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14 Glück 【フィアツェーン グリュック】  作者: じゅん
ユリアーネ・クロイツァー
47/319

47話

「……なるほど、世界ですか」


 ここまでくると、ユリアーネにも言いたいことがわかった。彼女の目指しているもの。以前話した目標。ここから始まる。


「せっかくですから、世界中にお店ができるくらいの規模を目指しましょう。焙煎度がライトなのは、まだ始まったばかりという意味と、北欧では浅煎りが好んで飲まれるからなんです。ユリアーネさんも、北欧に染まってみてほしいっス!」


 アニーの推しの強さに、たしかに最近はスウェーデンやノルウェーなど、北欧の国の名前を見かけるだけで、ユリアーネはハッとすることがある。いかんいかん、だいぶ洗脳されてきている、と苦笑するが悪い気はしない。話を聞くたびに、新しい知識が増えて、選択肢も増えている妙な楽しさがある。


「……この一杯と、この小さなお茶菓子。そしてテーブルウェア。この中に世界が詰まっている」


 まだ手をつけていなかったパルメリータというお菓子をひとつ、手に取って食べてみる。ハートのような形をしており、少し可愛い。甘く、サクサクとしたパイ生地。スッキリとしたユンヨンティーと合う。落ち着きのある、温かな吐息が漏れる。


 それだけじゃないんです、とアニーは真っ直ぐにユリアーネを見つめた。


「コーヒーを淹れたのはカッチャさん、パルメリータを焼き上げたのはビロルさん、テーブルウェアを選んだのはオリバーさん、紅茶を淹れたのはボク、説明したのはこの人」


「せめて名前で呼んでよ」


 と、少しダーシャは悲しむ。


「オーナーの推すコーヒーと、ボクの推す紅茶が混ざってひとつの店になるんスよ! それをみんなで支えていくんです。この、北欧の森で」


 言葉にすればそれだけですむのだが、紅茶を、コーヒーを、ミルクを、テーブルウェアを、パルメリータを通して伝えられた言葉は、意味よりも想いが伝わってくる。遠回りだが、歩いた分だけ色々な景色が見える。


「……なるほど」


 一直線の近道を選ばなければいけないと、自分でも知らないうちに焦っていたのかもしれない。誰かと競争しているわけでもないのに。新米オーナーにも関わらず、失敗してはいけないと自身を追い込んでいたのかもしれない。なにが失敗かもわからないのに。ならば、このヴァルトという店が正解そのものになればいい。他の成功例と比較しても意味がない。


 しかし、アニーは遠慮がちに縮こまる。シュンとしていて、さっきとは打って変わって元気がない。


「ユリアーネさんから迷いの匂いがしたので、思いきって全部詰め込んでみました……すみません、余計なお世話だったかもしれないっス……」


「迷い……」


 やはりアニーの嗅覚は誤魔化せない。そんな素振りを見せたつもりはなかったつもりだが、自分の体をそこまで細かくコントロールできないようだ。ユリアーネは、彼女に気を使わせてしまったことを、逆に申し訳なく思った。そして愛おしい。その震える頬に手を添えた。


「こんな美味しいユンヨンチャーがいただけるなら、迷うのも悪くないですね」


 ほら、失敗しなければユンヨンチャーに出会うこともなかったのかもしれない。世界一周だってできなかったかもしれない。結局、どんなこともアニー達がいれば正解につながる。なら恐れることはない。

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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