65話
思い出しつつも苦笑するダーシャが、簡素に返答する。
「前のオーナーがね、色んな国のマスクを集めるのが好きって知ったら、一度アニーちゃんがやってみようってことでね。狐とかフクロウとか」
傍観を決め込んでいたダーシャは、当時を懐かしむ。そんなこともあったな、と。
「で、どうなりました?」
その後やっていないようなところを見る限り、ある程度の予想はつくが、ユリアーネは問う。
それに対して、ダーシャはあっさりと、その時のことを振り返った。
「うん、なんか普通だった。盛り上がりもせず、盛り下がりもせず」
成功でもなく、失敗でもなく。次があるかと言われれば、特にいいかな……という結果。ただ、店の内部では不評だった。乗り気だったのはアニーだけ。
「ボクは面白いと思ったんですけどねぇ。カッチャさんも嫌々だったので、結局それ以来なくなりました。たしかに、ものによっては前が見辛いし、息もしづらいから、しょうがないっス」
記念にもらったマスクは、部屋の壁にかけてある。
それを聞いたユリアーネも、少し引きつった笑いを浮かべる。
「エンターテイメント、といえばエンターテイメントですが……」
自分だったら……恥ずかしいので無理です……と内心で諦める。先にサンプルがあってよかった。とりあえず、色々試すのはいいこと。
その後の会話をダーシャが引き継ぐ。
「前にもバーの話をしたことがあるかと思うんだけど、バーテンダーの人達って、所作のひとつひとつがいかに美しく見えるか、鏡で練習するそうだからね。お客さんてカウンターで待ってる間って、基本やることないから。横を向いてはいけない、みたいな暗黙のルールもあるし」
バーテンダーは立つ角度やシェイキングする高さまで、細かく決めて練習するという。一流のバーテンダーは、スプーンやマドラーを使ったステアなど、細かい動作ひとつひとつが美しい。見られることを意識して、光を反射する腕時計は着けないなど、気配りも必要な職業なのだ。
「所作……」
たしかに、カフェは混んでくると提供することで手一杯になり、所作などは気にすることが中々できない。しかし、改善できるポイントでもある、とユリアーネは感触を掴む。
「だから、フレアバーテンダーという、『魅せる』ことに特化したバーテンダーもいるくらい。あの、瓶をクルクル回したりするやつ。あれも言葉はいらないよね、五、六個あるグラスに一気に注いだり、カラフルな炎だったり」
コーヒーではさすがに無理かな……と、ダーシャは付け加える。
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