46話
え、泣いていい? とダーシャ。
そしていつも通り、トレーいっぱいに運んできた料理に、ユリアーネは視線を移す。
「それで、こちらは……紅茶と、コーヒー? 店長さんのぶんですか?」
トレーには、ティーカップが三つ。色合いと香りからして、紅茶とコーヒー。そしてミルク。相変わらず初めて見るお菓子。紅茶を一杯ください、とお願いしたが、お茶菓子までいいのだろうか、と毎度ユリアーネは申し訳なく思う。まぁ、美味しいから嬉しいのだけども。
それと気になるのが、何も入っていないティーカップが、普通のサイズよりも少し大きめだという点。しかも焼き物。首を傾げる。
予想通りのリアクションをしてもらい、アニーは愉悦に浸る。仕草のひとつひとつが可愛い。心のシャッターを押して永久保存。
「違うっスよ。こうするためっス。まずはコーヒーを、この紅茶と混ぜる」
空のティーカップに両方を混ぜ合わせると、黒が強い褐色の液体になる。
あ、とユリアーネは小さく声を漏らした。
「大丈夫、なんですか?」
少し不安そうに顔をしかめる。そんなメニュー聞いたことない。紅茶の渋みとコーヒーの苦味が合わさったら……どうなるんだろう?
当然のことのように、アニーは手際よく進める。初めて見る人はこういったリアクションをする。自分もだった。でも、この味は病みつきになる。どっちも好きなら絶対に好き。
「はい。そしてさらにミルクも入れて、完成。ヴァルト特製のユンヨンチャーです」
ユリアーネの前に差し出す。焼き物のカップなので少し重厚感のある音がした。ミルクティーよりかはカフェラテに近い色合いだ。
紅茶とコーヒーの混ざった複雑な香りがするが、悪くはない、むしろいい香りとユリアーネは意外にも感じた。ミルクの香りもほのかにするが、少しクセのある香り? ボソッと、
「ユンヨンチャー……」
と呟いた。もう慣れてきたが、当然初めて聞いた。ユンヨンというのがアジアの響きのような気がする。しかし、味はどうだろう。二種類を一度に飲むのはやったことないため、想像がつかない。
「おっと。気まぐれでやったわけじゃないですよ。ちゃんと歴史のある飲み物なんです。台湾では無形文化遺産に登録されているくらいなんです」
怯むユリアーネにアニーが解説を加える。少し安心したようなユリアーネの、コロコロ変わる表情が面白い。
「そうなのですか……ユンヨンとはどういう意味なんですか?」
「ユンヨンは鴛鴦、つまりオシドリって意味だよ。英語ではラブバーズ。仲のいいカップル、って感じが似合うかな」
存在を忘れられないようにダーシャも解説に加わる。誕生のルーツは香港であると言われている。甘いお菓子と一緒に食べるのが本場流。
『別々のコーヒーと紅茶を混ぜ合わせる』『コーヒー粉と茶葉を混ぜてお湯を淹れる』『紅茶を淹れた後、コーヒー粉を加える』の三種類の淹れ方がある。紅茶の方が高温での抽出に適しており、先に淹れる方が良い。隠し味にプーアル茶も入っている場合もある。
「案外、合わなそうなものでも、やってみたら合うんです。お店をもっともっと良くしたいという気持ちは同じなんです。だから、お店作りは、ボク達にも協力させてほしいんです」
そう、アニーに直接言われ、少し焦っていたかもとユリアーネは反省した。だれかと競争しているわけではない。ミューシグを忘れてはいけない。お客様だけでなく、自分達にも心地いい場所。
「……アニーさん」
「はい?」
アニーの考えていることは読めない。さらになにか他に意味があるような気がする。とすれば、この素材。ユリアーネはアニーに追求する。感覚でやっている彼女が答えられるかはわからないが。
「このユンヨンチャーの豆や焙煎度、紅茶の茶葉はどんなものを使ってるんですか?」
ぽかんとした顔で受け止めるアニーだが、少しはにかんでひとつひとつ説明する。さすが、気づいたか、と嬉しく思う。
「はい、コーヒー豆はコナ、焙煎度はライトロースト、茶葉はモザンビークです」
ハワイ西部のコナ地区で栽培されているコナコーヒー。キラウェア火山の火山灰を含んだ肥沃な土壌に、海洋性気候の寒暖差、天気が合わさり、最高級のコナコーヒーは生まれる。希少価値が高く、アメリカのホワイトハウス晩餐会では必ず使用されるコーヒーだ。その最高等級エクストラファンシー。それを浅く焙煎。
対して紅茶の茶葉には、アフリカ大陸南東部、子供が産まれた時にもお茶会を開く国モザンビーク。無農薬で栽培された茶葉は、甘さが最初は控えめだが、少しずつ甘さが増していくため、二度も三度も美味しく飲める。
「なぜそれらにしたんですか?」
様々な謎が隠されているようで、ユリアーネも楽しくなってくる。気分は探偵のようだ。このティータイムの謎を解き明かしたい。そうすれば、なにか自分の中の扉が開くような気がする。
「なぜって……なんとも説明しづらいんですけども……なんといえばいいか……」
やはり感覚でやっているため、言語化するのがアニーは苦手だ。なぜと聞かれても、伝えたいことはあるのだが、口が回らない。アレがアレだから、と喋りそうになる。なのでダーシャに目線を送る。
それに気づき、やれやれとため息をひとつついたダーシャが、続きの解説を引き受ける。
「はいはい。代わってザックリ説明すると、ユンヨンは香港、コナはアメリカ、モザンビークはアフリカ、そしてこのミルクはオーストラリア産のトッケンブルグ種のヤギミルク、そしてお茶菓子のパルメリータはアルゼンチン」
と、そこまで言われてユリアーネは気づく。
「……もしかして!」
「店長、忘れてますよ。そして、テーブルウェアはグスタフスベリのアダム、そしてエヴァです。ボクはアダムで、ユリアーネさんはエヴァです」
アニーも追加の情報を挿し込む。紅茶が元々入っていた青い水玉模様のテーブルウェアはアダム、赤い水玉模様はエヴァというシリーズだ。グスタフスベリのメインともいえるシリーズで、こちらも全て手作り。同じものは二個とない。店長とオーナーで枠組みを作り上げる。
続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。




