77話
翌日。
「なんスか? 働きたいんですけど」
バックヤードでの着替えを済ませ、ホールに出ようとするアニー。まだユリアーネからの返信がないので不安だが、シフトに穴を空けるわけにはいかない。終わったらユリアーネの家に行かねば。
そんなアニーの思考にストップをかけるかのように、出入り口のドアを、不敵な笑みを携えたカッチャが塞ぐ。
「んで? 昨夜はどこにいた?」
あんたのせいで寝る時間が、というのは言わないでおく。
聞かれたアニーは満面の笑みを浮かべ、身振り手振りで解説する。
「ユリアーネさんの家の前で待ってました! でも、帰ってこないので、一旦朝方帰って、学校に行って、で、それから……ていうか、なんでカッチャさんが知ってるんスか?」
頭に疑問符を留めながら、首を揺らして悩む。
「わかったわかった。とりあえず座れ」
暴れるじゃじゃ馬を落ち着けるため、カッチャは着席を促す。今日の仕事はまず、こいつを手なづけること。そのための着席。
しかし、今日のアニーはいつもより血の気が多い。姉御肌のカッチャに噛み付く。
「嫌です。というか、ユリアーネさん来てますよね? 会ってないですけど、香りがします。少し疲れてそうっスね、癒しが必要みたいです」
嗅ぎながら、そこから漏れ出る微かなマイナス因子を捉える。
なんて面倒な嗅覚。こいつには簡単には嘘はつけない、とカッチャは顔がピクピクと引き攣る。
「いいから。今日はあんたに日頃の感謝を込めて、店長からサービスが——」
「胡散臭いっス。あのヒゲ独身が人を気遣うなんて、どうせなにか企んでるっス」
不貞腐れながらアニーは視線を外す。
一体こいつの店長の評価はどうなってるんだ、と怪訝に思いつつも、素早くカッチャは切り替える。
「じゃああたしから。それならいいっしょ?」
怪しんではいるが、若干表情が柔らかくなったアニーは、渋々承諾する。
「まぁ……あの独身よりは……でも、疑ってかかります」
まだ若干敵意を散らす。ユリアーネ以外は信じられない。常に牙を研いでおかねば。
とりあえず予定のレールに乗っかったところで、計画通りにカッチャは進行する。なんでこいつをイスに座らせるだけで、ここまで骨を折らねばならんのか。
「なんでもいいわ。はい、じゃオリバーくん、例のものを」
と、部屋の隅にいつの間にかいたオリバーに指示をしつつ、自身もアニーの対面に着席。
「はい、かしこまりました」
待ってました、と言わんばかりにオリバーは返事をすると、そのまま部屋の外へ。軽快な足取りで離れていく。




