52話
問題はシフトが空いてしまうことだが、そこはアニーに案があるらしい。鼻先まで近づき、欣喜雀躍する。
「行きます、行くっス! シフトの穴は、あの甲斐性のない店長がなんとか埋めるんで大丈夫っス!」
なんかサラッと悪口が追加された気もするが、ユリアーネは了承し、とりあえずは午後から諜報へ赴くことに。とはいえ、まだあまりベルリンの事情を知らないため、それも兼ねてアニーを頼る。
「では、行ってみたいところはありますか?」
喜びを内側に凝縮し、正常に戻ったアニーが、一番行ってみたかった場所を指定する。
「レーゲンスブルクの最古の喫茶店行ってみたいっス!」
「ダメです」
しかし慈悲はなく却下。理由をユリアーネが語る。
「往復で一二時間かかります。それに、ウチとは客層も違ってきますから。参考にならないと思います」
ドイツの南に位置するレーゲンスブルクには、一七世紀に開業した、最古のカフェが存在する。その当時からの挽きたてのコーヒーを、未だなお、提供し続けている。そのコーヒー豆も、地元の焙煎メーカー『レーホリック』を使用している。実をいうとユリアーネも以前から味も店も気にはなっていたが、なかなか現実的ではないため行けずにいた。
第一候補が見事に落選し、アニーは苦悶の表情を浮かべる。
「ぐぬぬ……っス……」
「せめてベルリンですね。さっきも言いましたが、私達は学生です。あんまり遠くまで行くのはやめておきましょう」
昼過ぎに学校が終わるとしても、ベルリンの中で何店舗か。できればそこである程度の答えを出したい。
「それなら、オーナーが他に経営しているお店、見に行ってみたいです。あ、今はユリアーネさんですけど。ややこしいっス」
「他の?」
アニーの提案は、ユリアーネの頭にはなかったもの。たしかに気になる。
「ウチの店は『森』、他もなにかしらコンセプトを持って経営しているらしいんです。気になってるのが『映画』のカフェですね。ミッテ区にあるそうなんですよ」
知っている限りの情報を、アニーは頭の隅から絞り出す。自分も行ったことはないので、ずっと夢に見ていた。それをユリアーネと。ぜひ。
どんなところにヒントが転がっているか、それはわからない。ユリアーネは情報をアニーから受け取る。
「『映画』……ですか、その他にどんなものがあるんですか?」
なにか、特殊であればあるほどいい。覚えてもらうには、他と違うところを見せねば。
「聞いた話によると、『海』とか『天体』とか『経済』とか」
なんか他にもあった気がするが、アニーは忘れた。
「……なんかひとつ、毛並の違うのが……」
トイプードルやチワワといった小型犬の中に、一匹チベットスナギツネが混じっているような。そんな違和感がユリアーネを襲う。
それに関してはアニーが答えた。
「株の投資だとか、そういうのディスカッションするのを目的とする人達向けらしいっス。割と盛況らしいっスけど、ボクにはなにがなにやら」
肩をすくめて早々に諦める。わからないものはわからない。
店長としてなにがなにやらなのはマズい気もするが、なるほど、そういうのもありか、とユリアーネは脳にインプット。とはいえ、様々なものが入り乱れては意味がない。『森』というコンセプトは変えず、アップデートして、よりよいものに作り変えていくこと。
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