息を漏らす。
真剣な眼差しで、カッチャもグラスを覗き込む。うっすらと層になるが、すぐに広がって一体化していく。
「……さっきオリバーくんが言ったけど、ウルティマツーレは、氷と雪に閉ざされた島。その氷を融かすのはタイカ、つまりフィンランド語で——」
「……『魔法』……っス」
物憂げに、アニーが訳す。魔法。この世のものではないなにか。




