60話
コクッ、とユリアーネの喉元をティーが通り過ぎた。
「これは……シナモンの香りやショウガの風味が効きつつも、しっかりと紅茶の後味がします。とても美味しいです」
もしかしたら、これにエスプレッソを入れても美味しいかも。そんなことまでユリアーネは考えさせられた。勝ち負けはわからないけど、たぶん私の負けだろう。いや、なんか面倒なので負けでいい。負けってなんでしょうか?
いいリアクションのユリアーネに満足したアニーは、饒舌に語りだす。
「これのいいところは、適当に作ることで、毎回少しずつ味が変わるところなんです。こちらもお好みで、ライムや柚子なんかも入れると、さらに爽やかになるかもです。茶葉も、アールグレイのようなフレーバーティーにしても好きっス」
その笑顔は、どんな辛いことも吹き飛ばしてくれそうな、そんな太陽のような強さを持つ。屈託なく笑い、悩みが溶け落ちていくような。
(やっぱり、紅茶のことを語っている時が、一番生き生きとしていますね)
安心を感じながら、ユリアーネは少しずつ味わって飲む。他人の感情を読むことができるアニー。この感情は気づいてくれているだろうか。その後、店のことについて会話をしていると、コップが空になる。いつのまにか全部飲んでいた。口をつけたところで気づく。
素早くアニーが反応する。ユリアーネのことはよく見ている。
「おかわりですか?」
感覚で悟った。まだまだシロップはある。さらにアレンジを加えてみようか。
常温とはいえ、飲んでいたら少し寒くなってきた。ユリアーネは次の注文に少し変化を加えてみる。
「はい、お願いします。今度はホットで」
「了解っス!」
やはり、ユリアーネに頼られるのは、アニーにとって嬉しいこと。大急ぎでお湯を沸かし、さらにシナモンスティックを追加。持っていくと、ユリアーネはうつらうつらとしている。
「すみません、いただきます……なんか、もう少し横になりたいです……」
飲みながらユリアーネは、カクカクと船を漕ぐ。前日、他店舗へ偵察へ行き、帰ってきてからも遅くまで机に向かっていた。色々と考えること、やりたいこと、やらなければならないこと。少し気負い過ぎているのは自分でもわかっているが、上に立つ者が一番働かなければ、という考え。
半分ほど飲んだところで完全に寝入ったユリアーネからカップを取り、アニーは残りをいただく。うん、我ながらいい出来。そして彼女を横にして、もう少し眠らせる。
しかし、動いたことで目を覚ましたユリアーネが、薄く目を開いたまま、アニーに囁く。起きなければいけない時間。しかし。
「少し、悪い子になってみようかと思います」
ギリギリまで眠る。そう宣言して、再び寝息を立てだした。寝顔は当然ながらあどけない一六歳。
無防備な姿にアニーは悪いことをしようか躊躇う。
(いきなりお店を乗っ取ったり、充分に悪人っスよ。小悪魔っス)
ならば相応の罰を。と思ったがやっぱりやめる。頑張っている姿はずっと近くで見ているから。あえて、睡眠を誘うシナモンスティックを追加していた。今は、眠ってほしい。
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