48話
「でも、ライトローストは浅すぎて好き嫌い分かれるからね。今回限りになるかも」
たしかに、ライトローストで提供する店はほとんどない。青臭く、コーヒーの香りもあまりしないため、酸味が強い。二〇〇〇年代からのサードウェーブのおかげで、少しずつ流行の兆しは見えているものの、なかなか浸透には至っていない。
だが、ユリアーネはこの味が気に入った。自分もほとんど飲んだことはなかったが、この未完成な味わいが、お店に当てはまる。いつまでも完成してはいけない。常に主客一如。お客様の目線に立つ。同じお客様などいないのだから。
「いえ、迷ったらまた、今日のメニューをお願いいたします。私にとっての原点はこの、ユンヨンチャーとパルメリータなんです」
この味を何度でも。
「私にとっての種は、お客様です。やはりそこは変わりません」
決意のこもった目で、ユリアーネはダーシャを見つめる。それでいて優しく晴れやかな口調。店内に拡散していくかのように、言葉に想いを乗せる。
無言でダーシャは頷いた。この数分で強くなった、とまるで父親のようなポジションでそれを見守る。
「? なんの話っスか? 種?」
ニーチェの言葉をアニーは知らない。それもそうだろう。知っているユリアーネが博識なだけだ。ダーシャとユリアーネの両者を見てみるが、視線でなにか会話しているような雰囲気。なんだか不機嫌になる。
「でも、それと同じくらいスタッフのみなさんも大事です。種がふたつあるのは変ですか?」
やはり選ぶことなどできない。ならばユリアーネは両方選ぶ。これも正解。みんなと一緒なら、全て正解になる。どんなことも肯定的に捉える。それこそがアニーからのメッセージ。本人はわかっていないようだけど。
「いいんじゃないかな。スイカだって二種類あるし」
「ありがとうございます」
最年長のダーシャに背中を押してもらえると、ユリアーネはどこまでも前に進めそうな気がする。そういえばたしかにスイカも黒と白がある、と今更ながらに思い付いた。自然界の大先輩が許されるなら、自分も許されていい。と、よくわからない理論で納得。したところで、アニーの影響を受けている自分に苦笑する。
「アニーさん、明日また、明日の私に合うメニューをお願いしてもいいですか?」
明日の私はどうなっているだろう、そしてそんな自分にはどんな紅茶が合うのだろう。毎日の楽しみができた。『アニーの淹れてくれる紅茶を飲みたい』。働く理由なんてそれだけで充分だ。
「まかせてください!」
アニーもまた、『ユリアーネのために紅茶を淹れたい』。働く理由はそれでいい。目標は自分の店をもつことだが、それとは別に毎日の小さな目標ができた。今の自分にできること。それが大きな目標に繋がっていると信じている。
一方、厨房ではビロルが異変に気づく。
「あれ? ここに置いといた、注文のパルメリータって誰か持っていった?」
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