表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/319

73話

「とりあえず、今日も無事終わりました」


 店の閉店作業を男性陣に任せ、女性陣は帰路につく。カッチャは一時間早く上がっているためもういない。ユリアーネも駅に向かい、街中を歩く。もう少ししたら、クリスマスマーケットも始まる。始まると、ベルリンでは広場という広場でお祭り騒ぎとなる。そして本番の一二月二四から三日間は、どこのお店も閉まる。ヴァルトも休みだ。


「もう来月なんですね。観光客も海外から増えますし、こういった機会を逃さないようにしないとですね」


 自分自身に言い聞かせ、身を引き締める。


 ここ最近、冷え込んできたからか、客数と滞在時間が右肩上がりに上がっている。それに比例して売上も少しずつ。とはいえ、それはどこのカフェも一緒。また何度も来たくなる店を目指す。差別化を図らねば。


「カッチャさんも、やると言っていただけましたし、準備を進めなければいけません」


 お客様の前で、淹れたてのコーヒーを。もし自分がお客様の立場だったら、その香りをまた嗅ぎに行きたくなるはず。たしかに手間が増えるが、ならば人も増やせばいい。募集もかけたい。やりたいことばかりだ。


「忙しいことが、こんなに楽しいなんて」


 ひとりごとも増えてしまう。夜の街の灯りは、どこか開放的な気分になってしまうのかもしれない。ずっとやりたかったこと。ただ、カフェとして場を提供するだけではなくて、お客様と共に作り上げるカフェを。カフェの店員ではなく、バリスタを。少し、自分のワガママが過ぎる店かもしれない。


「ふふっ」


 つい、笑みが溢れる。変化をスタッフに受け入れてもらえるか。お客様に受け入れていただけるか。わからないが、不安よりも楽しみが勝つ。


 自宅のアルトバウに到着。真っ白な石造りだが、真っ赤で様々な装飾のついた玄関ドア。リフォームしたアルトバウは、カラフルなドアが多い。玄関ホールには小さいけれど、存在感のあるシャンデリア。チェック柄の床石。


 そこを抜けると、左に進めば一階各部屋の玄関先に繋がるが、真っ直ぐ前には幅三メートルほどの廊下が続き、左側には階段、右側を進めば中庭に出る。今は暗いので行かないが、晴れた天気のいい日は、中庭でイスに座ってひなたぼっこするのも気持ちがいい。


「なんだかんだでお気に入りの場所です。古いところもまた味があっていいです」


 アルトバウの人気のリノベーションとして、壁紙を剥がして修復の跡が残るよう、あえて古くザラついた質感を見せる方法がある。そのセンスがたまらない。


 この建物に帰ってくると、そういった過去と未来が繋がるような錯覚がする。エレベーターに揺られながら、ふと自分に「お疲れ様」と声をかける。


 四階につき、鍵を取り出す。熱いシャワーを浴びて、髪を乾かして。少し仕事を煮詰めて、カフェインレスのコーヒーを飲んでそれから——

 


「ひどいじゃないっスか、騙すなんて」

 


 コツッと、背後から靴音が聞こえる。


「まだ舌に苦いの残ってますよ、ビロルさんはなにも知らされてなかったんですね。あの人からは嘘の匂いがしませんでした」


  ——ここの場所は言ってなかった、はず、

 

「おかしいとは思ったんスよ、明らかに苦い香りがしてましたから」


 あの後、少し経ってから窓際の席を確認したが、いなくなっていた。どうやらコーヒーだけ飲んですぐに帰ったらしい、とカッチャからユリアーネは聞いていた。そして、その後も店に現れることはなかった。


「でもほら、そういう悪戯好きなところもいいっスよねぇ。お茶目というか、小悪魔というか」


 油断、していた。


「あ、どうやってここに来たかってことですか? そんなの後をついてきたからに決まってるじゃないっスか。教えてもらってませんし」


 どうやって、より、なんで、ここに……


「ずっと外で待ってたから、だいぶ冷えちゃいました。えへへ。ここなんですね」


 待ってた、というより、隠れてた、の間違いじゃ——


「まぁ、とりあえず」


 背後に立たれる。


「行きましょうか」


 耳元で、アニーが囁く。

ブックマーク、星などいつもありがとうございます!またぜひ読みに来ていただけると幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ