47話
「……なるほど、世界ですか」
ここまでくると、ユリアーネにも言いたいことがわかった。彼女の目指しているもの。以前話した目標。ここから始まる。
「せっかくですから、世界中にお店ができるくらいの規模を目指しましょう。焙煎度がライトなのは、まだ始まったばかりという意味と、北欧では浅煎りが好んで飲まれるからなんです。ユリアーネさんも、北欧に染まってみてほしいっス!」
アニーの推しの強さに、たしかに最近はスウェーデンやノルウェーなど、北欧の国の名前を見かけるだけで、ユリアーネはハッとすることがある。いかんいかん、だいぶ洗脳されてきている、と苦笑するが悪い気はしない。話を聞くたびに、新しい知識が増えて、選択肢も増えている妙な楽しさがある。
「……この一杯と、この小さなお茶菓子。そしてテーブルウェア。この中に世界が詰まっている」
まだ手をつけていなかったパルメリータというお菓子をひとつ、手に取って食べてみる。ハートのような形をしており、少し可愛い。甘く、サクサクとしたパイ生地。スッキリとしたユンヨンティーと合う。落ち着きのある、温かな吐息が漏れる。
それだけじゃないんです、とアニーは真っ直ぐにユリアーネを見つめた。
「コーヒーを淹れたのはカッチャさん、パルメリータを焼き上げたのはビロルさん、テーブルウェアを選んだのはオリバーさん、紅茶を淹れたのはボク、説明したのはこの人」
「せめて名前で呼んでよ」
と、少しダーシャは悲しむ。
「オーナーの推すコーヒーと、ボクの推す紅茶が混ざってひとつの店になるんスよ! それをみんなで支えていくんです。この、北欧の森で」
言葉にすればそれだけですむのだが、紅茶を、コーヒーを、ミルクを、テーブルウェアを、パルメリータを通して伝えられた言葉は、意味よりも想いが伝わってくる。遠回りだが、歩いた分だけ色々な景色が見える。
「……なるほど」
一直線の近道を選ばなければいけないと、自分でも知らないうちに焦っていたのかもしれない。誰かと競争しているわけでもないのに。新米オーナーにも関わらず、失敗してはいけないと自身を追い込んでいたのかもしれない。なにが失敗かもわからないのに。ならば、このヴァルトという店が正解そのものになればいい。他の成功例と比較しても意味がない。
しかし、アニーは遠慮がちに縮こまる。シュンとしていて、さっきとは打って変わって元気がない。
「ユリアーネさんから迷いの匂いがしたので、思いきって全部詰め込んでみました……すみません、余計なお世話だったかもしれないっス……」
「迷い……」
やはりアニーの嗅覚は誤魔化せない。そんな素振りを見せたつもりはなかったつもりだが、自分の体をそこまで細かくコントロールできないようだ。ユリアーネは、彼女に気を使わせてしまったことを、逆に申し訳なく思った。そして愛おしい。その震える頬に手を添えた。
「こんな美味しいユンヨンチャーがいただけるなら、迷うのも悪くないですね」
ほら、失敗しなければユンヨンチャーに出会うこともなかったのかもしれない。世界一周だってできなかったかもしれない。結局、どんなこともアニー達がいれば正解につながる。なら恐れることはない。
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